――夜。
今日も一日が終わる。……今日はいろいろなことがあって、何だか疲れてしまった。
「……アイナ様。まだお休みにはならないのですか?」
焚き火の側でぼんやりとしていると、ルークが聞いてきた。
エミリアさんは深夜の時間に夜番があるから、すでに馬車の中で就寝中だ。
「今晩も冷えるから……もう少し、焚き火にあたってても良い?」
「もちろんです」
パチパチと炎が音を立てる中、私とルークの会話は盛り上がらない。
話すよりも休んでいたい……。話さないでも良いから、誰かと一緒にいたい……。
……私たちが日々疲れてしまうのは、日々追われているからに他ならない。
この生活から逃れる具体的な方法なんて分からないけど、クレントスでアイーシャさんの助力を得るか、あるいは光竜王様から言われた『神託の迷宮』に|縋《すが》るしか道はない。
『神託の迷宮』は辺境都市クレントスの北部にあるという。
しかし、どちらに行くにしてもまだ2週間程度は掛かってしまう。
少なくとも、その間はこんな生活が毎日続くことになるのだ。
……それなら、休めるうちに休んでおかないといけない。
「――でも」
「はい」
私のつい漏らした言葉を、ルークはそのまま受け止めてくれる。
「……ルークが一番、大変だもんね。
夜番もたくさんやってくれるし、馬車も走らせてくれる。
それに、戦いでも一番活躍してくれるし――」
……私が転生してきて以来、初めてクレントスを訪れたときから、ルークには本当にお世話になっている。
王都ではしばらく別行動だったけど、それ以外はずっと一緒にいるのだ。
「ははは……。
確かにやることはそれなりにありますが、私は感謝していますよ」
「……感謝?」
「アイナ様の旅に連れてきて頂きまして、今までとは全く違った経験ができています。
いろいろな人たちと触れ合えてきましたし、広い世界をあちこち見てまわれていると思います。
……まだ、この大陸の半分もまわっていないんですけどね」
ルークは笑いながら、そう言ってくれた。
「そうだね……。
でも、神器なんて作らなければ……もっと穏やかにまわれたのにね……」
私のふとした言葉。きっとそれは、今の本音だろう。
王様から目を付けられなければ、もっと自分たちのペースで冒険を続けることが出来ていたはずなのだ。
……もし昔に戻れるなら、私は安全策を取って、王都にはそもそも行かないかもしれない。
しかしそうすると、王都で知り合えた人たちとも会えなかったことになるのか……。
「神器、神剣アゼルラディア――
この剣のおかげで、私はまた別の世界を見ることが出来ています。
それこそ、一握りの英雄が振るうような剣なんです。そういった意味でも、私は幸せ者だと思いますよ」
その幸せと一緒に、とんでもない不幸を背負い込んだようなものなんだけど……。
しかしそう言ってくれるのであれば、少しくらいは私も救われるというものだ。
「……まだ、迷惑は掛けちゃうと思うけど……これからも、よろしくね」
「もちろんです。
私は生涯、アイナ様を護ると誓ったのです。こんなところで終わってしまっては困りますよ」
「そ、そうだよね。
一生にはまだ、遠く及ばないもんね」
この世界は危険に満ちている。
命をいつ落とすかなんて分からないけど、人間の寿命を考えれば、まだまだルークとの時間はたくさんあるわけだ。
「――しかし、今日は正直……肝を冷やしてしまいました。
奴隷紋……まさかあんな手に出てこようとは……。申し訳ございませんでした……」
「いやいや!? あれはそもそも、私が奴隷商にお願いしたのが原因だったんだから……。
むしろ心配を掛けさせちゃって、ごめんなさい」
そしてそのせいで、ルークには二人も半殺しにさせてしまったのだ。
今までも追手と戦いになったことはあるものの、今回は少し性質が違っていた。
今回の半殺しには、『復讐』というか『報復』というか……そんな負の感情が、多分に含まれていたのだ。
「……そういえばあの二人……。
どうなったでしょうか……」
ふと、ルークがそんな言葉を漏らした。
やはりずっと気にしていたのだろう。彼は本来、とても優しい性格なのだから。
「あの人たちの馬車には、食糧や薬も積んでいたみたいなんだよね。
奴隷の女の子たちが何とかして……あげたかな? ……どうかな?」
もしかしたら、そのまま逃げちゃったかもしれないけど――
……正直、そこはあまり考えていなかった。今となっては、奴隷の少女たちが何とかしてくれたことを祈っておこう。
「……そうですね、何から何までは難しいですし……。
他人のことよりも、今は自分たちのことを考えなければ……」
「うん……。
私も油断すると、すぐにいろいろ考えちゃうの。切り替えていかないとね……」
「……早く、切り替えないで済む日が来てくれれば良いのですが」
「あはは……。本当に……」
会話に少しの間ができた後、私たちはいつの間にか空を一緒に見上げていた。
空には雲もなく、綺麗な星が一面に広がっている。
……今はたくさんの悩みがあるけど、それもそのうち全部無くなって、純粋な気持ちで星空を見上げる日がくるのだろうか。
願わくばそのとき、ルークもエミリアさんも一緒にいてくれると嬉しい。
他にもたくさん一緒にいて欲しい人はいるけど、この二人には絶対、私と一緒にいて欲しかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「んん……う~ん……」
馬車に戻って毛布に包まっていると、ふと苦しそうな声が聞こえてきた。
私の他に声を出せるのは、この馬車の中ではエミリアさんしかいない。
リリーは当然のように話すことができないけど、もしかしていつか話せるようになったりするのかな?
……いや、さすがに無いだろうなぁ……。
そんなことを思いながら、エミリアさんの方を覗いてみる。
彼女は表情を歪めて、何やら苦しそうにしていた。
「体調でも悪いのかな……」
とりあえず額に手を当ててみると、熱は無いように思えた。
どちらかと言えば気温が低いせいで、額も冷たくなっているというか。
……でも、これくらいは普通にあることだからなぁ。
焚き火で温まってもらうのも良いけど、わざわざ起こすのも違うような気がするし……。
「――あ、そうだ」
私はアイテムボックスから白ガルルンのぬいぐるみを取り出して、エミリアさんと毛布の隙間に入れてみた。
エミリアさん曰く、このぬいぐるみには『白癒石』というものが入っていて、安眠効果があるそうなのだ。
……悪夢を見ていたら、きっと白ガルルンが取り除いてくれるに違いない。
ちなみに先日、私も抱き締めながら寝てみたのだが……残念ながら効果は無かった。
しかしそれは、私の悪夢が癒しようのないほど大きいのが原因なのだろう。
……さすがにしつこ過ぎるからね、私の悪夢は。
ぬいぐるみを入れてからしばらくすると、エミリアさんの表情が少し和らいできたように見えた。
「……おお、本当に効果があるんだ……」
――って、いやいや。別に疑っていたわけでは無いんだよ?
効果が分かりやすく見えると、ついつい嬉しくなってしまう……ということで。
これでひとまず、エミリアさんは大丈夫そうかな?
それじゃ、私もそろそろ眠りに入ることにしよう。
……そう決めてから、そこからがいつも長いんだけど……。
毛布で身体を包み直して、すきま風が入ってこないことを確認してから寝転がる。
枕元にはリリーもスタンバイ・オーケーだ。たまにぷよんと揺れていて、とても可愛く、癒される。
……そうそう、リリーにも私とずっと一緒にいてもらいたいな。
でもスライムって、どれくらい生きるんだろう……?
確かルークが『スライムは分裂して増える』って言ってたけど、分裂しちゃったら名前ってどうなるのかな。
親子みたいな感じじゃなくて、両方ともリリーなんだよね?
そうしたら『リリーA』『リリーB』……みたいな?
いやいや、それこそどこかのRPGみたいな感じだし、それこそ魔物って感じがするし、どうにも頂けないなぁ……。
……実際のところ、スライムを飼ったり、従魔契約をしている人ってどうしてるんだろう。
「――って、そんなことはそのときに考えれば良いか……」
エミリアさんの寝息が聞こえる中、私はふと冷静になった。
いつか考えなければいけないことは、いつか考えれば良い話なのだ。
今はひとまず、身近なところから何とかしないといけない。
しかし、今の私には力が足りない。この難局を、どうにか乗り越える力……。
「せめて、錬金術が使えれば――」
私は宙に右手を伸ばして、何かを掴もうとした。
しかし当然のことながら、その手は何も掴むことは出来なかった。