王立魔法学院への入学式が終わったその日。
ノクティス公爵邸は、驚くほど静かだった。
(……こんなに、広かったっけ)
いつもなら、
誰かの足音や声が聞こえていた廊下も、
今日はやけに遠く感じる。
兄――ユリウスの部屋の前を通り過ぎる。
扉は閉じられたまま。
中から、気配はしない。
(……行っちゃったんだ)
分かっていたことなのに、
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
レオンハルト王子も。
エリオスも、セレスも、カイも、ノアも。
私の世界を囲んでいた人たちは、
それぞれの場所へ進んでいった。
「ルクシア様」
控えめな声に振り向くと、
侍女が静かに頭を下げている。
「お部屋へお戻りになりますか?」
「……ううん。少し、庭に出たい」
一瞬、迷うような間があった。
「……かしこまりました。護衛を――」
「近くでいいよ」
それでも、数歩後ろには気配がある。
(……やっぱり)
中庭のベンチに腰掛け、
空を見上げる。
雲ひとつない、青空。
なのに、心は少し曇っていた。
(みんな、今ごろ何してるのかな)
初めての教室。
知らない生徒たち。
魔法学院という、新しい世界。
想像するたび、
胸の奥で、光が小さく揺れる。
――羨ましい。
そんな感情を抱いてはいけないと、
自分に言い聞かせる。
(私は、特別だから)
守られるべき存在。
危険をはらんだ存在。
だから、ここにいる。
それでも。
「……ひとり、だな」
小さく呟いたその瞬間。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
――どくん。
脈打つように、
魔力が反応する。
(……やめて)
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
最近、増えている。
こういう、小さな違和感。
感情が揺れるたび、
光とは違う“何か”が、
静かに目を覚ます。
夜。
自室で、一人食事をとる。
豪華な料理も、
今日は味がよく分からなかった。
「……ちゃんと、食べないと」
誰に言うでもなく、呟く。
ベッドに横になり、
天井を見つめる。
(学院に行くまで……あと、四年)
長い。
けれど、短い。
その間に、
私はもっと力を制御できるようにならなければならない。
誰にも、迷惑をかけないように。
誰も、傷つけないように。
――そう、思っていた。
でも。
暗闇の中で、
胸の奥が、再び小さく揺れた。
光と、闇。
ふたつの力が、
確かにそこにあることを主張している。
(……大丈夫)
そう、自分に言い聞かせながら、
私は目を閉じた。
まだ知らなかった。
この静けさが、
嵐の前触れであることを。
そして――
“残された十二歳”という時間が、
決して穏やかなものではないことを。






