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「風見」スミスが後部座席から言うので、バックミラーを見る。だが目は合わない。
「腹が減った」
「はあ?」もうついていけない、と風見は盛大にため息をつく。と、なぜか睨まれる。
「あなたたちはーー」と助手席の古谷も見て、風見はまたため息をついた。
なんて恐ろしいんだ。口にはできないが、身体中からその言葉が溢れ出していた。
「人を……」
「殺したのに、って言うの?」急にスミスと目が合い、たまらずそらす。
がばっ、と中央にスミスは肘をついて見上げてきたので、危うくハンドルに支障がでそうになる。
「ねぇ」
スミスはまた顔を近づける。「く」運転していて、動かせない。
人間を殺しておいて、並みの精神でいられると思ってるのーー?
「わたしは精神を、いえ?命を削ってる」
最も。とスミスは隣を向いたせいで髪が当たった。
「この男がわざとそうしてるのかもしれないけどね」
風見には否定できなかった。たしかに、古谷さんなら……スミスはおろか、と。
「風見。腹が減ったと言ってるんだ」
「ああっ!」とエンジンを踏み込むと、スミスが笑いながら後部座席に倒れたのがわかる。
「古谷さん!」なにも言わない彼に助けを求める。「ふ…」
彼は何も言わなかった。カーブする湾を見たまま。風見はなんだか腹が立ち、ハンドルをわざと揺らす。「わっ…!」またスミスが転げ回って笑う。
一刻も早く、彼女を下ろしたかった。「風見!なんだ急…」
「わたしは山のように報告書を作らなければなりませんからね!このまま公安部へ戻りますからね!」
「悪かったよ、だが君に言えばまた…」
「えぇ!一般人を巻き込むかもしれないですからね!そうですね!」
「そんなに怒るなよーー」
「自宅でおろしますっ」風見はそれから口を利かなかった。
スミスは鶏肉を、用意したフォークとナイフでは食べずに手で食べた。魚のほうも、両手で。「お前たちはいい思いをしたろうが」「あれだって疲れるんだよ」あの男は特に、と思う。風見が公安のパソコン前でくしゃみした。
「はあっ…」スミスは髪をふりあげる。なんかいろんなものが散った。
「美味しかった」ぺろ、と唇を舐める。
「そりゃどうも」
塩しか味付けのない肉と魚なんて逆に難しかった。あとは焼くしかないんだから。
それにしてもーー育ち盛りの子供にこんな食事を強いたなんて、本当にサバイバルだーー
ぱし、と伸ばされた拳を握り返す。
「なんだい…?」
「元気ないから」それに素直に驚いて、座るスミスを見た。
「食べないの」
「お腹いっぱいでね」
疲れたな。と思うが、寝る気もないし、食べる気もなかった。
かたん、と椅子に座る。スミスはゆっくり立ち上がるとーー後ろから抱き締めてきた。豊かな髪がかかる。
「…スミス」
「いやよ…」彼女はしがみついているようだった。
椅子がくるりとまわされる。
「わたしは自分で働いてる。少しは敬意をこめて名前を呼んでよ」
降谷はスミスをただ眺めた。いい女だな。
「あぁ」そうだよな。と頷くと、降谷は冷蔵庫まで彼女を追い詰めて、両手を引っ張りあげていた。
少しも表情を動かさないスミスに、少しおかしくなって笑ってしまう。
「なぜ少しも抵抗もしないんだい?」
「それを」とスミス。「あなたが望むから、零」
「ーーーーッッ!」
あぁ、だめだ。
どうしようもなく怒りがこみあがってくる……
この女は、この女は【人殺し】だ……
あぁ、何が違う何が違う何が違うーー!
「くそっ…!」スミスをソファに放り投げた。それでも彼女はなにもしない。
「何が…」
裏切り者は…殺さないとな……
「ぐっ…」頭を抱えて、憤怒の目を見開く。
あの男だけはーーあの男だけはーー
「なんで俺が」
生きてるんだよ、班長……
「人間になぜ感情があるか知ってる?」
「うるさい…」
スミスは続けた。「そして1番下の感情を知っている?全ての源を…」
「黙っーー」
ぱん!という乾いた音に降谷は目をどんどん見開いていく。
スミスは叩かれた頬を押さえ、降谷を見据えた。あのーー瞳で。
「気は済んだ?」
「レディ!」
そのまま飛びかかり、彼女はあの髪を広げた上に転げ落ちる。
首を押さえていた。ぐぐ、と力をこめる。スミスはだらりと力を抜いた。
「野生の生き物はね、痛がりなの…」怪我をすると…死に直結するから…と続ける声が掠れてくる。
「わたしも…そうでありたい」ぱし、と降谷の手首を掴み、スミスは目を開ける。
「なにも、感じたくない」
はっ、と降谷は彼女から後ずさった。喉を押さえて起き上がると、彼女はファスナーをおろした。
「…よせーー」本能的に、腕を顔の前にかざした。
「死から逃げる方法がひとつだけ、人間にはあるわ」
苦痛なほどの快楽でもなければーー人生などという永遠にもある時間を…生きることはできないの……
「言ったでしょ、わたしはニトロだと。苦痛と安寧をもたらす」
「爆発したら即死だろ」
両手で顔を押さえられ、無理矢理口づけられる。「まぁね…あ」と、スミスはそのまま口を開けたまま首にかぷりと噛みついてくる。「なーースミス」「スミスって呼ばないで」
スミスはそのまま、首筋を舌先であがってくる。
「服を…脱ぎ捨てているときは」
「っ…」ため息のような声が降谷から漏れる。耳の輪郭まで捉えられて、びりびりしてくる。
「汗だく」スミスはシャツを脱がしぱちぱちと瞬きした。
「冷や汗だよ」嘘ではなかった。「大丈夫よ…風見のときとは違うわ」スミスは胸元を持ち上げて見せた。
たしかにあんな場所に剃刀があったら、男はひとたまりもないな。と。
「…してほしい?」とスミスは目を細める。「いや…」はあ、と息をついて言う。咥えてくれ。とスミスの頭をつかんで下へやった。
ぬるー…っとする口内に、はーっ!と思い切り天井を見上げた。
ぐちゃぐちゃと音がする。降谷はスミスの頭を離さなかった。「んっ、ぐ…んぐーー」「レディ」
君は、俺のものだーー……
「どこにも…っ……!」
スミスが足を叩くのはわかっていたが、降谷は頭を上下させるのを、やめなかった。
人間の1番下の感情?そんなものわかってるーー悲しみだ。
悲しみだけは、共有できる唯一の感情だ。
「ああっ!」ぐ、とスミスの頭を思い切り押さえつけて喉奥に射精した。
「んっ、ふ…ぐ」ごくり、ごくりと喉が鳴る。
そのまま倒れる降谷に、スミスがゆらりと起き上がってくる。
「…まずい」口の端を拭い、スミスは低い声で言った。
「うまけりゃ飲まさないよ」と笑う降谷に、スミスはぐっと頬を掴む。
「むっ」
「まだ硬い」
「いや待っ…」
待たない。スミスはゆっくり腰をおろした。互いに同じような表情になる。
あぁ、苦しいーー…苦しいくらい……気持ちいい……
「がっ…」喉にたまった唾で咳き込む。
「まだ…」
まだだめ、まだ……「あ、あっ、は…」ぐわ、と彼女の顔が近寄る。「はぁっ、はぁーっ…まだ、まだよ……」
スミスが目の前で、自分の為だけに腰を揺らしていると思うと、それだけで降谷にはまずかった。
快楽に貪欲な姿は、何より無防備で、人間らしい。
「~~っ……っっーー」
もう声にならない。
「あっ…」びくっ、とスミスが肩を抱く。「あ、あぁっん…んんっ……」
ぞわぞわとスミスの産毛が逆立ってく。顔が、赤くなっていくのがわかった。古谷はスミスの手を握った。
「うっ……」すぐ古谷も後を追った。
ビーフストロガノフ。と目を開けた瞬間に思っていた。顔を横にやると、降谷の寝顔がある。
スミスは素直に、耳の横で指を数回鳴らす。起きない、と確認して起き上がった。ぬめ、と足先がぬめり足先を擦り落とす。
怒りはーー、と古谷を肩越しに見た。
「誰かをコントロールしたい気持ちの現れ……」
ふっ、と息を吸って起き上がる。睡眠が足りないな、とからだの重みで感じた。
常に人を動かすやつは、わたしをうまく扱えないのが素直に気に入らなかったのだ。
となれば男はセックスに頼るしかない。
そう、世界中で決まっている。精神的にも肉体的にも、満足する。
仕方のない……と寝返りを打つ男にスミスは立ちがあり部屋を出た。
よく見てなかったなーーと軟禁部屋を見回す。珍しく真っ白な壁の部屋だ。
日本の壁はクリーム色が多いのに、と。
トイレと、もう一部屋と、ガチャ、と開ける。
書斎……とスミスはパソコンを見た。横にはスマホが置いてある……
首を振った。あの男がなにも仕込まない訳がないーーと手にとる。
パスワード、と出たので「まぁ…」いいか。とスミスはパソコン前に座った。
「っやさんーー降谷さんっっ!!」
「ん…」がくがく肩を揺らされ、降谷は気が付く。
「なん…」はっ!と目を見開いて状況はすぐにわかる。隣はもぬけの殻。飛び起きたとき裸でいたから、わかりやすく風見は眉をひそめた。
バタバタ、と廊下を公安刑事が走っていくのがドアの隙間から見えて、降谷もシーツを引きずり飛び出していく。
パソコンには何重にもセキュリティが、スマホにも、古谷が使うすべての機材には細工がしてある。
そう簡単にーー
「ハッキングされました」
パソコンの前に集まる刑事をよそに、後ろから風見が言う。
「いったいどこをーー」
ふ、と風見が見せるのは「は?」自分のスマホだ。
ずる、とシーツが下がりそうになる。
「降谷さんのパソコンから、降谷さんのスマホが。不正アクセスされました」
「…パスワードのためか」
「そうです」風見は眼鏡をきらりとさせた。「いわば、ハッキングのためのハッキングです」
はぁぁ、とデスクに端によろける。
「自分のパソコンで自分のスマホをハッキングする【バカ】なんていない」
「風見ーー」
「それから」がば、とクロゼットを開ける。風見の顔は見えなくなる。
「…彼女に与えた服や靴など、盗聴器、すべて……外されています」
「玄関にこれがっ」
刑事がハンカチを開くと、粉々の盗聴器。
「降谷さんっ…!」風見はどしどしと近づいてきて、耳打ちした。
「彼女は…!アメリカ国防省!ペンタゴンをハッキングした経歴まであります!しかも…成功している!」
馬鹿げてる!と風見は片腕を振った。
「国防省のファイアウォールなんて、普通のパソコンオタクくらいでは歯が立たない…!」
何者ですかーーあの女は!
「…それをどこで?」降谷が今度、鋭く風見を見た。一瞬それにひるみそうになりながら、風見は続ける。
「我々、公安刑事はーー…!名字名前のすべての経歴の開示をゼローーあなたに要求します……!」
ふ、と部屋のすべての刑事がこちらを見上げたのはわかった。
「…知ってどうなる?」
「降谷さん!」ばっ、と風見は目の前にきた。
「我々は命をかけて任務に当たっているんです!」
我々の命はチェス駒じゃないーー!
しん、となった部屋は風見の鋭い声が反響していた。
「あぁーー」わかった、という意味で降谷は手をあげた。「…ひとまず着替える。出て行ってくれないか……」
「古谷さん、なくなったものはなにか…あ…いえ」刑事は空気にドアの影に戻った。
「で、でもまだ…何がハッキングされたか…」
「大丈夫だ」
行き先はわかっている。と降谷。あっけらかんと着替えるので、パソコン周囲の刑事らは慌てて出て行った。
「風見」
「はい」真後ろから声がする。
「わたしは優秀な部下を、失いたくない。これだけは、理解してもらいたい」
「わたしこそーー」と風見は顎を引いた。「てっぺんがひっくり返るなんて、冗談じゃない…それでは……戦えない」
しゅ、と歯型のついた首にスカーフを巻き、降谷は振り向いた。
「だが忘れるな」
彼女は、日本国民だとな……。
財布が渡され、素直に受けとる。
「特になにもなくなっーーあぁ」
1万円札がない。と。
「お釣はある?」スミスは1万円を出してから花を受け取って、困った顔をした。
「え?」キョトンとする花屋はあぁ、とわかったようにレジを開いた。「ありますよ、此処は日本ですからねーー」ちゃり、と手のひらに小銭が乗る。「ヨーロッパは、お釣がないお店も多いですもんね。旅行に行って、崩したいのに何度も断られて困っちゃいました…」
カラン、という音と共に、名前はカーネーションを抱く。
さてと、とメモを見直す。ここからはあの先のバスか……
最近色々ありすぎた。もう、ただ下の話をするじじいどもの相手に戻りたい…
睡眠は削られるが、慣れっこだ。木の上で一夜を過ごしたこともあるからな…
ぼうっ、とスミスはそれを思い出す。
「あ、おねえさーーん!」角から手を振られ、スミスは立ち止まった。
ああ、あのガキども……「あっ!!」がっ、とひとりの男が少女にぶつかった。「歩実のタブレットがーー…!」
「待てーー!」走ってくる男に、足をかけようとするが失敗する。
角を曲がり、男が直線上になったとき、スミスは横を通ってきた部活帰りの学生の背中を見た。
がしっ、とそいつを掴み、「なにっ…!?」という学生をよそに、スミスは弓をじり、と男に構えた。
一度息を吸うんだーー吐くと肩が下がり、
照準が定まるーー!
「ふぅっーー…」
「やめろ名前さんーー!」
殺るなぁっーー
「はっ…!」
その言葉に、走馬灯のようにいろんな光景が流れた。
ばん!と弓は一直線にタブレットの盗難男へ突き抜けていく。
スミスも矢のごとく走りだし、唸る男から弓矢を容赦なく引っこ抜く。
「骨もすべて避けたーー自分で手当てしたっていずれ治る。病院には行くなよ、足がつく…」
言いながらスミスはブラウスで矢を拭いながら、タブレットを蹴り言う。「行け」顎で道をやる。「て、てめ…」「名前さーーん!!」
「行けぇえっーー!」あの声を出した。
男は舌打ちし、よれよれと走って行く。
「名前さん!」
眼鏡のぼうずだった。「大丈夫!?」「えぇ…」力なくスミスはだらりと腕をおろす。「血が…」「わたしのじゃない…」
「名前さんーー!」「大丈夫!?あー!血が出てます!」「だから…私のじゃ…」
ギイ、と家の門が開いた。「なによ、近所迷惑もいいところじゃないーー」また出てきた少女は、スミスを見るなり、何か言いたそうになる。
「哀ちゃん!」歩実が泣いて飛び付く。「歩実のタブレットがね、タブレットが取られてね…」わぁー!と泣き出す彼女に、皆がぎょっとした。
「博士!」奥から出てきた白衣のじじいが、スミスを見て固まるが、「お、それはーー」血のついたブラウスに顔色を変える。
「おっぱいの姉ちゃんがな!取り返してくれたんだ!」
「早く警察にーー」
「やめて!!」スミスは叫ぶ。皆が一斉にスミスを見上げた。「これ以上…犬の世話はごめんなのよ」唖然とする学生に、弓を返す。「気をつけて帰って…」
踏まれたカーネーションを胸元に抱き直し、眼鏡のぼうずの横を通りすぎようとして、心臓が掴まれた気がした。
タブレットから、ドリルの音がする。
「ぐーーっ」
「名前さん!?」
はぁーっ、はあーっ、と呼吸があがってくる。
まずい、発作がおきかけている…!
胸元を削り取る勢いで握ると、爪から血が滲んだ。はっ、と眼鏡のぼうずがタブレットを振り返った。
「光彦!タブレットのリピートを止めろ!早く!」
「えっ、は、はいっーー」
エドワード・グリーンが、子供にドリルを向けている。わぁー、と泣く子供と、スミスはじり、と後ろ足を引いて重心を落としていた。
「やめなさい」はぁ、とエドワード・グリーンはため息をつく。「死を覚悟しないのは、我々人間だけなんだよ。レディ…」
ドリルが子供の足をくりぬき、子供は悲鳴をあげた。
「く…」スミスは直視できない。
「ほら。足をやられたよ…」その声音は、抱き締めるように優しい。
「…ペンタゴンへのーー」
「明日!」子供は怒鳴るように叫んだ。「明日だよぉっ!明日、明日15時に…」
「やめろ!!」
テロを起こすんだぁっーー…!
スミスは壁まで下がり、ずり、と腰を抜かした。かくかく震えるのが顎の音でわかる。
だめだ、いやだいやだもうやりたくないやりたくないーー!!
「あぁ…」エドワード・グリーンは子供を慈しむよう見つめた。またドリルの音がする。
「だめじゃないか…それは極秘情報なんだよ?自分が拷問されただけで喋ったら…」
国が危険にさらされると、教えただろう?
「あぁぁあああああ」ドリルの音はなりやまない。
「もうやめてぇえええっ」スミスは頭を抱える。エドワードが子供を引きずってこちらへやってきた。虫の息の子供が、ほとんどなにも見えない目で「レディ……」スミスは後ずさった。
「苦しいだろう?ロイ」エドワードの声がする。
「レディーー」がっ、と子供の頭を掴み、エドワードはスミスの目の前に放り投げた。じわじわとまた血溜まりができていき、スミスは足先をぴんと緊張させた。
ロイーー「木登りってのはこうやるのさ!」手を伸ばすロイ。木漏れ日が眩しかった。
「ほら!また俺が1番だったろ!」
ロイーー「あぁっ…!」スミスは頭を掴まれた。エドワードはずりずりと壁へ引きずっていく。火が出そうなもみ上げに足をばたばたさせ、スミスはわめいた。
からん、とナイフが目の前に落ちる。
「なぜ君が死ぬんだ?レディ?」エドワードが耳打ちする。ぐい、と頬がつくほどそばに寄られ、スミスは素直に全身の産毛を逆立てた。
「や、やだ…いやぁあ…!」バタバタするスミスは、それをエドワードに簡単に押さえられてしまう。首に当たるナイフは少しずつ食い込む。
「ロイは仲間だ!海兵は仲間をっ…仲間を裏切らないぃっーー」
「仲間じゃない」
国をだ。
スミスは目を見開く。「君は英雄だ…レディ・スミスーー情報をもらした仲間を殺すんだから……」
「や、やだ……」スミスはぼろぼろと泣く。「いや、いやだ、お願いーー」助けるわけもないのにエドワード・グリーンにしがみついていた。
「レディ……」呼吸に空気が多く混じり、びゅうびゅうとした音がロイから鳴る。
当たり前だ。肺にドリルを打ち込まれている。呼吸が漏れている。苦しいだろう。息が十分にできないのだから。
「いいんだよ。死ぬまで見ているかい?大事な仲間だったやつが」ハハハとエドワードは笑う。
それはテロリストのやることだがな。
スミスはふら、とナイフをとり立ち上がる。そのままロイの元へ歩いた。
「最期の会話もないのかい?」エドワードが肩をすくめる。スミスは自分の膝にロイの頭を上げた。
「しない……」
すれば、ロイが生きたくなる。
「レーー」スミスは一気に、首の頸動脈を真横に引き裂いた。ぷしゃっ、と炭酸を開けたような音がする。ビチャ、とスミスに大量の雨が降り注ぐが、スミスは目に入っても、開けたまま見た。
ロイ、あなたの魂は、私が……きちんともらう。
エドワードは顎を撫で、それを目を細めて見ていた。
「レ、ディ」がはっ、と大量にロイが血を吐く。びくびくからだを痙攣させ、ロイが震える手を伸ばしてきた。
「あ、ぎ……が、と…」
「!」
ばん!とドアが開き、まるで人形のようなロイを引きずり出す。「いやだーー」「レディ」後ろからエドワードに抱かれ、スミスは足が浮いて手を伸ばすしかなかった。
もう、一生つなげない手に。
「つれていけ」
「いやだ……やだ、ロイーーロイぃいっ……!!」
スミスはそれでも、ナイフを離さなかった。
「お、お姉ちゃーー」
ぐらついたからだを、ぱし、と受け止めた影をコナンは見上げた。
「す、昴さん…」灰原がふ、と博士の後ろへ隠れる。
「昴の兄ちゃん!」元太が叫ぶ。「はやく救急車呼ばなくちゃ」
「必要ないよーー」と優しく笑う昴。「ただの貧血だよ」彼女を抱いたまま、昴は工藤邸へ入っていく。「あ、昴さん…」「大丈夫だよ、彼女とはね、知り合いなんだ…阿笠博士」博士は急に気づいたように言った。
「さ、昴さんに彼女は任せよう。ほら、家に」
「うん…」「大丈夫ですかね…」「なんか安心したら腹減んねーか?」
えー?と歩実と光彦。
「江戸川くん」灰原は囁いた。手元にはタブレット。
リピートで流されていたのは、どうやらKpopのようだ。
「彼女、何か?」
「あぁ、おそらく…心理的外傷性ショック」コナンはまだ開いたままの入口を見る。灰原は首を引いた。「PTSD?なぜ?」「それはわからないが、でも、」
弓矢で人を射るなんて普通は思い付かないし、それに……「あんなに躊躇いなく……とにかく、それ」とタブレットを見るコナン。「調べといてくれ!」
「ちょっと、もう」
人使い荒いんだから…と灰原は阿笠邸へ戻った。
「レディ、レディ!」
名前を呼ばれて、スミスは目を開ける。
ロイは笑った。
「起きろよ、自由時間だってーー木登りしようーー」
はぁっ!とスミスはのけぞるほど息をした。飛び起きる。一瞬で辺りを見回して「気がついたかいーー」
ガバッ、と髪を振り乱したせいで自分の汗の匂いがした。パソコンの前に、男がひとり座っており、「名前さん」とベッドからあの「コナンくん」あのガキがベッドによじのぼってくる。
「これ」とカーネーションの花束を出し、コナンは言う。「名前さん…ドイツにも滞在してたことがあるの?」スミスは何も言わない。
「母の日の花は、国によって違うんだ。日本はカーネーション。でも今って」
季節外れだよね、とコナンの声が低くなる。
「そしてドイツでは、カーネーションは亡くなった人に供える……仏花だ。この先の交差点のバスは、米花霊園に行くバスが出てる」
「…だから?」とスミス。その一瞬で辺りを見回した、隣の窓と、本棚と…
「やめたほうがいい」パソコン前の男が椅子ごと振り向いた。
「あぁ、ほら。貧血で倒れるくらいだから、安静にしてないと……って意味ですよ」
「…助けてくれてありがとう」ばさ、と布団をはいだ瞬間、また記憶がよみがえった。
この匂いはーー「コナン…」コナンは眉をひそめる。「名前さ」ガタガタ、とパソコンの参考書が落ちる。
「……また会えて嬉しいわ……」スミスは昴の膝に片足を乗せ、顔を押さえていた。
「…なんの話でしょう。わたしは、あなたのような美人にお会いするのは初めてですよ」
昴はクエスチョンを浮かべていた。
「コナンくん。お兄さんにお礼がしたいのーー」すぅっ、と首をあげて香りをかぐ。
「出て行ってくれる……」
「だめだーー!」コナンに光のない目が向けられる。その顔は赤い。ガキはガキだ。
「見たいの?」胸元に顔を寄せるが、昴は動かないし、コナンも首を振った。顔が赤いのは自分でもわかっていたが。
「名前さんーー随分慣れてるんだね!」
狩ることにーー!とコナンは言う。にや、としていた。
「猟銃会かなにかに入ってるの…」
スミスは言葉の途中で昴に口づける。コナンは目を見開いた。がた、と昴が、拒否するように腕を動かしたのでぱち、と麻酔銃を背中で準備する。
「…随分と……ごほっ、助けたのに強引な方だ、あなたは」
「嬉しかったでしょ」スミスは花束を抱いて出ていく。「でも覚えておいてね…わたしみたいな女にキスされたら、その気にならないと不自然だってこと」
ドアが閉まるのを、コナンは動かずに見た。
なんなんだーーあの女……
「え、あ、昴さんーー」どん、どん、と腹部を叩いている昴に、コナンは素直に動揺する。「なにしてーー」「悪いね、ちょっとーー」うぇっ、という音にコナンはそっぽを向いた。差し出されたのはーー
「え?」錠剤だった。「まさか、飲まされたの!?」ティッシュペーパーをとる昴。もとい、赤井さんは。
「まさか…」といつもの声音で口を拭う。
匂いで特定されるとはな……
だが人間の匂いは、食べ物や健康状態でかなり異なるはずだが。
ふ、とはいである布団を見る。
「あぁ、負けを認めよう」
赤井は笑って頷いた。コナンは「え、なに?」と近寄ってくる。「この薬、すぐに鑑識にーー」「いや」赤井は窓を見て言った。
「ニトロだ」
「なにーー!?」
「ニトロの錠剤だよ。間違いないさ」
少しふらついて、壁を背にする。
「大丈夫!?」「あぁ、わかっていると思うが」「ニトロは液体なら爆発物」コナンは続ける。「錠剤なら、狭心症患者の薬……!健常者が口から経口接種すれば、血圧が下がる!」
んん、と赤井は口内を舐める。
「その通りだ。胃にはもう数秒だったはずだが、効き目が本当に早いな…」
当たり前だが。狭心症患者の発作のための薬なのだ。
これくらい効き目が早くなければーー
患者は死ぬ。
「赤井さん、いま、水を!て、ていうか…あ、持ってくる!」
ありがとう。と言えたかわからない。赤井は電話していた。
「俺だ。ジョディーー悪い知らせだ」
ニトロを見つけた。赤井は言う。
窓から、あの少女と目が合った気がした。
「キスするときは、舌をいれないほうが不自然なんだよ。ぼうや…」
スミスは霊園に着いてから左右にゆらゆら揺れながら歩いた。
まっすぐ歩けない……
これは発作じゃない、視界も狭い。睡眠不足だ。
びた、と真下、と書かれた墓に手をやり、ずるずると落ちていく。
「ママ……」
そうやねぇ、あ!あんさん、ハニーちゃん!はにちゃんにしましょ!
「降谷さんーー」と車の天井を叩く雨の音に、古谷は首を振った。
「今は…【ふたり】だけに」
(また…人を殺さないといけなくなるのなら…)
「1発で…仕留めなくちゃ……そうよね、ママ……」
痛かったでしょ、怖かったでしょーー
寂しかったでしょ……
スミスは唇を噛む。つ、と血が流れた。
風見が動きそうになるのを、肩を掴み背もたれへ戻す。
彼女が死ぬことはない。絶対に、だ。
我々が、それを許さない限り……。
「ん?」
「あの傘の女ーーおい」ざ、と無線の音がする。「誰も近づくなと言ったはずだろう」「いえ!」「誰も近づいては…」
「あなた」
スミスは墓石につけていた額を離し、すっ、と立ち上がる。
「あぁ」くっくっと笑う。「あのときの女刑事か……」傘が揺れる。動揺でだ。
振り向くと、スミスと彼女と目が合った。
「…なぜと聞きたそうだな」スミスはだんだん声を低くする。
「人間の汗の匂いだ」
「え?」刑事はまさか、そんなわけ。と言いたげだ。
「ほら、またするぞ……」
わたしを恐れる、緊張と興奮した汗の匂いがな……
「わたしは1度嗅いだ匂いは忘れない…そうしなければーー」
背中に痛みを感じ、スミスは眉をひそめた。
「あなた……何者なの?」
ざー、っと音がしていた。スミスの髪のカールが落ちていく。
「…なぜ非番の刑事に答えなければならない?」
佐藤はまた傘を揺らす。「なぜ非番だとーー」くっ、とスミスは笑って左肩だけをまわす。
「拳銃も警察手帳もないのかい?わたしをどうやってわたしを捕まえるんだ」
「捕まえないわ」という言葉に、スミスは目を開いた。
女の手には、桶があった。
「わたしは今日ーー」と墓に近づき、水をかけ、スミスを見上げた。
「死者を弔いにきたのよ」
「おま…え…」
佐藤は手を合わせ、黙った。
「わたしたちはーー」
歩いて行くスミスに、後ろから声がする。
「いつか必ず、あなたに……たどり着くーー!」
真実に……
スミスは立ち止まらず、見知った車へ乗り込んだ。
「勝手な行動をよくーー…」風見は怒鳴りかけて、やめた。スミスはぐっしょり濡れて、前髪が顔にかかって見えない。
「風見」
低い声にびく、とする自分が嫌になる。
「今夜は…お前の家に泊まる」
「何を勝手なこーー」背中をあげれば、降谷に戻された。
降谷さんまで?なにを考えてるんだ…
ぼそ、とスミスが呟くのを、降谷がミラー越しに見上げたが。なんだ…なんで不機嫌そうなんだよ…
風見はただ車を走らせた。
がこ、と下のオートロックが開くとスミスは勝手に入っていく。
「風見」
「はーー」とん、と人差し指を胸に置かれて風見は降谷に顔をしかめる。
「手を出すなよ」
かっ、と赤くなるのが最悪だった。「そ、そんなわけーー!」あなたじゃありませんから、と言いたくなるがやめた。ぐぐ、と人差し指がめりこみそうだった。
っていうか、出されたのはわたしのほじゃないのか。
「彼女が望むまでは、な」
オートロックがしまりそうになるので、降谷はそれを顎で見せる。
風見は走った。中から、去っていく彼の背中を見ながら。
どういう意味だ。
ドアの前に幽霊みたいに立たれているのが嫌で、風見は鍵を開ける。
「風呂はーーおい…」
スミスはびしゃびしゃと廊下を行き、ひと部屋ずつ開けてから風呂場を見つけ、入っていく。「なんなんだ…」ひっくり返るヒールを揃え、置いてあるタオルで水溜まりを拭いて歩く。すでにシャワーの音がしていた。
あぁ、洗濯物ーー!と、風呂場に干していたのを思い出して走っていくと。
洗濯機の前に放り投げてあった。
置く、ってできないのかよ…とはぁ、とため息をついていると。
「風見」
がちゃっ、と風呂場のドアが開いて、さぁっと石鹸の匂いがする。
「タオル、出しておいてくれ」
また揺れる髪のシルエットに、風見はドライヤーも出して行った。
ゆら、と現れる姿にびく、としながら鍋つかみの中を湿らせる。
風見のパジャマを着たスミスは、ぶかぶかだった。
「お前、彼女は?」
「は?」ふん、と味噌汁を味見する。あぁ、今日はだしを入れすぎた。
「その様子じゃ、いらないだろうな」
「関係ないだろう」
どさ、とスミスは自分の家のようにどっしりソファに座る。
「…あの男は」という声に、火を止める。
「あの男は……己を過信しすぎだ。なのに、最後のつめが甘い」
「…」
「お前も」とあの髪が揺れる。「自分の頭で考えろ」
残念だがその通りだと思う。
彼女の情報の開示だって、恐らく全公安刑事にはされない。私にだって全部はしないはず。
ーーそれでも、「そばにいてやるんだな」「え?」「全うしたい正義があるのならな…」
ところで。とスミスはこちらへやってきて、冷蔵庫を開ける。鶏肉を取り出すと、ちぎって食べ始めた。
う…!と思って思わず手を止めた。至極不機嫌な目が合う。
「鶏肉を生で食うやつがあるか!危ないだろ!」
目の前にいるのは動物か?と風見はひくりと口を動かした。
カチャカチャと手で肉と魚を掴み、ずずず、とスープを吸う。
「なんだ」
「いや…どこで育ったのかと思っているだけで」
スミスはにやりとした。
「森だ」
ん?と風見は素直に首をかしげる。「旨かった」スミスは席を立つと、なぜか上着を脱ぎ出す。
「お、わ、ちょっとーーっ!」慌てて風見はそれを止めた。ぱし、と手を押さえる。
碧がーー風見を見上げる……。
手を出すなよ、彼女が望むまでは。
「おい」すん、とスミスは匂いを嗅ぐので、素直にぎょっとした。
「シャワーが先だ。それに」はあ、とスミスはくるりと目をまわす。
「そんなものつけてるから、女は濡れないんじゃないのか?」
ぱし、とエプロンを叩かれた。
「こ、これはお気に入りだ…」
寝室はとても冷えていた。温度を見る。18度……地球にも優しくない女だな、と暗闇の奥を見る。
真っ白な背中が、上下している。
というか、寝ているなら自分はソファに行くしか、と静かにクロゼットを開け、タオルケットを取り出していると。
はっ、とする。スミスが後ろに…
ぎゅ、と後ろから抱きつかれ、風見はからだが強ばり、タオルケットがばさばさと落ちる。
「おい」と肩越しに見れば、恐らく、服はやはり全部脱いだのだろう。風見は素直に振り向いた。「着ろーー」口を開けようとしたスミスに、首を振った。
「っか、」ぐ、と頭が押されたので口をぬぐって顔をあげた。久しぶりに感じた女の味に、こんなにヨーグルトみたいな味だったか?と思いながら。
「お前…」はぁ、とスミスは胸を上下させる。「あっーー」彼女の喉が見える。膝を持ち、そのまま自分のからだを思いきり倒して一気に奥まで。
「随分と…っ乱暴に抱くのね」緩く腰を揺らす。「誰かに乱暴にされたんでな…」はあっ、と風見も息をつく。がば、と頭を抱えられる。
降谷にそっくりねーー風見。
は、と顔をあげる。スミスは手を広げた。
ああ、自分には……この女がーー悪魔か天使か、わからない……
「お願い」スミスは顔を押さえて引き寄せ、口付けた。「今夜は…優しく抱いてよ……風見刑事」かすれた声で、再びスミスは風見の頭を抱く。
「悲しいのよ……」
わかる?というスミスの瞳から一筋、涙が零れ落ちる。
「なら、こんなことしてる場合じゃない」
ふわ、とスミスの肩にパジャマがかかる。そのまま彼女を抱き締めた。
「か…」髪を撫でる手に、スミスは目を見開いた。
「ーー見ない。絶対に見ない。だから」
これ以上は、風見の腕に力が入る。
「もう……我慢するな……レディ」
はっ、と息を吸ったスミスは、だんだんと震えていく。
「うーーっ…」広く、冷たい部屋にはスミスの泣き声しかしなかった。
胸元でくぐもる声に、雨のあの日、わめいていたのを風見は思い出していた。
たまに叩かれる弱々しい拳も、あの日と同じ……
コンクリートが割れる前に、とうに彼女は……壊れている。
「ねぇ…お願い……」
言い終わる前に、風見から口付けていた。初めてするような、優しい優しい口づけを。