失恋なんてよく有ることだって知っているのに、自分の身に降りかかるとどうしてこんなにダメージが大きいんだろう。
湊が私に冷めているのはよく分かった。
それでも別れないのは長年の情からなのか。分からないけれど湊は毎日遅くなりながらも帰宅する。
でも離れてしまった気持ちを実感する日々はとても苦しくて、湊が望んだようにに楽しくなんて過ごすなんて無理だった。
だったら別れたらいいのかもしれないけれど、それもできない。
いつか湊の気持ちが戻って昔の二人に戻れるかもしれない。そう思うと諦められない。
自分がこんな未練がましい女だとは思わなかった。
これが他人事だったら、きっと諦めた方がいいと思うはずなのに。
「なんか最近、いっそう機嫌悪いな」
藤原雪斗が呆れた様に言った。
「そんなこと無いです。会社ではちゃんと笑ってますから」
愛想笑い。
作り笑い。
一応社会人なんだし、表面上は取り繕ってる。
ただ……藤原雪斗にはあまり気は遣っていないけど。
『私、あなたみたいな人嫌なんです』
あれほどストレートに嫌いって言ってしまったし、今更だ。
藤原雪斗は私の言葉なんて気にしても無いようだったから逆に気楽で、自然に話せるようになった気がする。
「会社ではって、家じゃ笑わないのか? 病んでんな」
「別に……それより何か用が有ったんじゃないですか?」
また、やっかいで面倒なイレギュラーな仕事かと思うと警戒してしまう。
最近では慣れて来たけど。
「午後から得意先に行くから、お前も同行しろ」
「え、どうして?」
「アシスタントなんだから一度挨拶した方がいいだろ?」
そうかもしれないけれど、そう言うことは前もって言って欲しい。
知ってたらもう少しちゃんとした服で来たのに。
「じゃあ用意しとけよ」
私の不満など気にせず、藤原雪斗は自分の席に戻って行った。
今日はブラウスにスカートという、可も不可も無い服装だけど、完璧なスーツ姿の藤原雪斗と並ぶと見劣りしてしまう。
服が納得いかないと気分も乗らない。
「昨日のうちに言ってほしかったです」
つい、文句を言ってしまうと、直ぐに言い返された。
「アドレス教えないのが悪いんだろ?」
確かに以前アドレスを教えるように言われた。
でもそのときはプライベートの番号を知らせるのが嫌でスルーしてしまった。
「会社にいる内に言ってくれたら済んだ話ですよね?」
「出かけるの決まったの、秋野が帰った後だったんだよ……また文句言われんの面倒だから今教えろよ」
仕方なく、電話を取り出して藤原雪斗とアドレスを交換した。
今まで外回りの経験が無かったからか、得意先を訪問して挨拶するってだけでも少し緊張した。
ぎこちない動きで名刺を交換する私とは対照的に、藤原雪斗は余裕の態度で打ち合わせを進めていく。
内容を理解出来ないながらも、とりあえずメモを取りながら一緒に聞いたけれど、終わる頃にはすっかり疲れ果てていた。
「明日は別の会社に行くから用意しとけよ」
全く疲れた気配の無い藤原雪斗がサラッと言った。
「え……明日もですか?」
「嫌なのか?」
「嫌ってより、出かけると仕事が溜まってしまうので」
今日も帰ったら伝票処理が有るだろうし。
「顧客を回るのも仕事だろ?」
その通りなので反論出来ない。
明日も残業か……がっかりしていると、藤原雪斗が言った。
「明日、用が有るのか?」
「え?」
「どうして外せない用が有るなら、また別の日にしてもいい」
……意外にも気を遣ってくれてる?
「ありがとうございます。でも大丈夫です、重要な用が有る訳じゃないし」
最近、あまり寝られないせいか少し疲れていて、早く休みたいだけだった。
でも、家に帰っても心からは休めないから、早く帰る意味は無いのかもしれない。むしろ、家に不眠の原因が有る訳だし。
私にはっきり本音を言ったからか、湊は前より自由に行動しているように見えた。
連絡無く遅くなるし、何をしてるのか把握出来ない。
気になって仕方ない。でも、
『責められるが辛いんだよ。美月と上手くやって行く自信が無くなる
あんなふうに言われたら何も言えなくなる。
今の関係は本当に一方的で、私が耐えるばかりになっている。
惚れた弱みって言葉本当だと思う。
結局、好きな気持ちが大きな方が我慢するしかない。
私が湊と別れる覚悟が出来ない以上、きっと何も変わらないんだ。
会社に戻った私達に、真壁さんが待ち構えていた様に近寄って来た。
眉間にシワの寄った怖い顔。
美人なだけに怒った顔は迫力満点だ。
そんなことを思っていると、真壁さんは私の前で足を止めた。
……私に対して怒ってる?
「秋野さん、S社に納期の回答をしてないの?」
「え? しましたけど……」
「届いてないって連絡来たわ。ちゃんとして」
ちゃんとやったつもりだけど……相手の勘違いじゃないのかな?
内心そう思いながらも、申し訳ありませんと頭を下げた。
「直ぐに連絡して」
「……はい」
真壁さんは私が気に入らないだけな気がする。
言い方が必要以上にキツいし、以前も前任者と比べられたし。
難癖付けられてる様でイライラする。
ても異動して来た途端に波風立てたくないから仕方ない。
言われた通りにしようとすると、藤原雪斗が機嫌の悪そうな低い声で言った。
「それくらい、真壁が調べて連絡すればいいだろ?」
「え……藤原君?」
真壁さんは驚いた様な声を出した。
私もかなり驚いた。
藤原雪斗の声があまりに冷たかったから。
しかも、相手は真壁さん。
ついこの前、二人親密そうに寄り添っていたのに。
「秋野が外回りなのは分かっていたはずだろ? わざわざ帰りを待ち構えてないで、自分で調べて回答しとけよ」
なんか……信じられないけど、私をかばってる?
藤原雪斗のまさかの発言に、更に驚いた。
真壁さんもショックを受けた様に顔を強ばらせてる。
……もの凄く気まずい。
「あ、あの……私、この件連絡して来ます」
とにかく二人の間の緊迫した空気から逃げ出したくてそう言った。
けれど、藤原雪斗は私の手の中の書類を奪い取ると真壁さんに突き返した。
「この回答書も本来真壁の仕事だろ? 何でもアシスタントに押し付けるのは止めろ。出来る事は自分でやれよ」
真壁さんは一瞬顔を歪めたけれど、何も言わずに背中を向けた。
席に戻って行く真壁さんからは怒りが滲み出ているように見える。
……あれは藤原雪斗では無く、私への怒りなのかも。
矛先は自分に向いてそうな予感に気分が沈んだ。
「どうして、あんなキツい言い方したんですか?」
かばってくれたのは有り難いけど、もう少し穏やかに話をまとめて欲しかった。
「あれ位言わないと真壁は聞き流すからな。アシスタントへの態度が悪いのは前から気になってた、深山さんも真壁の事で悩んでいたから、そろそろ言わないとって考えてたんだよ」
深山さんって、以前ミスした派遣の子だ。
つまり……彼女も真壁さんにキツく当たられていて悩んでいたから、いつか言おうと思っていた。
で、チャンス到来でここぞとばかりに言ってみたってこと?
「……今後は私が居ない所で言ってください」
深山さんは害なく助かったかもしれないけど、私は確実に嫌われた。
「何でだよ?」
「気まずくなりたくないからです」
うんざりした気持ちで言うと、藤原雪斗は少し考えてから言った。
「真壁には後でフォローしておく。秋野は気にするな」
そんな事言われても気になってしまう。
それにしてもどうやってフォローするんだろう。
プライベートで?
だったら私が気にすることじゃ無いんだけど。
府に落ちなかったものの、急ぎ仕事を済ませて家に帰った。
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