古い洋館の窓から漏れる光は、いつも薄暗くて冷たかった。そこは、私と真白が暮らす小さな世界。彼女は私の姉のような存在で、私の保護者で、私の全てだった。真白がいなければ、私はこの世に存在する理由すら見つけられない。真白は美しい人だった。長い白髪が硝子のように透き通り、瞳は深い紫色で、私を見つめるたびに心が震えた。彼女は両親を亡くした私を引き取り、この洋館で二人だけの生活を始めた。
「瑠璃、私がそばにいるよ。ずっとね。」
彼女の声は柔らかくて、私を包み込むようだった。私はその言葉を信じて、真白の影に寄り添った。
洋館には庭があり、薔薇が咲き乱れていた。真白が好きだと言ったから、私もその花を愛した。毎朝、私たちは一緒に庭に出て、棘に気をつけながら花を摘んだ。真白の手が私の髪に薔薇を挿すたび、私は彼女の温もりに溺れた。
「瑠璃、薔薇みたいに綺麗だね。」
彼女が笑うと、私の世界は色づいた。
でも、真白の瞳が外の世界を向く瞬間があった。洋館の門の向こうを眺め、遠くを見つめる彼女の横顔が、私を不安にさせた。彼女の紫の瞳に一瞬の寂しさが宿った気がした。でもすぐに私を見て、いつもの優しい笑顔に戻った。ある日、真白が手紙を書いているのを見つけた。封筒には知らない名前。私の知らない誰かに、真白の心が触れている証拠だった。
「真白…?その手紙、誰に出すの?」
私は震える声で訊いた。真白は少し驚いた顔をして、手紙を隠すように折り畳んだ。
「ただの知り合いだよ、瑠璃。気にしないで。」
真白の指が封筒を撫でるたび、私の胸に冷たい棘が刺さった。彼女の心が私から離れる瞬間を想像するだけで、息が詰まった。
真白は私の全てなのに、私以外に心を開くなんて許せなかった。
次の夜、その手紙は燃やされた。真白が眠る間に、私は庭の薔薇の中で火を点けた。火が紙を舐めた。灰が舞った。私は決めた。真白は私のものだ。誰にも渡さない。真白を私だけのものにするために、どんな手段だって使うと。翌日、門の外に立っていた配達員が消えた。彼が持っていた荷物は、真白宛だった。私はそれを庭の土に埋め、真白には何も言わなかった。
「瑠璃、最近静かだね。外の音がしないよ。」
真白が不思議そうに言う。私は彼女の手を握って、笑った。
「私たちだけでいいよね、真白。外なんて必要ないよ。」
彼女は少し戸惑った顔をしたけど、私の腕に寄り添ってくれた。
それから、私は洋館を閉ざした。窓に板を打ち付け、門に鎖をかけた。真白が外を向くたび、私は彼女を引き戻した。彼女の瞳に影が差しても、私には関係なかった。真白が私を見てくれれば、それでいい。
「瑠璃、私、ちょっと怖いよ…」
ある夜、真白が小さな声で言った。私は彼女を抱きしめて、耳元で囁いた。
「怖がらないで。私がいるよ。ずっと一緒にいるから。」
真白の笑顔が減っていくのを感じていた。でも、私にはもう引き返せなかった。彼女を失うくらいなら、この手で全てを終わらせたほうがいい。薔薇の庭で、私は真白に全てを話した。
「真白、私真白を誰とも共有したくない。真白が外を見るたび、私の心が壊れそうだった。」
彼女の瞳が揺れた。でも、逃げようとはしなかった。
「瑠璃…私も、瑠璃がいないと生きられないよ。」
その言葉が、私の最後の決意になった。
月が庭を照らす夜、私は真白を薔薇の茂みに連れ出した。手に持った硝子の小瓶には、二人を永遠に繋ぐ薬。真白は私の手を握り、静かに目を閉じた。
「瑠璃と一緒なら、どこだって行けるよ。」
私は彼女の額にキスをして、薬を口に含ませた。彼女の息が弱まり、薔薇の棘に寄り添うように倒れる。私は同じ小瓶を手に持つ。血のように赤い薔薇が、私たちの周りを囲んだ。
最後に見たのは、真白の静かな寝顔だった。硝子の破片が月光に輝き、薔薇の香りが私たちを包む。私たちの愛は、誰にも触れられない。この洋館で、私たちは永遠に一つになった。
コメント
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今回の作品も最高でした✨ 洋風?な感じも好きですー!!