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「胃袋を掴まれた……それは確かにそうかもしれません。否定は……できません」
うっ、やっぱり。そ、そうだよね……。
「でも、だからってもしマネージャーが毎日手料理を作ってくれたらなびくかというと……それはないですね」
「……マネージャーは女性なんですか?」
「いえ、男性です」
そ、それならなびかないですよね?とツッコミたくなったが。
「もしマネージャーが若い女性で毎日手料理を作ってくれても、感謝の気持ちで終了です。マネージャーがそうするのは、僕が仕事に集中し、存分に能力を発揮するようにするためだと思うから。それなのにそこで恋愛感情を持ち込むのは、違うと思うので」
「な、なるほどです。……では、悠真くんのお隣さんが料理上手で、毎日のように手料理を詰めたタッパーを届けてくれたらどうですか? 美人の年上のお姉さん」
悠真くんは苦笑して私のおでこをツンとする。
な、何これ! ドラマで恋人同士がしそうなことをされていない!?
「鈴宮さんはヒドイですね。どうしても僕が、鈴宮さん以外の女性にも、食べ物で簡単になびくと言わせたいみたいです」
「そ、そんなわけでは……」
「胃袋を掴まれたのは事実ですけど、それだけではないですから。鈴宮さんを好きになった沢山の理由の一つに過ぎません。その一つに合致したからと言って、即なびくことなんてありません。それと美人……容姿に自信を持つ女性とは仕事で散々会っています。よほどの美人じゃないと、もう美人……とは思わないですよ」
それは舌が肥えているではないけど、目が肥えているのね、きっと。
「鈴宮さん、唯一無二って言葉、知っていますか?」
「はい。二つとない、ただ一つの、ってことですよね」
「そうです。僕にとっての唯一無二、それが鈴宮さん。料理が上手でしょう、見た目が似ているでしょ、って鈴宮さん以外の女性をすすめられても、それは鈴宮さんではない。ダメなんです。代わりにはなりません。って、鈴宮さん、大丈夫ですか!? え、鼻血!?」
もう、本当に恥ずかしい。
いい年して、年下ハイスペック男子の言葉に興奮し過ぎて、鼻血を出すなんて!
しかも今、鼻にティッシュを詰めた恥ずかしい姿をバッチリ見られている……。
「鈴宮さん、可愛いなぁ。僕の言葉だけで興奮しちゃったんですね」
「そ、それは言わないでください……」
クスリと笑った悠真くんは、ベッドで仰向けの私に顔を近づける。
思わず鼻からティシュが飛び出そうになり、慌てて手で押さえた。
「こんなに可愛い反応されると、いろいろ試したくなっちゃいます」
耳元で甘く囁かれ、悶絶しそうになる。
「鈴宮さんって、噛めば噛むほど味が出る……僕はそんな風に思えます。だから短期間で気持ちが冷めるとか、飽きるとかって、ないと思いますよ。それに僕って、気に入った物を長く愛用する性格です」
耳から顔を離してくれたものの、完全に顔を見下ろされた状態で、目を、目を開けられない。だってその両腕をベッドについて覗き込む体勢って、通常ではあり得ない姿勢だから……! 恋人同士ではないと見ることができない、仰向けで見上げる悠真くんの顔なんて、は、破壊力があり過ぎます!
「小学生の頃に買った爪切り、実家から持ってきて今も愛用していますから! もう15年の付き合いです」
そ、それは……すごい。でも、私と爪切りがイコール?
「鈴宮さんがおばあちゃんになったら、きっと可愛いだろうな。その頃は僕もおじいちゃんですからね。一緒に手をつないで、散歩しましょう。そうなるぐらいまでずっと。鈴宮さんと一緒にいたいです」
そう言った悠真くんはふわりと私を抱きしめる。
石鹸のいい香りを、ティシュを詰めていない右の鼻が感じ「ああ、素敵な香り」と胸が高鳴った。
そこでスマホのアラーム音が鳴る。
起き上がろうとする私を制し、悠真くんがスマホを手に取り「朝食、僕が適当に用意してもいいですか?」と尋ねたので「え、悠真くん、料理できるのですか?」と思わず聞くと。
「料理番組のロケがあると分かってから、一日一回は自炊を心掛けているんですよ」
「そうなのですね……! 偉い……!」
「そんなことないですよ。ではキッチン、かりますね」
「はい。ありがとうございます! 私も、もう少ししたら手伝います」
すると悠真くんは……。
う、嘘……!
おでこにキ、キスを、キスをされた……!
「おとなしくしていてください、鈴宮さん」
涼やかに微笑む悠真くんは……ザ・青山悠真! もうポスターにしたいぐらい尊い……!
結局、朝食は悠真くんが用意してくれた。
テーブルに並んだのはサンドイッチ!
チーズとハムのサンドイッチ、卵サンド、そしてヨーグルト、コーヒー。
「「いただきます!」」
ありがたく悠真くんの手料理をいただく。
チーズとハムのサンドイッチはチーズがとろけており、ハムとパンに絡み、美味しい! しかも卵サンドは、半熟の卵が絶妙な加減で絶品。つい最近、料理を始めたとはとても思えない。
さらに。
「あ、このヨーグルト、すごいなめらかで。それにこのほんのりの甘みは……」
「蜂蜜を加えて、よ―く混ぜたんですよ」
「蜂蜜……。それだけなのに、なんだかワンランクアップした感じがします。程よくリッチな気分」
私の言葉に、悠真くんが笑顔になった。
その笑顔で、さらに食事が美味しくなっている。
本当に夢みたいな朝食の時間だった。
「悠真くん、後片付けは私がしておきますから、ロケに向けて準備してください。シュガーちゃんも部屋でお腹すかせていますよね?」
「そうですね。自動の餌が出るマシーンがありますけど、僕がいる時は、ちゃんと僕が用意した餌を食べさせてあげたいと思っているので……。では後片付けはお願いしてもいいですか?」
「勿論です!」
後片付けはまかせてくれていいのに。悠真くんはテーブルに並ぶお皿をキッチンまでちゃんと運んでくれる。
やっぱり悠真くんは律儀で真面目だなぁ。
そんなことを思いながら、悠真くんが運んでくれた食器を水に浸していると。
もう不意打ち過ぎて、キュン死そうになる!
食器を流しに置いた悠真くんが、後ろから私を抱きしめ、髪に顔を埋めた。
「……鈴宮さん、また抱き枕になってくれます?」
「……! そ、それは……!」
「鈴宮さんを抱きしめると、ぐっすり眠れて、疲れもすっきり。それに安心感があって、気持ち良く眠りに入ることができるんですけど」
そんな大絶賛されては「無理です!」なんて言えない。「新しい抱き枕が届くまでなら……」と心臓をバクバクさせながら答えることになった。
「ありがとうございます、鈴宮さん! では僕、行きますね」
「は、はいっ……」
玄関で悠真くんを見送る。
これはもう何度もしていることなのだけど。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
悠真くんはスウェット姿。
スーツを着ているわけではない。
それでも気持ち的には、仕事へ向かう旦那様を見送る新婚気分だ。
なんとか笑顔で送り出したものの。
玄関の扉が閉まった瞬間。
まさに脱力。
腰が抜けた状態。
まさかあの青山悠真と一緒のベッドで眠るなんて!
しかもおでこにキスをされ、これでもかという程、私を好きな理由を囁かれた。
こんな時間を過ごし、好きにならないとか無理な話であり。
好きでもない相手と、こんな時間を過ごすことはないわけで。
間違いなく、私は悠真くんを好きであり、恋人も同然の時間を過ごしたと思う。
タイミングがなく伝えることはなかったが。
もう伝えよう。
私も好きであると。悠真くんの恋人になりたいと。
何より。
いろいろと思い悩んだが。
悠真くんはとても真剣であり、私がいいのだということも、長く一緒にいたいことも伝わって来たのだから。
しみじみと玄関で座りこんで、物思いに耽ってしまったが!
会社に行かないと! 着替えて準備しないと!
我に返り、慌てて立ち上がった。