テラーノベル
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第三章 五人になる日
Vampire Weekend「A-Punk」
昼休みのキャンパスは、いつだって騒がしい。
芝生の上で寝転ぶ奴、ベンチで飯食う奴、スマホ片手に喋りながら歩く奴。俺はその中を縫うように歩きながら、学食に向かっとった。今日のおすすめは唐揚げ定食やったはずや。頭の半分はそんなことを考えとった。
友達に誘われて仮入部した軽音部。
まだ二週間も経ってへんのに、もう毎日この学食への道のりが楽しみになっとる。理由は単純や。歩いてる間、ずっと頭のどっかで、次の練習でどんな音出そかって考えてるから。
楽しいことを考えながら歩く道のりは、いつもよりちょっと短く感じる。
そんな時やった。
見覚えのある後ろ姿が、視界の端をよぎった。
一瞬、他人の空似かと思った。せやけど、あの妙に姿勢のええ立ち方、荷物の持ち方、なんとなく浮世離れした空気――間違いない。忘れるわけない。
「え、お前……!?」
声が出た瞬間には、もう駆け寄っとった。
振り返ったその顔は、記憶の中の顔より少し大人びとったけど、間違いなくあの頃のままやった。
「久しぶり」
柔太朗は、驚いた顔をほんの一瞬見せた後、すぐに穏やかな笑みに戻って、それだけを言うた。
「久しぶりって、それだけ?? 俺、めっちゃ驚いてんのに」
「舜太は昔から変わらないね。声、でかいし」
「それ褒めてる?」
「さあ」
柔太朗はそう言って、ふっと目を細めた。その表情の作り方すら、記憶の中とほとんど変わっていなくて、俺は妙に安心すると同時に、少しだけ落ち着かない気分にもなった。
こっちはテンション振り切れとるのに、向こうはやけに落ち着いとる。
昔から、こいつはこうやったっけ。記憶を辿ろうとしたけど、正直よう思い出せへん。何しろ、一緒におったのは幼稚園から小学校低学年までの話や。もう十年以上前のことになる。
「同じ大学やったんや……! てか、なんで今まで会わへんかったん?」
「学部違うし。それに、そっちが全然気づかなかったんじゃない?」
「いや、それは……」
言い返せんかった。実際、最初の数週間、周りをそんなにちゃんと見てへんかった自覚はある。
「俺、軽音部入っててさ。バンドやろうとしてんの。お前、昔ピアノやっとったやろ? キーボードとか興味ない?」
我ながら、強引な誘い方やと思う。せやけど、口が勝手に動いとった。
昔からそうや。柔太朗のことになると、考えるより先に体が動く。
「相変わらずだね」
柔太朗が小さく笑って言う。その一言だけで、なんとなく昔の距離感が少し戻ってきたような気がした。
少し考える素振りを見せてから、「まあ、見学くらいなら」と、あくまで控えめに頷いた。昔やったら、もっと即答で乗ってきたはずや。そのちょっとした間に、俺はまた小さく引っかかりを覚えた。
放課後、スタジオに連れて行くと、仁人と勇斗、それに新加入の太智が、それぞれの楽器を前にわいわいやっとった。
「おー、舜太、それ誰?」
太智が真っ先に反応する。
「幼なじみ。柔太朗。キーボードできるらしいから連れてきた」
「らしいって」
柔太朗が、静かに、でもちゃんと訂正を入れてくる。昔から、こういうところは変わってへん。それが逆に、ちょっと嬉しかった。
仁人が値踏みするような目でこっちを一瞥してから、「弾けるのか?」とだけ聞いてきた。愛想はないけど、質問はまっすぐや。柔太朗は「少しは」と短く答える。
「ま、ともかく座って。適当に音出してみたら」
勇斗が椅子を引いて促す。柔太朗は少し戸惑いながらも鍵盤の前に座り、指を滑らせた。
その瞬間、場の空気が変わった。
技術は明らかに独学のそれで、粗削りなところもある。せやけど、出てくる音の並べ方に、妙なセンスがあった。仁人が思わず「……お前、ちゃんと考えて弾いてるだろ」と呟いたのが聞こえた。太智も腕を組んだまま、うんうんと頷いとる。
演奏が終わると、勇斗が真っ先に拍手した。
「これは決まりやな。柔太朗、入るやろ?」
「え、まだ何も」
「いいから入れ。太智だってノリで決めたんやし」
「人をノリで決めたみたいに言うな」
太智が横から突っ込む。その一連のやり取りに、柔太朗がふっと小さく笑った。
その笑い方が、記憶の中の子供の頃の笑い方と、あまりに重なって見えて――俺は一瞬、うまく言葉が出んかった。
「まあ、皆がそう言うなら」
柔太朗が観念したように肩をすくめる。仁人がそれを見て、「決まりだな」と、いつになく短く相槌を打った。勇斗が満足げに手を叩き、太智はもう次の練習日程をスマホで確認し始めている。それぞれ好き勝手に動き出す四人を眺めながら、俺は妙に胸が熱くなるのを感じとった。
こうして、五人が揃った。
部室に戻る道すがら、太智が思い出したように言うた。
「そういや、お前ら二人、めっちゃ息合ってたな。双子か思たわ」
「双子て」
柔太朗が苦笑しながら流す。俺も一緒になって笑ったけど、内心では「双子」という言葉に、なんでか妙な違和感があった。うまく言葉にできへん違和感やった。
帰り道、二人きりになったところで、俺は柔太朗に聞いてみた。
「なあ、昔みたいに、また一緒におれるな」
柔太朗は少し間を置いてから、「うん」とだけ答えた。その短い返事の奥に、なんとなく昔とは違う何かがある気がしたけど、その正体が何なのか、この時の俺には、まだわかってへんかった。
夕暮れの街灯が、少しずつ点き始めとった。隣を歩く柔太朗の横顔を、俺はなんとなくもう一度見た。昔と同じ横顔のはずやのに、なんでか少し違って見える。
うまく言葉にできんまま、俺はただ「じゃあな、また明日」とだけ言って、駅の改札で別れた。
その日の帰り道、俺は珍しく、ずっと一人でニヤついとった。理由なんて、自分でもよくわからんかった。
水虹ひにゃ@リムらないでほしい
コメント
1件
うわ、いい雰囲気の再会話やったなあ。柔太朗の「久しぶり」の一言で十年の距離が一気に縮まる感じとか、鍵盤弾いた瞬間に空気が変わるところとか、もう胸が熱くなったわ。特に「双子」って言われて舜太が感じた違和感――あれ、絶対に後で効いてくる伏線やと思う。二人の間にある「昔とは違う何か」、めっちゃ気になる。このまま五人でどんな音を鳴らしていくんやろ。続きが待ちきれへん!