テラーノベル
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この世界には、名を持つ一族が存在する。
「名家」と呼ばれる、霊力を受け継ぐ家系たち。
炎蓮(えんれん)、草庵(そうあん)、水鏡(すいきょう)、雷迅(らいじん)――
それぞれが異なる霊力を司り、古くから人と妖の秩序を守ってきた。
だが、現代。
霊力と科学が交わるこの時代、人々はスマホで連絡を取り、
簪を揺らしながらパソコンを操作し、
古き伝統と新しき便利さの間で暮らしていた。
しかし、その裏で静かに、闇が息を吹き返していた。
夕暮れの桜門通り。
木造の建物に霊力街灯が灯り、浴衣姿の人々が行き交う。
時折、スマホの通知音が小さく響く。
その雑踏の中、炎蓮あきらは静かに歩いていた。
赤黒い霊力刀「紅蓮」を腰に携え、
警衛庁第五支部の制服に身を包んだ、若き警衛官。
彼は炎の霊力を継ぐ「炎蓮家」の嫡男。
誰よりも強い力を持ちながら、誰よりも優しくあろうとする青年だった。
「今日は平和だといいな……」
あきらはそう呟き、穏やかな夕焼けを見上げる。
だが、その平和は長くは続かなかった。
突然、腰の通信機から緊急音が鳴り響く。
『第五支部、応答願います!商業区・桜門通り付近にて妖怪が暴走!
民間人多数、急行を!』
「……やれやれ、休む暇もないか。」
あきらはため息をつき、
紅蓮の柄に手をかけ、現場へと駆け出した。
現場は地獄絵図だった。
屋台が倒れ、瓦礫の山が通りを埋める。
人々の悲鳴が飛び交い、炎の煙が空を覆う。
その中心で、巨大な青い鬼――蒼鬼 が鉄柱を振り回していた。
「俺たち妖怪を、ただの道具みてぇに扱いやがって!!
もう我慢できねぇんだよ、人間どもが!!」
怒りと悲しみに満ちた叫び。
それはただの暴力ではなかった。
あきらは静かに蒼鬼の前に立つ。
「蒼鬼、もうやめろ。
お前の気持ち、全部じゃないけど……少しは分かる。
けど、これ以上は許さない。」
蒼鬼は睨み返した。
「分かる?何がだよ。
名家の坊ちゃんが、俺たちの何を分かるってんだ!!」
その言葉に、あきらの胸が痛む。
確かに、名家の血を引く自分には、
弱き者の苦しみが全部分かるわけじゃない。
でも、それでも――止めたい。
「それでも、俺は止める。
誰も、これ以上、傷つけたくないんだ!」
紅蓮の刀身が赤く燃え上がる。
「――焔刃・紅蓮ノ型、炎穿(ほのおうがち)!」
轟音と共に炎の刃が放たれ、
蒼鬼の腕を焼き、鉄柱を叩き落とした。
煙の中、膝をつく蒼鬼。
だが、あきらはとどめを刺さず、静かに刀を収める。
「罪は、償え。でも……
命までは奪わない。」
蒼鬼は悔しげに睨みつけながらも、
その目の奥で、ほんのわずかに迷いの色を浮かべていた。
事件が収束し、
静まり返った夜の街。
あきらは1人、夜空を見上げる。
――このままじゃいけない。
妖怪も人間も、どちらかが犠牲になる世界なんて、俺は作らない。
しかし、彼の知らぬ場所で、既に災いは目覚めていた。
人の気配など無い、北の山奥。
古びた封印が焼け落ち、洞窟の奥から紅い瞳がゆっくりと開く。
「……妾(わらわ)を封じたつもりか。
愚かな……人間どもよ。」
そこに立っていたのは、
紅い髪、鋭い双角、艶やかな着物をまとった一人の女鬼――
酒呑童子 だった。
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