「私、この格好の方が仕事に専念できるんです」
蒼は何故か自分自身に言い聞かせるように言った。そんな彼女を訝しげに見ると、颯人は注意深く話を切り出した。
「出張前、蒼に話したい事があると言ったのを覚えているか?今週末はどうだ?」
蒼は何か考えるようなふりをすると、にこりと微笑んだ。
「そうですね、今週末は少し忙しいので無理だと思います」
「そうか……。いつだったら時間が取れる?」
「そうですね……。ここ一、二ヶ月はボランティアの活動や出かける用事があって無理です。時間が取れるようになったら社長にお伝えします」
蒼はそう言うとまたわざとらしく微笑んだ。しかしよく見ると顔が微妙に引きつっていて何かに怒っている。
「……一体何を怒っているんだ?」
そう颯人が言うと、図星なのか蒼はいきなり顔を赤くした。
「別に何も怒っていません!……では、明日のスケジュールの確認ですが ── 」
「俺が出張に出ている間何があった?」
颯人は鋭い眼差しで射抜いた。すると蒼も負けじと颯人を睨んでくる。
「別に何もありません。社長こそどうしていちいち私のことを気にするんですか?私はあなたの秘書であってそれ以上でもなんでもありません」
「さあな。なんでだと思う?」
颯人はゆっくりと立ち上がると蒼に近づいた。彼の態度はあからさまなのに本当に蒼は気付かないのか?正直ここまで手こずる相手は初めてだ。普通だったら今頃すでにベッドの中にいる。
「なぜか知りたい?」
颯人は蒼のそばまでくると彼女の顎を掴み視線を合わせた。すると蒼は慌てて目を背けた。
「恋人がいらっしゃるのになぜ私に構うんですか?」
「へっ……?」
颯人はあまりにも突拍子もない答えに一瞬言葉を失った。
「恋人?そんな奴いるわけないだろう」
「結城さんって言う彼女いますよね?」
意外な名前が彼女の口から出て来て颯人はびっくりする。一体誰からそんな話を……?
颯人は途端にくっくっと笑うと蒼を呆れた目で見た。
「俺がいない間にこそこそと俺の事を調べたのか?」
「調べたりしていません!!ただ合コンで知り合った人に聞いたんです」
「ご、合コン!?なんでそんなのに行くんだ!」
颯人は思わず苛立ちを露わにした。なんだってそんな所に行くんだ!?そもそも男が嫌いじゃなかったのか?
「誘われたんです!とにかくそこにいた人が社長の事を知っていて教えてくれたんです」
颯人はなんとか気を落ち着けようと深呼吸した。
「一体どこのどいつだ?」
「そんなことはどうでもいいんです。とにかく恋人がいるのに私にはもう構わないでください!」
蒼はそう言うと顔を真っ赤にして膨れっ面をした。颯人はそんな彼女を信じられない思いで見た。こういう表情は颯人もよく知っている。
「……もしかして妬いてるのか……?」
「なっ……、そんなんじゃありません!!」
蒼はさらに膨れっ面になり、顔を真っ赤にして俯いた。その姿があまりにも可愛くて、颯人は彼女の顎をもう一度掴むとゆっくりと自分の方に向けた。
蒼は少し目を潤ませて顔を真っ赤にしながら必死に颯人から目をそむけようとしている。
颯人の心臓は嬉しさでドキドキと高鳴った。はっきり言って信じられない。彼女が颯人の事をちゃんと男として見ていてくれてたなんて……。
颯人の今までの不安が一気に吹き飛んだ。今この場で彼女を押し倒して、キスをして何度も抱いて自分の物にしたくてたまらず、その衝動で息ができないほどだ。
「蒼……」
颯人が彼女の顔を覗き込もうと顔を近づけると、蒼は颯人を力一杯押しのけた。
「もう私には構わないでください!!失礼します!!」
そう言うと蒼は逃げるように社長室を出て行った。颯人は彼女が出て行ったドアを呆然と眺めた。そして顔を赤くすると思わず片手で顔を覆った。
── ああもうなんて可愛いんだ……。あんな蒼を見て、これ以上我慢することなんて無理だろ。
颯人はくつくつと一人社長室で不敵に笑った。
── 蒼、絶対に逃さないよ。これからは距離を置くことも、地味な姿で自分を隠そうとすることも、逃げることももう許さない ──
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