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夜食食べる深影の話
深夜3時。瀬川晴彦は本当に、何となく夜中に目を覚ました。寝惚けた頭ながらに、強烈な違和感が頭を過ぎる。今日も遅くなると言っていた恋人は隣には居ない。まだ帰っていないのか、と思った刹那、リビングから漏れ出る明かりでその考えは霧散した。
そっと、リビングの扉に手をかける。
「深影さ、」
視界に飛び込んできたのはいつもとは違う、ラフな格好に身を包んだ恋人。と、手の中にあるうどんであった。
「あの、」
「うーんと。」
何を思ったのか、深影は先程の倍近い速度でうどんを啜り始める。
「あのあのあのあの」
「なになになになに」
思わず腕を掴んで止めた。
「何してるんですか」
「夜食食べてるの」
「そうではなく」
晴彦は本気でこの人が何を考えているのか分からなかった。
「なんですごい速さで食べ進めてるんですか」
「まだバレてないかなって」
その時ふと思い出す。深影が最近忙しそうに仕事をしていたこと、自分が知っている範囲では、恐らく徹夜をしていたであろうこと。
「せめてゆっくり食べてください。心配なので。」
「あ、うん」
何となくいたたまれなさそうに、器を置く。
「とりあえず、おかえりなさい」
「ただいまぁ。起こしちゃった?」
「いや、ほんとに何となく起きただけで。」
「そっか。」
そう言いながらも、あまりに遅すぎる夕飯を食べる手は止めずにいる。
「夕飯、食べなかったんですか?」
「いや、食べたんだけど。なんかお腹空いたなあって。」
また気まずそうに目を逸らす。まさか、と思い、晴彦は席を立つ。
「ちょっと失礼しますね」
「え、何?」
晴彦は後ろへ回りこみ、そのまま深影のウエストをがっちりと掴む。
増えている。確実に。
「・・・最近、体重増えててさ」
「良いと思います」
「良くないでしょ」
「世界に対して深影さんの割合が増えるんですよ、めちゃくちゃ良いじゃないですか」
「もしかしてまだ寝惚けてる?」
空になった丼を見つめながら、深影はため息を吐く。
「増えるにしても筋肉とかなら良かったんだけど俺のこれは肉なんだよ・・・忙しくなる前も夜食定期的に食べてたけど、こうなってからはご褒美って食べちゃうし・・・」
「ストレスとかならめちゃくちゃ心配します」
「うーん ハルとえっちなこともしてるし、それはあんまりなさそうなんだけどな・・・」
晴彦の唯一の懸念はそこだった。勿論本人が自覚していないだけで、その可能性も捨てきれないのだが、とにかく深影が弱りきっていない点については多少安心ができた。ただ、隠れて食欲を満たすことについて、深影が罪悪感があるのは火を見るより明らかであった。
「今度から僕も誘ってください」
「えぇ」
「半分こにしたらそんなに罪悪感無いんじゃないか、っていうのと、普通に僕が深影さんとご飯食べたいです」
「まあ、そういうことなら・・・?」
「あと、良ければなんですけど、僕が深影さんの夜食作ります」
「・・・いいの?」
恋人だからこそ分かる、少しだけ嬉しそうな声色。それを感じとれることも嬉しかったし、何より恋人が喜んでくれることが、晴彦にとっては一番の幸せだった。
「もちろんです。だから、1人で寂しくご飯食べる必要なんて無いですよ」
「なんで分かるの?」
「恋人ですから。」
実際は、晴彦自身が一人の食卓が嫌いだった。深影と一緒に過ごすようになって、初めて気付いたこと。恋人もそう思っていてくれていたら嬉しい。それくらいの感覚だった。
「じゃあ次からは寂しくないや」
「僕もです」
安心から眠気が来たようで、深影の声には眠気が満ちていた。晴彦は彼の手を引いて、同じベッドに入る。
「お疲れ様でした、深影さん。おやすみなさい」
「うん。ありがとう、ハル。おやすみ。」
暖かい食事と暖かい寝床。そして暖かい恋人。そのかけがえのないものを噛み締めて、満たされた感情を抱えながら、2人は眠りについた。