テラーノベル
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待ち合わせは、土曜日の午後三時。
場所は、駅前の小さなバス停だった。
八年前、仁人がこの町を離れた日。勇斗が最後まで見送った、あのバス停。
偶然なのか、勇斗が選んだのか。
仁人にはわからなかった。
ただ、約束の時間より二十分も早く着いてしまったことだけは、自分でも少し恥ずかしかった。
💛「……早すぎたかな」
スマホの画面を見つめる。
最後に勇斗と会ったのは、数日前。
あのとき、勇斗は何かを決めようとしていた。
その答えを聞くのが怖い。
でも、聞きたかった。
仁人はポケットの中の青いガラスのキーホルダーを指でなぞった。
八年間、ずっと持ち歩いてきたもの。
もう傷だらけで、金具も少し錆びている。
それでも、捨てられなかった。
🩷「仁人」
聞き慣れた声がした。
顔を上げる。
勇斗が、少し離れたところに立っていた。
白いシャツに、薄いグレーのカーディガン。
高校生の頃より大人びているのに、笑うとあの頃のまま。
💛「……勇斗」
🩷「待った?」
💛「いや、今来たとこ」
嘘だった。
でも、勇斗は何も言わず、少しだけ笑った。
🩷「歩こうか」
💛「うん」
二人は並んで歩き出した。
最初は、何を話せばいいのかわからなかった。
駅前の商店街を抜けて、昔よく通った坂道を下る。
小さな駄菓子屋は、もう閉まっていた。
古い自動販売機も、いつの間にか新しいものに変わっている。
それでも、道の曲がり角や、家の軒先に咲く花は、どこか懐かしかった。
💛「ここ、まだあったんだ」
仁人が立ち止まったのは、二人が高校生の頃によく寄った小さな公園だった。
🩷「懐かしいな」
💛「勇斗、ここでよく寝てたよね」
🩷「寝てない」
💛「いや、寝てたって」
🩷「仁人が話長いからだろ」
💛「ひど!」
二人で笑う。
その笑い声が、思いのほか自然で。
仁人は少しだけ、胸が苦しくなった。
八年も離れていたのに。
こうして隣を歩くと、あの頃の距離に戻ってしまう。
でも、今はもう高校生じゃない。
同じ未来を夢見て、何も知らずに笑っていられる年齢ではなかった。
海に着いた頃には、太陽が少し傾いていた。
波打ち際には、細かな泡が寄せては返している。
勇斗は、昔と同じ場所に腰を下ろした。
仁人も隣に座る。
🩷「……婚約、正式に終わりにした」
勇斗が言った。
仁人は、すぐには返事をしなかった。
💛「、そっか」
🩷「うん」
💛「……大丈夫?」
その問いに、勇斗は少し考えた。
🩷「…大丈夫、ではないかな」
仁人は勇斗の横顔を見た。
🩷「でも、自分で決めたことだから」
💛「うん」
🩷「彼女には、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。俺のことを信じてくれてたし、一緒に過ごした時間も大切だった」
勇斗は、砂浜に落ちていた小さな貝殻を拾った。
🩷「だから、仁人のところに戻りたいから別れた、っていうのは違うんだと思う」
仁人は、黙って聞いていた。
🩷「このまま結婚するのは、彼女にも、自分にも嘘をつくことになる。それだけはしたくなかった」
💛「……勇斗らしいね」
🩷「そうかな」
💛「うん。昔から、肝心なところではちゃんと考える人だった」
勇斗は少し笑った。
🩷「肝心なところで、何も言えなかったけどね」
その言葉に、仁人は目を伏せた。
高校時代。
あの夏。
駅でキスをしたあと、二人は何も言わなかった。
好きだった。
本当は、ずっと好きだった。
けれど、別れが近づくほど、言葉にすることが怖くなった。
💛「……俺も、言えなかったよ」
仁人が呟く。
💛「勇斗が好きだったって。あのとき、ちゃんと言えばよかった」
🩷「俺も」
勇斗は、ゆっくりと仁人の方を向いた。
🩷「言えばよかった」
二人の視線が重なる。
風が吹いて、仁人の前髪が揺れた。
勇斗は、その髪に触れそうになって、手を止めた。
まだ、触れていいのかわからなかった。
🩷「仁人」
💛「ん?」
🩷「俺は、もう一度お前と向き合いたい」
仁人の心臓が、大きく跳ねた。
💛「……それって」
🩷「今すぐ付き合ってほしい、って言いたいわけじゃない」
勇斗は、まっすぐに仁人を見た。
🩷「俺は、ちゃんと自分の人生を整理しなきゃいけないし、お前にもお前の生活がある。だから、焦らせたくない」
仁人は唇を噛んだ。
嬉しい。
でも、怖い。
また、あの夏みたいに、何も言えないまま離れてしまうんじゃないか。
💛「……俺、もう待つだけは嫌だよ」
勇斗は頷いた。
🩷「うん」
💛「勇斗のことが好きだからって、自分のやりたいことを諦めたり、ずっとここにいるって決めたりはしたくない」
🩷「それでいい」
💛「でも……」
仁人は、膝の上で両手を握った。
💛「それでも、勇斗の隣にいたいって思ってる」
勇斗の表情が、ほんの少しだけ崩れた。
🩷「……うん」
💛「だから、今度はちゃんと話そう。お互いに嬉しいことも、怖いことも、全部」
勇斗は、何度も頷いた。
🩷「約束する」
その声は、少し震えていた。
仁人は、ポケットから青いガラスのキーホルダーを取り出した。
夕日を受けて、青い光が小さく揺れる。
💛「これ、まだ持ってる」
勇斗は、目を見開いた。
🩷「……ずっと?」
💛「うん。ずっと」
🩷「そっか」
勇斗は、笑おうとした。
けれど、目元が少し赤くなっていた。
🩷「俺、これを渡したとき、もう二度と会えないと思ってた」
💛「俺も」
🩷「なのに、また会えた」
💛「うん」
仁人はキーホルダーを握りしめた。
💛「だから、今度はちゃんと、始めたい」
その言葉を聞いて、勇斗はゆっくりと手を伸ばした。
仁人の手に、自分の手を重ねる。
🩷「……手、繋いでもいい?」
仁人は、少し驚いてから笑った。
あの頃に戻ったみたいだ。
💛「今さら聞く?」
🩷「今さらだから、聞くんだよ」
仁人は、勇斗の手を握り返した。
八年前より少し大きくなった手。
でも、温度は変わらなかった。
二人は、しばらく何も話さず、夕暮れの海を眺めていた。
帰り道。
駅に向かう坂道で、仁人のスマホが鳴った。
仕事の連絡だった。
確認して返信していると、勇斗が隣から覗き込む。
🩷「仕事?」
💛「うん。デザイン案、通ったって」
🩷「本当?」
💛「うん。次の打ち合わせも、この町でやることになった」
勇斗は、嬉しそうに笑った。
🩷「よかったじゃん」
💛「まだまだこれからだけどね」
🩷「でも、仁人が作ったものが、この町に残るんだろ」
💛「……そうだね」
仁人は、町の景色を見渡した。
昔は、何もない田舎だと思っていた。
早く都会に帰りたい。
ここには自分の居場所なんてない。
そう思っていた。
けれど今は、違う。
ここには、忘れられない夏がある。
そして、もう一度会いたいと思った人がいる。
💛「俺、この町に来てよかったのかも」
ぽつりと呟く。
勇斗は、少しだけ目を細めた。
🩷「……俺も」
その言葉に、仁人は勇斗を見た。
💛「勇斗も?」
🩷「仁人に会えたから」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
仁人は、思わず視線を逸らした。
💛「……そういうの、ずるい」
🩷「何が?」
💛「急に言うから」
勇斗は笑った。
その笑顔が、夕焼けの中で少し眩しかった。
駅に着くと、仁人が乗る電車の時間が近づいていた。
💛「じゃあ、また」
仁人が言う。
🩷「うん。また」
手は、まだ繋がれたままだった。
離すタイミングを、二人とも見失っていた。
やがて、仁人が小さく笑う。
💛「……勇斗」
🩷「ん?」
💛「また、会ってくれる?」
勇斗は、迷わず答えた。
🩷「会いたい」
仁人は、少しだけ俯いた。
💛「……俺も」
電車の到着を知らせるアナウンスが響く。
仁人は一歩、ホームへ向かう。
その背中に、勇斗の声が届いた。
🩷「仁人」
振り返る。
勇斗は、少し緊張した顔で立っていた。
🩷「次に会うときは、俺からちゃんと好きだって言う」
仁人は目を見開いた。
そして、ゆっくり笑った。
💛「……うん。待ってる」
今度は、ただ待つだけじゃない。
自分の人生を歩きながら、勇斗と向き合う。
その約束を胸に、仁人は電車に乗り込んだ。
窓越しに見える勇斗が、小さく手を振る。
仁人も手を振り返した。
電車が動き出す。
町の景色が、少しずつ遠ざかっていく。
けれど、今度は違った。
八年前のように、何も言えないまま離れていくわけじゃない。
二人には、まだ続きがある。
俺は抑えきれずに遠ざかっていく電車に向かって叫んだ。
🩷仁人!!!俺大好きだから!!!
💛ふ、っ
あの夏の続きが始まろうとしていた。
💛うーん、…
街のデザイン案が決定し、街を散策していると俺はちゃんと道に迷った。
💛絶対こっちなんだけどな…
隣を自転車が通り過ぎる。
🩷…、
💛…え、
🩷もしかして、道に迷ってる?
💛見られてた?
🩷うん(笑)
💛…〇〇商店街ってとこなんだけど
🩷じゃあ、逆方向、
💛…ふ、
🩷…ぶっ、
お互いに顔を見合わせて笑った。
🩷じゃあ、一緒行こうか
💛うん、
勇斗は手を差し出した。
その横顔は少し赤くて。
俺はしっかりと手を絡めた。
fin
コメント
3件
へ??終わった??やばい一瞬すぎた
第31話、読ませていただきました。待ち合わせが8年前のバス停なのがもう切なくて…。二人ともずっとキーホルダーを手放せなかったエピソードにじんときました。「今さら聞く?」「今さらだから聞くんだよ」の掛け合いが本当にこの二人らしくて、あたたかい気持ちになりました。最後の道に迷って再会するところ、思わず笑顔になっちゃいましたね。続きをゆっくり楽しみたいと思います🌷
えろたろう
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80
#山中柔太朗
Freesia
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#ysdjnt
apricot
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