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告白
深夜4時。夜明け前の一番暗い時間、瀬川晴彦は、音を立てないように、そっと階段を上がっていた。初の明け方までのバイトを終えた体は疲労の色を浮かべてはいたものの、やはり同居人にまで迷惑はかけたくなかった。そっと鍵を開け、中へ入る。
「帰りました・・・」
起こしてしまったら悪い、そうは思いつつ、鍵を閉め、リビングの戸を開ける。
「ん、おかえり」
いるとは思わなかった同居人の声に思いがけず声が出そうになる。
「起きて、たんですか」
「まあね、ハルに会いたかったし。お疲れ様。そこ座りなよ」
晴彦は言われるまま椅子へと腰掛ける。2人で暮らす際に買った、自分だけ使うなら選ばないであろう少し値の張る椅子だ。
「なんか食べれそう?」
「え、いや、食べればしますけど。俺やりますよ」
「いーの。座ってな」
席を立とうとしたが、慣れていない仕事環境のせいか、今日だけは甘えてもいいかな、という気がした。
同居人、蛇草深影が自分のために台所に立ってくれていることに、なんだか幸福感を覚えた。電子レンジの低い音が響いて、その間にカラカラと換気扇が回って。質の良いジッポライターでタバコに火をつける音がする。立ち上る煙と、あまり見ないその姿が何故だか凄く愛おしくて、それで、
「好きです」
気付けば声に出していた。
深影は驚いた顔で晴彦を見た。余裕があって、なんでもこなせる彼の、あまり見た事ない表情だった。その表情で、初めて己の感情が溢れていたことに気が付いた。
「あ、いや、その」
「・・・俺もめちゃくちゃ好きだよ」
「え、」
愛おしい者を見る目だった。変わらずタバコの火は輝いていて、それと同じくらい彼の左目が輝いて見えた。
「意味、分かってるんですか」
「当たり前でしょ。だって俺、ずっと前からハルのこと好きだったもん」
2人の顔が熱を帯びる。春の嵐のようだった。心がこの上なくざわついて、それでも不快でないこの心を、人は正しく幸福だと呼ぶのだろう。
「・・・もっとかっこよく伝えたかったな・・・クソ・・・」
「ハルは何時だってかっこいいよ」
塩の効いた鮭が乗った出汁茶漬けが食卓に並んだ。
「今日ね、俺の晩御飯それだったの。美味しかったからお裾分け。」
「・・・深影先輩のそういうところが好きです」
「俺はハルの優しいところが好きだよ」
きっと分かっていたのだろう。晴彦が遅くなった日、こっそりと帰ってきていることも、せめて負担にならないようにとシフトを増やしたことも。
「ね、ハル。俺の事大事にしてくれるのは絶対だけど、自分のことも同じくらい大事にしてね」
「・・・分かりました」
心がなんだか擽ったくて、自然と2人は笑った。カーテンの隙間からは澄んだ朝焼けが顔を覗かせていて、何の音もしない。2人だけの世界のような、そんな錯覚すらしてしまうほどで。
「あの、深影先輩、一緒に寝ても良いですか」
「もちろん。俺も毎日それが良いな」
食器も荷物も、全てそのままで、少し小さなベッドに2人で寝転ぶ。
「今度大きいベッド買おっか」
「あー・・・」
「あ、葛藤してる いいの、俺がハルと一緒に寝たいの」
「まあ・・・俺もそうしたい、かな」
「決まりね」
朝の匂いと音が戻る。2人で迎える、初めての朝は眩しくて暖かい。
微睡みと二人の体温で夜は開けていく。