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ー中層第二十四階層ー
「ねえ、思ったんだけどさ。よく何時までが『おはよう』で、何時からが『こんにちは』かみたいな論争が起こるじゃない?」
深層まであと一歩のところまで、確実に進んでいる【疾風の英雄】。
その一員のリーリエが言う。
「でもダンジョンじゃ時間なんてわからないから、目が覚めてから初めて会った人には『おはよう』を使うよね」
「それがどーしたんだ?」
ローブを纏う長髪イケメン。ヘリオスが尋ねる。
「凄く大事なことだと思うんだ。初対面の印象って」
「ああ、その事か」
「じゃあ、言ってやったらどうだ? 『おはよう』って」
赤いマントをした、リーダーのヘルトが言う。
「えー、私はイヤだよ。なんか面倒そーだし」
「……じゃあ。私が、言ってこようか?」
「えー、いいの! お願いっ!」
目に包帯を巻いた斧使い、ソリッドがそう言うと、リーリエは嬉しそうにした。
ソリッドは先程まで歩いて来た道を少し引き返し、集団から外れる。
そして、そこで頭を下げた。
「……おはようございます」
すると岩影から人が現れる。
「なんだよ……バレてんじゃん」
「もー、だから言っただろー」
出てきたのは二人。緑髪の男と、子供っぽい女。
どちらも、仮面をしていて素顔が見えない。
「貴様ら、何者だ!」
ヘルトが大きな声で牽制した。
「これはこれは、巷で有名な【疾風の英雄】のヘルトさんでは無いですかー。いやー、偶然ですね。まさか、こんな場所でお会いできるとは」
男は能天気にそう答える。
ヘリオスが出を出しそうになるが、リーリエはそれを宥めた。
明らかな挑発。
ここまで二人で潜れるという時点で、かなりの実力者である事は確定している。
追尾が下手だったため、そこまでの敵かと考えていたがもしやすると、あれはこちらを油断させるための罠だったのかもしれない。
「おやおやおや? 攻めて来ないのですか? まあ、そうですよね。あなた方は、こんな挑発に乗るようなタイプでは無い。
ですが、一つ忠告させていただきますと、こちらはそんな事わかりきっていました。後ろに、ご注意を」
瞬間、ヘルトらは今まで感じてきた事も無いような、異常なまでの威圧を背後から感じ取った。
そこにいるのは、膨大な魔力を持った存在。
それが故に、常識を越えているが故に、探知ができなかった。
「ごめんね。君たちは僕らと、背後のソレ。どちらを相手にするか選ばなくてはならない。いつかはしっかり、正面からやりたいね」
「ソリッド。お前はこの事をギルドへ伝えに行け……。ここは俺らが食い止める!」
「……了解」
ヘルトの指示を信じ、ソリッドは背後の敵を背に走る。それを仮面の二人は止めようとはしなかった。
風と共にソリッドが消えたその時、同時に背後の威圧感も消えていた。
ヘルトら一同はまさかと思い、ソリッドを追う。
「悪いね。ここは通されられない」
仮面の女がそれを阻止するように、間に入ってきた。
「貴様、どけ!」
「はい、チェックメイト」
ヘリオスは怒りに呑まれた内に、気づけば仮面の男に頭を触られていた。
しかし、触るだけで危害は一切加えてはいない。
それだというのに、ヘリオスが抵抗するような様子は無い。彼は静止したまま動かなかった。
「残念だったね。君たちは既に詰んでいるんだよ。何かすれば、俺がヘリオスを殺す。わかったね? もう、そこから動くなよ」
完全な窮地。だが、焦りを覚えたのは仮面の二人の方だった。
開けてはいけない棺を壊してしまったような。目覚めさせてはいけない、何かを起こしてしまったような。そんな奇妙な感覚があった。
「その手離せよ、三下あぁ!」
リーリエの殺気に負け、男は思わず手を離す。 いや、彼は別に手を離したかった訳ではない。
むしろ、離れたのは彼の肉体自体がだ。
男の身体は強力な見えない力によって、壁に向かって押し込まれた。
その勢いと威力で、ヒビまで入りかけている。崩れた岩屑がボロボロと落ちる。
そんな男にリーリエは言い捨てた。
「てめえが動くな 」
だが、男には案外効いていないようで、変わらず能天気に言う。
「へー、やるじゃん。三下あぁ!」
***
ー地上ー
大きな扉を潜ると、美しい光景が広がっていた。
大理石の長椅子がズラっといくつも並べられている。天井は硝子張りで日の光が、この空間の奥にある女神像を照らしている。
ここは【北の街】の協会。
実は【謳う母】戦の時もそうだったのだが、ここにいる世界一優秀な回復術士がサーシスらを治療中だ。
フェリエラは適当な所に座り、皆の無事を祈った。
フェリエラは神を信じない質であるが、そんな事は関係無く、ただ祈った。
彼女らを救える者がいるのであれば、運命が生かしてくれるのであれば、出来ることはしておきたい。そういう性格だからだ。
目を瞑ってる彼の肩を、誰かがトントンと優しく叩いた。
「フェリエラ。……心配掛けてごめん」
「サーシス……!」
いつの間にか彼女は、彼の横に座っていた。
フェリエラはその喜びを噛みしめながらも、彼女に聞いた。
「なんで、逃げなかった……」
「だって……」
彼女は目を合わせようとしない。
「だってじゃないんだ! ……死ぬところだったんだぞ」
怒りっぽい言葉ではあるが、そこには確かに哀しみと優しさが乗っていた。
「……ごめん」
サーシスはそれだけ言った。
二人の間を静寂が流れる。ただ天からの光が、彼らを照らすだけ。
少しして、彼女は沈黙を破るように、静かに語り出した。
「あの時のさ、話の続きをしても良いかな?」
『あの時』と言われ、最後に彼女と話た時の事を思い出す。
そうだ。渦が現れる前、岩に腰を掛けながら話していた。
「フェリエラはどうして、ダンジョンに潜るの?」
それは、とてもシンプルで難しい質問だった。
冒険者は皆、ダンジョンに夢を持つ。ただしフェリエラは違う。
彼の中の夢はもう、十年前に崩れ去ってしまった。
「俺はー」
フェリエラの脳内を駆け巡ったのは、仲間との記憶だった。
ヘルトが先頭に立ち、その横にはヘリオス。後ろにはリーリエがいて、横ではソリッドが大人しくはあるけれどクスクスと笑っている。
始まりは【西の街】にある孤児院。
父を殺した後、人生を諦めかけていた彼に手を差し伸べてくれたのはソリッドだった。
そのまま彼女は彼の腕を引っ張り、自身が暮らしている孤児院まで連れてきた。
そこで彼らは偶然にも集い、将来【疾風の英雄】と呼ばれるまでに成長する冒険者パーティーが生まれた。
そうだ。始まりはただのガキの集まりだったんだ。
『俺は絶対にダンジョンを制覇する!』
ヘルトは口癖のように、いつもそう言っていた。
まあ、それが原因で孤児院内の子供からは、嫌われ気味ではあったんだけども。
それでも、フェリエラにはそれが、その夢の輝きが、ダイヤの宝石よりも美しいものに見えた。
フェリエラがその栄光の日々を思い浮かべるほど、それと同時にそこから自分が追放されたのだという事実が彼を苦しめた。
あれから時は経過したし、信頼関係は築けていなくとも新たな仲間だってできた。
が、まだ心のどこかで【疾風の英雄】を求めてしまっている。
この瞬間、フェリエラは気づいた。
俺はソリッドやヘルト、アイツらに憧れを抱いていたんだ。俺にだって夢はあったんだ。
フェリエラの頭を巡っている記憶。その一つの欠片が今、急に光を帯び始めた。
【謳う母】討伐直後。彼は既に自分が追放されるのだという予想をしていた。
何故なら、自分だけが明らかに能力不足だったからだ。
それでも、きっと彼らは優しく、俺の成長に寄り添ってくれるはずだと信じていたかった。
そんな想い虚しく、ヘルトに言われた言葉は
『【無能】はもう、このパーティーにはいらない』
俺が助けを求めても、誰も目を合わせようとしてくれない。
あの時と同じだった。血塗れの服で歩く俺を、誰も見ようともしなかった。
俺の中の最後の希望。ソリッド。
彼女は俺に、背を向けたまま言った。
『……そんなに、嫌いじゃなかったよ。……じゃあ、またね』
この時の俺は、ただその言葉に絶望した。
でも、ソリッドは言った。『またね』と。次があるのではないか。
彼らと過ごした十年。そこでの絆は嘘だったのか。
俺は嘘だと信じたくなかった。
そう。それがきっと正解なんだ。
あの日々は本物だった。俺らの絆は本物だった。
「サーシス……」
フェリエラの瞳は再び光を取り戻し、その目はある一点をただ見つめている。
「俺は【疾風の英雄】を超える。俺が人類初のダンジョン制覇者になる……。俺は強くなりたい」
それはとても重たい言葉だ。
理想とも夢とも違うそれは、宣言であった。
「俺もさ、強くなりてえ」
そう言って、歩いてきたのはカイネ。後ろにはフォルテとフィーネもいる。
「フェリエラ、悪い。俺は正直、あんたの事を嫌っていた。全然話さない愛想の無い奴だと思っていたよ。
でもまあ、今のアンタは最高にカッコいいぜ」
「……いや、俺も正直嫌ってた」
フェリエラが、結構申し訳なさそうに答える。
それでも、カイネはそれを当然の事のように受け止めた。
「【謳う母】といい、今回の謎のモンスターと言い、規格外の化 け物と殺り合ってわかったよ。俺は弱い。
そもそも俺は、なんかノリで冒険者始めたら、【連撃のカイネ】なんて呼ばれちゃって調子に乗っちゃってで。チヤホヤされるためにダンジョンに潜ってた。
でも、そうじゃ無かったよな。俺は強くなるぞフェリエラ。お前よりもな!」
二人のエネルギーに当てられたフォルテとフィーネも語りだす。
「いやあ、若いって良いですね。ね? フォルテ?」
「ははっ。そうだな。俺らも昔はダンジョンを制覇してやる! なんて意気込んで冒険者になったな。
自分で言うのもあれだが、俺らは優秀でな? 一年目で上層は制覇した。
でも、初の中層で【謳う母】に遭遇して、仲間の一人が死んだ。ソイツは俺らのリーダーだった」
「辛かったです。そこで立ち上がって進めれば良かったんですが、私たちは今までずっと歩けずにいました。
それでも……。私は、また一から始めたいです。夢を追いかけたい!」
「俺らも、フェリエラ。アンタの夢へ乗せて行ってくれ!」
フェリエラは気づけば涙を流していた。
俺に憧れを超えられるのか。それはわからない。
それでも、一緒に進んでくれる仲間はいる。
「ああ。こちらこそ、よろしくたのむ。リーダーもよろしくな」
「……え! まだ私がリーダーなんですか!?」
サーシスは驚きのあまりか、若干裏返った声でそう言う。
彼女が仲間の顔を見ると、皆んな当然の事だと頷いてくる。
サーシスは嬉しそうに溜息をついた。
「私たちでダンジョンを制覇しましょう!」
その声は教会全体へ、よく響いた。