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悠真くんとの素敵な朝食を終え、会社に出勤したものの。
午前中はもう、頬が緩みっぱなしで、どうにもならない。
「鈴宮」
「はい」
「……なんか涎が出ていないか?」「!!」
中村先輩の指摘に、慌ててティッシュで口を押える。
「この数字データ、営業さんからOKが出たから、需給システムに反映させておいてもらっていいか?」
「分かりました」
「それで、明日だろう、ボージョレ・ヌーヴォー。今日、昼、外で二人で食べるのでもいいか?」
そう言えばそうだった。「勿論です」と返事をすると、中村先輩は「じゃあ、それまで涎、我慢しておけよ」と笑う。中村先輩が部長の席へ向かうと、森山さんが私に尋ねる。「涎が出る程、顔がデレるって、一体何があったのですか!?」と。
悠真くんのことは話せない。そこで超絶悶絶できる猫動画を見つけたと返事をし、後でそのURLを共有するということで、なんとか誤魔化した。
ひとまず自身の頬を何度か叩いて、気合いを入れ、昼休みまでデレ顔を封印する。その後は敢えて細かい数字の入力が必要な業務を行うことで、頬が緩むのを回避した。
こうしてなんとか午前中をやり過ごし、中村先輩とランチへ向かうことにしたのだが。
「え、タクシーに乗るんですか!?」
明日の部署のボージョレ・ヌーヴォー飲み会の打ち合わせを兼ねたランチ。社員食堂ではなく、外でランチとは分かっていた。でもまさかタクシーで移動した場所でランチするとは……完全に想定外。
「ずっと行きたい店だったんだけど、値が張る店で。いきなり夜に行くにはハードルが高い。だからランチで下見をしたいと思っていた。でも会社からだと、歩いて行くには少し遠いんだよ。せっかくの料理を、かきこむようにして食べないといけない。だから思い切ってランチで予約して、タクシーで移動することにした」
かなり思い切りがいいと思う。それにランチのためにタクシーに乗るなんて、初めての経験。中村先輩も初めてだという。でもお店にはあっという間に到着し、そして席へ案内される。
ランチの時間なのに二人用の個室へ案内され、驚くことになる。
ビルの8階の店内の長い廊下を進んだ右手に、その個室があった。窓はなく、壁は黒! テーブルは落ち着いた黒に近い木目調で、それはもう夜の雰囲気。昼からムード満点で驚いてしまう。
しかも天ぷらのコース料理と言うのだから、ビックリ。
時間があまりないということを伝えていたので、3種類の前菜の盛り合わせ、お吸い物がすぐに登場。それをいただきながら、明日の飲み会の段取りなど最終確認を行った。そうしているうちに天ぷらが登場。車エビ、ノドグロ、キス、シイタケ、オクラ、大葉など揚げたてが順番に到着し、お塩でいただくと……。
「シンプルだが素材の味が引き立つな」
「はい。シイタケが超高級食材に思えてきます。肉厚でジューシーで激うまです!」
天ぷらに感動していると、いくら、カラスミ、キャビアなどがのった卵かけご飯が登場し、これにはもう驚愕。これだけ高級食材がのっかると、卵の価格高騰もあいまり、庶民の食べ物ではなくなっている!
その一流卵かけご飯を食べていると中村先輩が「そういえば、昨日の映画はどうだった?」と尋ねる。ラストが観客にゆだねられる形であり、私としては悲しい結末を想像してしまい、号泣だったことを話した。
「……じゃあ、鈴宮は映画館で大泣きだったのか」
「そ、そうですね。でもそういう女子、多かったと思います」
「へぇ……。それで、お友達も泣いたの?」
さすがに悠真くんは泣いていなかった。
自身が演じている作品だ。自分の演技はどうだったとか、多分、あの場にいた多くの観客とは違った観点で映画を観ていたと思う。
「友達は泣いていませんでしたね」
「……ふうーん。男子はあまり映画館でも泣かないからな」
「そうですね」
そこでデザートとコーヒーが到着した。この季節らしいマロンムースとホットコーヒーだ。
「鈴宮さ、映画は女友達と行ったんじゃなかったのか?」
店員さんがいなくなり、マロンムースを口に運ぶ中村先輩に、いきなりそんなことを指摘され、ドキッとする。
「そ、そーですよ、女子です」
すると中村先輩から、いきなりでこぴんをされた。
勿論、本気ではなく、軽くだけど。
「な、先輩、何ですか!?」
「だって鈴宮が嘘をつくから」
「えっ!?」
そこで中村先輩は指摘する。さっき「一緒に行った友達は泣いたのか」と聞いたら「泣いていない」と私は答えた。そして中村先輩は、「男子は映画館ではあまり泣かない」と言うと、「そうですね」と私は返事をしている。つまり、一緒に映画を観たのは男性であり、ラストでも泣かなかったのだろう……とバレたわけだ。
これは……非常に気まずい! だって嘘をついていたわけだから。
「そんなにへこむなよ。嘘をついた……ということは、バレたくなかったのだろう、相手の男性のことが」
「バレたくないというか、でも、まあ、そうですね……。いろいろツッコまれそうで」
「……彼氏、なのか?」
悠真くんが彼氏……!
そんな風に言われると、顔が緩みそうになり、慌ててコーヒーを口に運ぶ。
でも彼氏……って。ゆ、悠真くんが……!
ではなく!
まだ告白に対する返事をしていなかった。
でも「イエス」の返事をするつもりでいる。
だから……そう、悠真くんは私の……彼氏だ。
いや、まだ本人にすら「付き合いましょう!」と伝えていない。それなのに中村先輩に彼氏だと答えるのは早い気がする。
「そんな彼氏はまだいませんよ。……男友達です」
「……そうなんだ」
中村先輩はしばし考え込む。
な、なんだろう。
これまた嘘をついているってバレている……?
「鈴宮は……きっとモテるよな。男友達もそれなりにいるんだろう。……俺と違って新しい恋人……彼氏は、すぐにできそうだな」
「……! そ、そんな、男友達なんてほぼいませんよ! 元カレと別れてから干物女状態だったので。そ、それに彼氏ができるかどうか……それは……まだ、分かりません……」
中村先輩は無言でコーヒーを飲んでいる。
私はマロンムースを口に運ぶが、正直、この状況にドキドキしてしまい、味がよく分からない状態だ。
でも、なぜ中村先輩は私に彼氏ができるかどうかをそう、気にするのだろう……?
あ、そうか!
中村先輩は奥さんの浮気が原因で離婚して、女性不信になっている。そこで私と食事をして、女性への不信感を払しょくしていきたいと思っているんだ。それなのに私に早々に彼氏ができちゃうと、その機会がなくなってしまう。
そうか。
それを……心配しているのね?
あ、あと女友達と映画を観ると言っておきながら、実は男友達と観ていたというのは、嘘をついたわけだから……。そこも本当はよく思っていないのかもしれない。
不信感を払しょくしたいのに。
これでは逆効果よね。
女性は簡単に嘘をつく……って。
「鈴宮」「中村先輩」「お客様」
三人の人間の発言がこんなにバッチリかぶるなんてこと、あるのね。
これには、ビックリ。
中村先輩もそれは同じようで、目を丸くしている。
でもすぐに店員さんの声に「なんでしょうか」と応じた。
「間もなく12時45分になります。お会計はご予約時にカード決済で済まされていますので、このままいつでもお帰りいただいて大丈夫です」
「鈴宮、会社に戻ろう」「はいっ」
店員さんには、事前にこの時間に声をかけてもらうよう、中村先輩は頼んでいたようだ。そこはもう「さすが」だ。
すぐに鞄を持ち、コートを羽織り、店を出ると、通りでタクシーを拾った。ランチのお会計は済んでいるとのことで、自分の分を出すと言うと、例のリハビリの一環だから大丈夫だと受け取ってもらえない。チラリとビルを出る時に看板を見たら……うん、5000円だ。これをおごってもらうのは……恋人でもないのに、ホント、申し訳なく思ってしまう。
さらにさっき話が途中になってしまったように思えたが、タクシーの中で中村先輩は何事もなかったかのように仕事の話をしている。
もうそこは気にしないでいいのかな……?
そんなことを思っているうちに、会社へ戻って来ていた。