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「では改めて―――
此度の件、本当にありがとうございました」
リーフ当主様が一礼し、続いてニコル君が
深々と頭を下げる。
再びグレイス家の屋敷、応接室に戻った私たちは、
歓待を受けていた。
「私は何もしておりませんが……」
実際は魔力・魔法の完全無効化だが、
事実を答える事は出来ず―――
頭をかきながらそう答える。
「ま、そういう事にしておいてください」
「魔導具が作動しなかったのも―――
『たまたま』じゃろうて♪」
メルとアルテリーゼが意味深に、かつ
軽そうに話す。
「これで問題は解決しました。
私としても、恩人にいろいろと詮索するような
真似はいたしません。
シン殿を紹介してくれたギリアス殿にも、
感謝いたします」
「私はただ彼を連れてきただけです。
全てはシン殿にお任せした結果―――」
そして、ふと彼がニコル君と視線を交わし、
その後すぐにリーフ様に振り返ると、
「それと失礼ですが、一度ニコル様に我が屋敷に
同行して頂いても構いませんでしょうか?
アリスが大変心配しておりまして……
問題が解決した事と、彼の顔を見れば妹も
安心すると思います」
かつての主筋に『様』付けで呼ばれたニコルは
驚きの表情を見せ、グレイス家当主はいったん
彼の顔を見ると、
「元はと言えばこちらの不手際です。
ニコルの口から事の顛末を聞けば、アリス殿も
安心するでしょう。
外出の準備をさせますので、しばらくお待ちを」
こうして、諸々の準備が整うまでの間……
私たちはお茶を飲みつつ、歓談に興じた。
「……なるほど。
つまりは、あのブラトという人の
空回りであったと」
「はい。リーフ様……母上は元々わたしを、
分家として独立させるつもりだったそうです」
帰りの馬車の中で、ニコル君とグレイス家の事情を
反芻する。
リーフ様は跡継ぎに恵まれなかったものの、
ブラトを始めとした甥たちや親戚など、
それなりに候補はいたらしい。
ニコル君はあくまでも、その跡継ぎを
見極めるまでの『つなぎ』であり―――
その後は彼と共に、分家として本家のサポートに
回るつもりだったそうだ。
「妥当な線でしょう。
というより、少し頭の回る者であれば……
お家騒動につながるような決断を、当主が
容易にするはずが無いと気付きます。
今回、ブラト殿と―――
それを後押しした一派は間違いなく、
本家本流からは外されるでしょうね」
実はブラトも範囲索敵持ちだったらしいが、
その精度や有効範囲はニコル君と比べ物にならず、
焦りがあったのだろう、との事。
気の毒とは思いつつも、余計な手出しを
したのはあちらだしなあ、と同情する気も
あまり起きない。
「こちら側にシンがいたのが、運の尽きという
ヤツじゃな」
「相手が悪過ぎたよねー」
アルテリーゼとメルの言葉に、同乗の2人は
笑い、私は微妙な表情になった。
「アリス。おい、アリス」
「ソーデスネーらっちカワイイ」
ギリアス様が彼女に話しかけるも、
虚ろな目をしながらラッチを抱いたままの
アリス様は、正常ではない反応を返す。
グレイス伯爵家に行く前は気落ちしつつも、
普通に対応していたと思うのだが……
ラッチが与えられた事でどこか心のバランスが
崩れたのかも知れない。
「アリス。ニコル……ニコル・グレイス様が
お見えだぞ、おい」
「ソーデスネーらっちカワイイ」
現実逃避、もとい気分転換の世界に浸っている
彼女の前に、ニコル君が進み、
「アリス様。
ニコルです、アリス様?」
「ソーデスネーらっちカワイイ。
にこるモイレバカンペキ……ん?」
目の前のニコル君と目が合うが―――
未だに心ここにあらず、という感じで……
横からすかさずアルテリーゼがラッチを引き取り、
彼女はフリーになった両手を目前の彼に伸ばす。
「おお~……
とうとう幻聴だけでなく感触まで。
ああ、ニコルのほっぺ柔らかい……
人間やれば魔法を使わなくても、ここまで
妄想を再現出来るのね」
「……あの、アリス様?
今目の前にいるわたしは現実ですので―――」
その声に、彼女の手はピタ、と止まり……
状況を確認するように周囲を見回す。
「やっと目が覚めたか、このバカ……!」
兄の言葉に、彼女の顔は真っ赤となり―――
一瞬遅れて絶叫が響き渡った。
「大変失礼いたしました……」
ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、
テーブルに頭突きしそうなほど、頭を下げる。
ただお詫びの言葉を口にしながらも、べったりと
ニコル君の隣りにくっついて離れなかった。
「またシン殿に助けて頂きました。
もはやドーン伯爵家は、シン殿に足を向けて
寝る事は出来ません……!」
何度も頭を下げるアリス様に私は片手を振って、
「行きがかり上、した事ですから。
何とかなって良かったです。
今回、私どもは別件で王都に来ておりますので、
また何かあれば王都ギルドまでご連絡を」
「そ、そうですか?
もっとゆっくりしていって下さっても」
社交辞令とは思うが……
やっと問題が解決し、ニコル君と再会出来たのに
いつまでも時間を取ってはヤボというものだろう。
こうして私たちは王都のドーン伯爵邸を後にし、
王都ギルド本部まで帰る事になった。
「ふぃい~」
「はー」
「ピュ~……」
用意された自室に入ると、メルとアルテリーゼが
同時にベッドへとダイブし、母親の上にラッチが
飛び込む。
「今日一日でいろいろあったからねえ。
お疲れ様」
私は彼女たちを労うと、外出用の服を普段着に
着替える。
「ん? シン、どしたの?」
「帰ってきたばかりだというのに、
どこかへ出掛けるのか?」
妻2人の問いに、私はベッドまで近付き、
「いや、厨房の様子を見て来るだけ。
例の片栗粉、出来ればたくさん作って
おいてって頼んだから。
量によっては、また別の何かが作れるかも
知れないし」
「お! また新しい料理!?」
「それは楽しみだのう」
「ピュ!」
と、家族の期待を背にして、私は王都ギルドの
厨房へと向かった。
「おお、結構作りましたね」
大きめの鍋、恐らく4・5リットルくらいの
容量だろうかというそれに―――
乾燥した片栗粉が入っていた。
「しかし、仕入れた芋の大半を使いましたよ。
本当にすごい量使うんですね」
対応してくれた彼の言う通り、昨日まで山と
積まれていた芋が、もうどこにも見えない。
「ありがとうございます。
でもこれだけあれば―――
肉を用意してもらえますか?
それとフルーツもカットして……」
私の言葉に、他の厨房の料理人も次々と駆け付け、
料理が作られていった。
「ん? これって……」
「カラアゲではないのか?」
「ピュピュウ~?」
食堂に来た家族にまず出したのだが―――
それはこちらの世界でもすでに見慣れた
唐揚げであった。
「取り敢えず食べてみて」
私が促すと、メルとアルテリーゼ、ラッチは
次々と口に運び……
「……あ!」
「む、これは!?」
「ピュー!!」
そう―――
唐揚げは唐揚げだが、今回は小麦粉を使わず
片栗粉で揚げてみたのだ。
小麦粉の方はどちらかというと柔らかめだが、
こちらの方は歯ごたえがよくカリッと仕上がる。
さて、家族の反応はというと……
「カツじゃないよね?
サクサクしているけど」
「しかし、天ぷらやフライともまた違った
食感じゃ」
「ピュ~♪」
どうやら評価は上々のようだ。
そこで私は一度席を立ち、
「ん? シン、どこ行くの?」
「実はもう一品あるんだ。
デザートみたいなものだけど」
そして厨房で作ってもらったそれを受け取り、
再びテーブルに座る。
その『新作料理』を見た家族は―――
「カットされた果物と……」
「何じゃこの透明な、スライムのような物は?」
「ピュルルゥ?」
カットフルーツと、小さな半透明の団子のような
物が、それぞれ同じくらいの量で混ざっている。
今度は誰からともなく、それを口に運ぶ。
すると―――
「何コレ!?
あの芋もちよりプルプルしてるー!」
「よく冷えていて、それに柔らかいのう♪」
「ピュー! ピュウ~♪」
彼女たちが食べているのは―――
片栗粉を水に溶かし、それを熱しながら作った
葛餅だ。
ゼリー状になったところで小さく丸めて
団子状にし、冷やす。
一つの器にカットフルーツとそれを入れて、
そこへさらに果汁を投入。
基本デンプンの塊だからそのものの味しか
しないだろうが……
逆に味付けされればその味になるし、
食感としては面白いはず。
砂糖は無いし、メープルシロップは貴重という
事もあって、今回は各家への献上用しか
持ってこれなかったが、量産されれば
このデザートにも使えるようになるだろう。
「これも例の片栗粉で作ったんだ」
私の説明に、メルとアルテリーゼは葛餅を
スプーンですくって見つめ、
「あの芋がねー。
知らなかったとはいえ、何か今まで
損してきた気分だよ」
「やはりこれは―――
町へ帰ったら、芋の量産を急がねばのう」
「ピュピュ~♪」
満足気な家族の顔を見て、私も笑顔になる。
そして、食堂の他の方々にも好評のようだが……
「うまっ!! マジうまっ!!
まだこんな料理を隠していたなんて―――
ずるいですよシン殿!」
「落ち着いてください、セシリア様」
「しかし、これがあの芋とは……
最後の最後まで、驚かされる」
そこには、昨日別れたはずのチエゴ国の
3人組がいて、
「おう、シン。
また新しい料理作ったんだってな」
さらに本部長も追加でやって来て、
会話に加わる。
「あ、ライオット本部長!
あの、どうしてあの3人がここへ―――」
彼らはこの国の、ましてや冒険者でもない。
他国の貴族とその従者たちなのだ。
町でギルド支部にいたのは、そこが一番
セキュリティが高く、そこそこの居住性が
あったからで……
それにもう帰国の途についていたと思っていた。
いろいろな疑問が頭を過るが、
「それについては説明するから、
メシ食い終わったら本部長室まで来てくれ」
本部長はそう言うと近くのテーブルに座り、
食事を頼み始めた。
「……返還延期、ですか?」
本部長室に通された私と妻2名は―――
セシリア様、ミハエルさん、ゲルトさんと共に
ライオットさんから事情を聞いていた。
(ラッチはギルド職員預かり)
「上はそのつもりだ。
というより、このまま王都から出せないという
判断だろう」
3人と本部長からの話を総合すると……
麻痺魔法か誘眠魔法を使ってきた相手にしては、
実行犯のレベルが低過ぎて、計画性があるのか
無いのか、意図が不明。
しかし彼らの馬車を狙ってきたのは確かで、
もう一度襲撃されて被害を出したとなれば……
ウィンベル王国の責任を問われてしまう。
「何しろ、行動が読めない相手ですので……
我がチエゴ国の不穏分子なのか―――」
セシリア伯が両目を閉じて、両眉の間に
指を当てる。
「それともウィンベル王国の和平反対派か……
後は―――
両国が争う事を望む『第三勢力』……」
ライオットさんの言葉に、チエゴ国の3人は
視線を同時に向ける。
「まあ、どれも確証は無い。
それより―――
お前さんたちを確実にチエゴ国まで送り届ける
方法を考えなきゃならん。
それでシンを呼んだわけだが」
いきなり話を振られるが、それってつまり―――
「チエゴ国まで、セシリア様たちの護衛を
して欲しいという事ですか?」
確かに戦力としては申し分無い―――
ドラゴンまでいるのだから、現状としては
唯一無二の護衛と言っていい。
「そのチエゴ国までって、どれくらいあるの?」
「あまり町を空ける期間が長引くのは、
好ましくないのう」
私の考えを代弁するかのように、妻2人が
難色を示す。
「正規軍がありますよね?
それらに護衛させるというのは?」
私の提案に、本部長はガシガシと頭をかいて、
「それが一番良いんだが、もし相手が誰彼
構わず襲うような連中だったとしたら、
大問題になっちまう」
確かになあ……
せっかくの和平は元より、下手をすれば
戦争再開だ。
「空間転移の魔法を使える人は?」
「アレ、個人限定だぞ?
しかも距離はそれほど遠くは無理だ。
誰かを連れて行けるんなら、誘拐し放題
だろうよ」
それもそうか、と悩んでいると、
アルテリーゼが言葉を発する。
「のう、要は彼らをチエゴ国まで送り届ければ
いいのであろう?
我がドラゴンの姿となって―――
チエゴ国まで彼らを乗せて行くというのは?」
その手があったか!
という表情にメルがなるが、
「い、いえその……」
「そちらの方が騒ぎになるかと」
セシリア様とミハエルさんが正論で返す。
「それになあ―――
あちらさんにも貴族や王族はいる。
どう深読みされるか、わかったもんじゃねえぞ」
「良くて威圧―――
悪ければドラゴンを寄越しての脅しと
受け取る者もおるでしょうな」
本部長とゲルトさんも、補足するように説明する。
「メンドクサッ!」
メルがテーブルの上にアゴを乗せるようにして
突っ伏す。
ふと私はある事を考え付き、
「ゲルトさん」
「?? ワシか?」
いきなり彼を名指しで呼んだからか、
視線が集中する。
「ゲルトさんは獣人の方ですよね?
その、夜目は利きますか?」
質問の意図がわからない、という顔をするが、
彼はすぐに答える。
「人間よりは目も鼻も耳も利くじゃろう。
どうしてそのような事を?」
「夜間であればそれほど目立つ事は無いかと
思いまして。
夜、目的地の近くまで飛んでもらって、
そこで降ろしてもらえれば。
アルテリーゼはどう?
夜間飛行は大丈夫か?」
話を振られた彼女は『んー』と少し口を
閉じて悩み、
「経験が無いわけではないが、
雨天や闇の中での飛行は避けたい」
彼女の出した条件に、今度はライオットさんが
腕を組んで、
「……わかった。
情報漏洩を防ぐため、この話は他言無用。
夜は本部で待機していてくれ。
『その時』が来たら俺から連絡する」
本部長の言葉に、室内の全員が頷く。
「ところで、王都からチエゴ国までは
どれくらいあるのじゃ?」
「ここから北東へ―――
馬車で6、7日といったところでしょうか」
「それなら時間は―――」
こうして詳細を詰めた後、私たちは自室へと
戻った。
「はー、もう。
何かここんところ忙しいよねー」
「2・3日中には連絡すると言っておったな。
まあ、それくらいはいいであろう」
ベッドにうつ伏せになりながら、メルと
アルテリーゼはここ数日の感想を漏らす。
確かに、野盗の襲撃といいドーン伯爵家の
相談事といい……
トラブル体質かと思えるほど、いろいろと
巻き込まれているのは事実だ。
「何かゴメン、2人とも。
せめて町へは高速馬車で帰れるよう、
カーマンさんに掛け合ってみるから」
すると妻2人はほぼ同時にベッドから上半身を
起こしてこちらを向き、
「別にシンのせいじゃないでしょ」
「我らの事を気遣ってくれるのは嬉しいが、
気にし過ぎじゃぞ、旦那様。
悪い事ならともかく、人助けをしたので
あるから―――
堂々と胸を張っておれ」
返って2人に慰められ、頬をポリポリとかく。
「そういえば、アリス様―――
久しぶりにニコル君に会ったんですよね。
という事は今頃2人だけの世界へ……
ゲヘゲヘゲヘ♪」
何でそこでゲス顔になる、メル。
「時間も出来た事だし―――
帰る前に『新技』を2人で教えてあげても
いいのう♪」
だからその『新技』というのは何だろうか。
時々耳にするワードなのだが。
「というワケで、シン♪
ラッチはまたここの職員さんに預かって
もらっているし……」
「新たな技の開発に付き合ってもらうぞ♪」
意味が良くわからないが、家族サービスと
思えばいいだろう。
これで機嫌が良くなってくれると思えば……
私は、メルとアルテリーゼの待つベッドへ
体を沈めた。
「カーマンさんが?」
「はい」
それから2日ほどして―――
王都ギルドで家族と朝食を取っている最中の
私に、職員さんが声をかけてきた。
てっきり、アルテリーゼの件だと
思ったのだが……
彼女たちも同じ事を思っていたのか、
2人で顔を見合わせる。
「用件は何でしょうか?」
「それが、本部長室でお待ちしているとの事で」
ますますワケがわからない。
商談なら応接室もあるはずだが……
「んー……
わかりました。食事を終え次第、
すぐに向かいます」
そう伝えると職員は下がり―――
しばらく家族で、何の用だろうかという
話題が交わされた。
朝食を終えた後……
私はメルとアルテリーゼを残して、指定の通り
本部長室へと向かった。
王都ギルドの本部長室は5階にあるので、
アラフォーの自分にはこたえる。
「失礼します」
扉の前で一人、少し呼吸を整えてからドアノブに
手をかけて入ると―――
「冒険者ごときが待たせおって!!
いったい何様のつもりだ!?」
いきなりのご挨拶だ。
見ると、身長2メートル近い筋肉質の大男と―――
その隣に、オマケのようにちょこんと座っている
チョビひげの男がいた。
身長は普通なのだろうが、隣りの男の比較対象と
なってしまって、より小さく見えてしまう。
年齢は50過ぎだろうか。
身なりはそれなりに高級そうな衣装、装飾類を
付けてはいるが―――
気品さのかけらも見られない。
また別のベクトルのバカが絡んできたのかと、
思わずため息が出た。
彼らが座っているテーブルの片側には本部長が、
その横には気まずそうな顔をしてこちらを
チラチラと見てくるカーマンさんがいた。
「何だその態度は!
貴様、このトゥルーラ侯爵様に対して、
謝罪の言葉は無いのか!!」
「……失礼いたしました。
ですが、今朝突然の呼び出しで
ありましたので―――
どのようなご用件でしょうか?」
私が残っている一角に腰をかけると、
カーマンさんが割って入ってきて、
「実は、こちらのトゥルーラ侯爵様が、
あのマウンテン・ベアーをオークションで
落札したのです。
ですが、それに対して不審な点があると」
「不審な点があるなら、落札しなければ
良かったんじゃ……」
自分も、立て続けに起こるトラブルに精神的に
疲れていたのか、本音がぽろっと出る。
「だ、黙らんか!!
それであのマウンテン・ベアーの毛皮だがな。
ほとんど無傷と言っていい。
だが武器による打撃痕や刺し傷、魔法による
魔力痕も無かった」
「素手で倒せばそうなるのでは?」
すると、大男が笑い声を張り上げ、
「グハハハハッ!!
あのマウンテン・ベアーを素手でかよ!?
まさかオッサンがやったっていうんじゃ
ないだろうな!?」
「いやそれで呼ばれたのでは……」
私がカーマンさんに視線を向けると、
「他にもジャイアント・ボーア、ワイバーンを
倒した実績のあるシルバークラス冒険者が、
シンさんです。
ですからもう少し穏便に―――」
彼が侯爵様とその従者をたしなめるも、
彼らは耳を貸さず、
「だから!!
それが嘘だと言っておるのだ!!
いくら身体強化が得意とはいえ―――
一人で倒せる魔物ではない!」
「こんな魔力をほとんど感じねぇオッサンが
倒せるワケねぇだろう?
オイ、オッサン。
早く白状した方が身のためだぜ?」
わざわざ脅しに来たのか?
いや、脅すのなら何が目的だ?
意図を図りかねていると、侯爵様がずいっと
身を乗り出してきて、
「どうせ、毒か何か使ったか、それとも
病気で弱っていたマウンテン・ベアーを
倒しただけじゃないのか?
虚偽の記載は目をつむってやろう。
だから……」
ああ、そういう事か。
ここでようやく相手の意図を理解する。
つまり、
・・
ケチを付けに来たのだ。
狙いはオークションで競り落とした
落札価格の値下げ―――
あわよくばタダ同然で……ってところか。
私がライオットさんに視線を配ると、
彼もやれやれ、といった表情で、
「そんなに言うなら確かめてみちゃどうだ?
幸い、ここは本部長専用の訓練場がある。
同じ階だし、移動してもらえればすぐに
出来るぜ」
「フン、いいだろう。
筋は通っておる。
ヴォルク!
聞いた通りだ、相手してやれ」
こうして私たちは、同じ階の訓練場に場所を移す
事になった。
「広いな……」
「武器も選り取り見取りですぜ、侯爵様」
私がここに入るのは初めてではないけど……
(■28話 はじめてのおうと参照)
トゥルーラ侯爵様や、その用心棒と思われる
ヴォルクという人にしても―――
やはりレベルというか、設備としては桁違いの
水準なのだろう。
カーマンさんも同行していたが、そこで後方へ
離れて、侯爵様と同様に壁際に位置取った。
「で? どうやって決めるんだ、オッサン?」
「そうですねえ……」
私はライオットさんの方へ振り向く。
「ここにある中で、一番重い武器って
どれでしょうか?」
「そうだな」
本部長は数ある武器の中から、先端の打撃部分が
特化した、金属製の棒を持って見せる。
「バトルメイスだ。
多分これが一番重い」
私の身長より少し短めだが、打撃部分の
大きさから―――
そこだけで50kgはあるんじゃないか、
という印象だ。
「じゃあコレを彼に……」
私の指示に従って、ヴォルクに投げると―――
事も無げに彼は片手で受け取った。
「ほー。これでやンのか?」
ドゴ、と大きな音を立てて先端を床に落とし、
「じゃあオッサンもさっさと……うん?」
私はそのまま彼の元へと近付きながら、
小声でささやくようにしゃべる。
魔力による身体強化など、
・・・・・
あり得ない、と―――
次いですかさず、バトルメイスを持つ彼の腕を
上から掴むようにして、
「持ち上げてみてください」
「あぁ?」
『力比べ』を仕掛けられたと理解した彼は、
その口元を歪める。
身長、体重、そして若さも全て私より上だろう。
本来なら負ける要素はどこにも無い。
それを見たトゥルーラ侯爵様もニヤリと笑い、
「身の程知らずが―――
受けてやれ、ヴォルク。
お前の身体強化は王都でも1、2を争うものだ」
なるほど。それが自信の理由か。
だけどこれは―――
『血斧の赤鬼』、グランツの時にも
やった戦法だ。
もっとも今回は斧のように先端部分ではなく、
彼の腕の方を抑える。
「へっ、いいぜ。
……で、いつ始めるんだ?」
「いつでもどうぞ」
今はまだ、先端を床に付けているから
それほど違和感を覚えないだろうが……
この質量からして、恐らく全体で
100kg以下という事は無い。
ましてや先端に重量が集中する形態に
なっているのだ。
言ってみればバーベルの片側だけに重しを付けて、
もう片方を持ち上げるようなもの。
しかもそれを片手で、となると―――
それなりに彼も力を入れているようだが、
持ち上がる気配は全くない。
「……フン、ちったあヤるようだな?」
「もし何でしたら、両手でやってみても
構いませんよ?」
挑発するように言ってみると、わかりやすく
激昂し、
「言ってやが……!!」
柄の部分を握ったまま、
それでも彼の手は動かず―――
「れ? れ……!?」
「ヴォルク、何をしている!?」
侯爵様が状況を理解出来ずに彼に怒鳴るが、
それで事態が好転するはずもなく。
「ぐぬぅっ!! うぅっ!!
この俺様が……
こ、こんなハズは……!
ぬああぁあっ!?」
手汗ですべったのか、バトルメイスから手が
すっぽ抜けて―――
ヴォルクは後ろへ文字通り転がった。
私は床に落ちた柄の部分を握ると、それを
持って浮かす。
先端を床につけたままで全て持ち上げようと
しなければ、私の力でもそう難しくはない。
そしてそのまま、本部長の方へ向かって、
「あー、確かここって……
『最高級の魔力防御壁』で作られて
いるんでしたっけ」
「物理もそれなりに対処してあるから、
どれだけ暴れても構わないぞ?」
そして再びヴォルクの方へ視線を戻すと―――
「ひ、ひいっ!!」
逃げるようにして這って向かう先は、
自分の主人である侯爵様で……
それを視線で追い続けると、
「ど、どうしたのだヴォルク!!
まさかお前が身体強化で負けるなんて……」
2人の方向へ足を一歩踏み出す。すると、
「ま、待て!!
このトゥルーラ侯爵様に手を出すつもりか!?
いくら腕利きの冒険者といえど、平民ごときが
侯爵家に無礼を働けば……!」
話を聞いて、同じ侯爵家とは言えど、
レオニード家の当主とはえらい違いだと
つくづく思う。
そういえば今回、レオニード侯爵家への挨拶は
カーマンさんに任せていたんだっけ。
ドーン伯爵家はある意味すっかり馴染みだし、
ロック男爵家はつながりがあるのは、すでに
隠居した先代だから、アポ無し訪問しても
問題は無いとされたが……
さすがに侯爵家は事前の根回しが必要だろうと、
ドーン伯爵様から注意されていたのだ。
「そういえばカーマンさん。
レオニード侯爵家については
どうなりましたか?」
いきなり話を振られたカーマンさんは
一瞬戸惑ったものの、こちらの意図を
察したらしく、
「はい! レオニード侯爵家当主、
ヴィッセル様に意向を確認したところ……
『娘の婚約の件について尽力』し、
『息子の命の恩人』であるシンさんを、
素通りさせては当家の恥と―――」
それを横で聞いている主従の2人は、
目を丸くし……
カーマンさんは構わず続けて、
「しかしながらシンさんの、
『あまり騒がれるのは好きではない』
という要望をお伝えすると、
それならば王都から帰る日を教えて欲しい、
シーガル様を見送りに寄越す、との事でした」
私とカーマンさんの会話を聞いて、
トゥルーラ侯爵様は口をパクパクさせていたが、
やがて我に返り、
「か、かか、帰るぞヴォルク!!
だいたいお前が余計な事を考えるからだ!
珍しく頭を使ったかと思ったら……!」
「そ、そりゃねえですよ!
侯爵様だって賛成したでしょうが!!
これでマウンテン・ベアーの落札価格が
安くなるかもって!」
言い争うようにして部屋から出て行く
2人を見送り、
身体強化は、この世界では
・・・・・
当たり前だ―――
私は密かに小声で彼の身体強化を戻し、
後に残された3人は互いに顔を見合わせる。
「……ていうかライオットさん。
本当は本部長権限で何とかなったんじゃ
ないですか?
第一、冒険者ギルドが関わる事では」
「いやまあ?
仮にも侯爵様だしさ、ギルドとしても
扱いが難しくて。
決してここで痛い目に遭ってもらって、
二度と関わる気を無くしてやろうとか
考えてもいないって♪」
この人は……
と思いつつ、そもそも彼もカーマンさんも、
どちらかというと巻き込まれた人だし。
そして原因は私。
と考えるとあまり強く出る事は出来ず―――
「ま、まあこれで解決ですよね?
それじゃ帰ってもいいですか?」
「おう、お疲れさん」
「で、ではわたくしもこれで」
そこで私はカーマンさんと一緒に退出した。
その後、広い訓練場で―――
一人残った本部長は窓に近付き、
「……誰かいるか?」
「ここに」
姿は見えず、声だけが彼の質問に答える。
「緊急案件だ。
ゼット・トゥルーラ侯爵家当主―――
その従者、ヴォルク。
2人を監視対象に」
「……承知」
その言葉を最後に、彼以外の気配は消え―――
ようやく一人の空間となった。