テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第二章 三人目
Foo Fighters「My Hero」
俺の手帳は、いつもぎっしり埋まっとる。
サークルは掛け持ちで三つ。バイトは週四。おまけに友達に頼まれて、学祭の実行委員まで手伝う羽目になっとる。要領がいいとよく言われるけど、要領がいいのと暇なのは、全然別の話や。予定表とにらめっこしながら、今日も今日とて「あれ、この時間どこ空いてたっけ」とスマホのカレンダーをスクロールしとった。
「バンド、興味ある?」
そう声をかけられたのは、軽音部の部室の前をたまたま通りかかったときやった。
誰やったかは覚えてへん。多分、新歓の日にでも見かけた誰かやろ。俺は反射的に「考えとくわ」と返した。社交辞令や。今それどころちゃうし、というのが正直な本音やった。中学高校のブラスバンドでドラムを叩いてた程度で、本格的にバンドをやったことなんてない。
それに、正直言うと、大学に入ってから「本気でなにかに夢中になってる奴」に、あんまり出会えてへんかった。みんな、そこそこ要領よく、そこそこ楽しく大学生をやっとる。俺もその一人や。せやから余計に、何かに本気で首突っ込んどる人間を見ると、ちょっと気になってしまう性分なんかもしれん。
なのに、なんでか足はその日の夕方、スタジオのドアの前で止まっとった。
理由は自分でもよくわからん。バイトまでまだ時間があったから、暇つぶしのつもりやったんかもしれん。ただ、防音扉の隙間から漏れてくる声が、妙に気になったんや。
「――だから、それじゃどこにでもある曲になるって言ってんだろ」
「じゃあどうすんだよ。お前の理屈だけじゃ客は喜ばねえよ」
「客に迎合するのが音楽か? それは違うだろ」
「迎合とは言ってねえよ。届けたいって言ってんの」
「届けるのと迎合するのは違う。お前、その区別ついてんのか?」
中を覗くと、二人の男が真正面から言い合いをしとった。片方は、見るからに整った顔立ちで、腕を組んで一歩も引かへん構え。もう片方は、体格のいい派手な男で、こっちも一切怯む気配がない。二人の間には、置きっぱなしのギターとベースが転がっとって、練習の途中で始まった口論やということがすぐにわかった。
普通やったら、気まずくてそっとドアを閉める場面や。
けど、俺は逆に、ちょっと面白なってもうた。
これ、本気の言い合いやん。
サークルにありがちな、なあなあの空気とは全然違う。お互い、譲る気なんて一ミリもない。それでいて、殴り合いになる気配もない。ただ純粋に、音楽の話でぶつかっとる。こんなんに本気で時間使う奴ら、なかなかおらん。バイトやサークルの飲み会で聞く「そこそこ楽しい話」ばっかりに、正直ちょっと飽きてたところやった。
「――なんか、揉めてるとこ悪いんやけど」
つい声をかけてしもうた。二人がこっちを見る。
「誰?」と派手な方が聞いてきた。
「太智。さっき部室の前で誘われて、一応見に来た」
「あー、勇斗。んで、こっちは仁人」
紹介された仁人という方は、興味なさそうに軽く会釈しただけやった。愛想がええとは言えん。せやけど、その分だけ嘘がなさそうにも見えた。逆に勇斗の方は、初対面やのにやたら距離が近い。人懐っこいんか、単に警戒心がないんか、まだよくわからんかった。
「なあ、お前らめっちゃ本気で揉めとったけど、それ、いつもなん?」
「喧嘩じゃない、議論だ」
即答で仁人が返してくる。横で勇斗が笑いながら「まあ似たようなもんっしょ」と茶々を入れる。仁人が「違う」と、真顔で否定する。このやり取りだけで、なんとなく二人の関係性がわかった気がした。多分、この二人、これから何回もこの言い合いを繰り返すんやろな、と。
「ええやん、それ。俺、入るわ」
自分でもびっくりするくらい、即決やった。
「マジ? いや助かるけど、楽器できんの?」
水虹ひにゃ@リムらないでほしい
「ドラム。中学からずっと」
「早くない? まだ何にも見てないけど」
「見たやん、さっき。お前らのケンカップルっぷり」
「ケンカップルって言うな」
仁人がすかさず突っ込んできた。勇斗はといえば、否定せずに声を上げて笑っとる。この温度差も、なんとなく面白い。
「そんなんより、他のメンバーは? ベースは?」
「まだ全然。仁人と二人でうだうだやってただけ」
「ほな、まだ二人組か。三人目、めっちゃ責任重大やん」
「重大にすんな。適当でいいんだ、こういうのは」
勇斗の適当さに、仁人がまた「適当じゃ困る」と真顔で返す。このやり取りも、これから何度も繰り返されるんやろうな、と早くも予感がした。
冷静に考えたら、掛け持ち三つにバイト週四、それに加えてバンドまで抱えるのは、どう考えても無茶や。せやけど、無茶な予定は今までもなんとか捌いてきた。要はやり方次第や。スケジュールはあとからついてくる。今は、この空気に賭けてみたい気がした。
その日のうちに、俺は正式に「入る」と決めた。連絡先を交換して、次の練習の日取りを決める段になって、勇斗が思い出したように言うた。
「あ、ドラムってことは、太智が最後の一人かな。よし、決まり」
「まだ他に誰もおらんのに、最後もクソもあるかいな」
「気持ちの問題っしょ」
適当なことを言う男やと思ったけど、不思議と腹は立たへんかった。むしろ、こういう根拠のない断定の仕方が、妙に心地よかったりする。見通しと段取りを優先してきた俺にとって、それは新鮮な感覚やった。
帰り際、先に部屋から出ようとした俺に、勇斗が軽い調子で言うた。
「太智、置いてくなよ」
妙にまっすぐな言い方やった。
俺は「はよ、出ろ」と笑って返した。
スタジオを出て、夕暮れの中を一人で歩きながら、俺はさっきまで埋まっとった予定表のことを、ちょっとだけ忘れとった。バイト先までの道のりを歩きながら、頭の中では、さっきの二人の言い合いがまだ鳴っとった。ああいう本気の言い合いに、また明日も付き合うことになるんやろか。想像すると、なんでか悪い気はせえへんかった。
コメント
1件
キャッ、第二章めっちゃ良かった…!✨ 太智くんの関西弁で語る一人称がもう最高すぎて最初から引き込まれたよ〜!「本気の言い合いやん」って思っちゃうとこ、わかるわかる〜! 仁人と勇斗の温度差が絶妙で、この二人の関係性がもう既に尊い…😭💕 「置いてくなよ」→「はよ出ろ」のやり取りだけで泣きそうになった。青春の理想形すぎるでしょ!? バンド結成の瞬間に立ち会えるの、尊すぎて震える…!! 次の話も楽しみにしてるよ!!🌸