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湊は今日も遅いのかな?
一応、夕食の材料は用意してあるけど。
期待しないで玄関の鍵を開けると、意外にも部屋の明かりが灯っていた。玄関脇の浴室からシャワーの音が聞こえる。
湊が帰って来てるんだ。
嬉しさと、不安の混じった複雑な気持ちでリビングに向かう。
ブラウンのソファーの上に、湊のスマホが置いて有り、私は思わず動きを止めてそれを凝視した。
湊がこんな無防備にスマホを置き去りにしてるなんて見たことが無い。
ここで誰かと話していてそのままシャワーを浴びに行ったのかな?
そう言えば、以前も私が帰る前に楽しそうに話しをしていたっけ。
これを見れば、ずっと気になっていたカードの送り主について分かるかもしれない。
シャワーの音はまだ止んでない。
……見てしまおうか。
今まで一度も見たことは無かったけど、今見たくて堪らなくなった。
いろいろな疑問を解消したい。
でも、勝手にカードを見て後悔したばかりだし、抵抗感が有って一歩が踏み出せない。
やっぱり人のスマホを勝手にみるのはよくないよね。
諦めて自分の部屋に戻ろうとした瞬間、着信のメロディーが鳴り響いた。
ピクッとしながら表示を見る。
【水原】
名字だけの登録。
私の知らない名前だった。
数回のコールの後、着信は途切れた。
再びかかって来る気配は無い。
水原……誰なんだろう。
湊の口からその名前は聞いた事が無かった。
湊の交友関係を全て把握してる訳じゃないけど、なんだかとても気になった。
この水原という人が、カードの贈り主だったら……そんな考えが頭に浮かぶ。
やっぱり確かめたい。
吸い寄せられる様にスマホに手を伸ばそうとした瞬間、ガタンと浴室の扉が勢いよく開く音がした。
ビクッとして手を引っ込める。
気付けばシャワーの音は聞こえなくなっていた。
湊が出て来る!
反射的にソファーの前を離れ、キッチンに向かった。
バッグを床に置き、シンクの前に立ったところでリビングの扉が開いた。
「美月……帰ってたんだ」
湊は私に気付くと呟き声でそう言った。
「ただいま……今日は早いんだね」
内心、動揺しながらも笑顔を作る。
湊は濡れた髪をタオルで拭きながら、ソファーに向かった。
スマホを手に取ると直ぐに着信に気付いた様で、顔を曇らせた。
それから何か言いたそうに私を見る。
水原さんからの着信について何か言われるのかもしれない。
緊張して湊の言葉を待つ。
「夕飯要らないから」
しばらくの沈黙の後、湊は私から目を反らし素っ気なく言った。
「え……どうして?こんな時間じゃご飯食べて来てないでしょ?」
核心から外れたことで拍子抜けしながら聞く。
「これから出かけるんだ」
「え、これから……どこに行くの?」
「……ちょっと飲みに行って来る」
湊は小さな声で答えたけれど、うんざりしている様子が伝わって来た。
私に詮索されるのを嫌がっている。
それが分かったから、何も言えなくなってしまった。
気まずい空気から逃げる様に、湊はリビングを出て、それから家を出て行った。
自分だけの夕食を、時間と労力をかけて作る気にはなれない。
食欲も無いから、買ってあったパンとコーヒーで済ませることにした。
シンとした部屋にいると、暗い考えに沈んで行く。
湊はどうして私と居るんだろう。
もう私に気持ちは無いことは、態度を見てたら嫌って程分かる。
もう私達は恋人同士じゃない。
心は遠く離れていて……それでも一緒に暮らしているのは私が湊を諦められないから。
明日になったら湊の気持ちが戻るかもしれないなんて、根拠の無いわずかな希望を捨てられないから。
こんなに蔑ろにされてもまだ湊が好き。
幸せだった三年を思い出してしまう。
でも……湊はどうして私と居るんだろう。
好意に溢れたカード。
声を立てて笑う程、夢中になる電話。
毎日の外出。
行動を見ていたら嫌でも察してしまう。湊には好きな人がいるのだと。
でも、同棲を解消して家を出て行く気配は感じない。
いったい、どうして……。
湊の気持ちが分からない。
こんな風に傷付くくらいなら、いっそのことはっきり振られた方が楽な気がする。
同じ家で眠っているのに、心も身体も触れられない。
こんな生活いつまで続くんだろう。
湊の考えが知りたい。
あんなに仲が良かったのに、今はもう何一つ見えなくなってしまった。