テラーノベル
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新一「お前ら、いい加減にしろ!」
月光を浴びて窓枠に立つキッドと、それを鬼の形相で追いかける快斗。
その中心で抱えられた新一の怒声が、ようやく二人の動きを止めた。
キッド「名探偵。そんなに大声を出しては喉を痛めますよ」
快斗「そうだぞ新一! って、オメーが元凶だろうが!」
キッド「俺はただ、愛しの名探偵と二人きりの時間を過ごしたいだけだというのに…」
しれっと言うキッドの腕から、新一はもがいて抜け出した。
どさっと床に着地し、二人の『黒羽快斗』を交互に睨みつける。
新一「とにかく! 状況を整理するぞ! なぜお前たちは二人いるんだ!」
快斗「俺が聞きてーよ! さっき博物館から獲物を盗んだと思ったら、急に目の前にもう一人の自分が現れて…」
快斗「気づいたら体が分離してたんだ!」
快斗は頭をガシガシと掻きながら、当時の混乱を思い出すように顔をしかめる。
キッド「ああ、あれは実に不思議な体験だったな。まるで魂が二つに分かれるような…」
快斗「んで、俺は無性に名探偵に会いたくなっていた。体が勝手にここまで飛んできた、」
新一「体が勝手に…って、そんなバカな話があるか!」
キッド「あるんですよ、これが。原因はおそらく、今日盗んだ宝石でしょうね」
そう言って、キッドはポケットから手のひらサイズの宝石を取り出した。
それは、二つの雫が寄り添ったような形をした、妖しい紫色の輝きを放つ宝石だった。
新一「その宝石は…?」
キッド「『パンドラの双眸』。伝説によれば、持ち主の最も強い二つの側面を具現化させる力があるとか」
快斗「二つの側面…?」
キッドはニヤリと笑い、快斗と新一に言い放った。
キッド「つまり、こういうことじゃないか? 『怪盗キッドとして、正体を気にせず自由に名探偵を口説き落としたい自分』と、『黒羽快斗として、友人として隣に立ち続けたい自分』。その二つが、俺という人間の中で最も強く拮抗していた、と」
新一「なっ…!」
キッドのあまりにもストレートな解説に、新一は顔をカッと赤らめた。
新一「く、口説き落とす!?ふざけたこと言ってんじゃねーぞ!」
快斗「そ、そうだそうだ! 俺は別に、新一のことなんか…! その、ッなんだ…!///」
快斗もまた、自分の本心を目の前のキッドに代弁されたようなもので、顔を真っ赤にして狼狽えている。
その様子を見て、キッドは楽しそうにクツクツと笑った。
キッド「照れているのか? 可愛いじゃねーか。素顔の俺も、そして名探偵も」
快斗「誰が可愛いだっつーの! このキザ野郎!」
新一「お前も大概だからな…?」
快斗の言葉に、新一はすかさずツッコミを入れる。
二人に振り回されっぱなしで、もはや頭痛がしてきた。
新一「はぁ…。それで、元に戻る方法は分かるのか?」
一番重要な質問を投げかけると、キッドは「さあ?」と首を傾げた。
キッド「伝説にはそこまで書かれていなかったな。ただ、宝石の魔力は月光の下で最も強くなるらしい。つまり、今夜が力のピークだ」
快斗「ってことは、朝になれば元に戻るのか?」
キッド「かもしれないし、次の満月までこのままかもしれない」
新一,快斗「「はぁ!?」」
二人の声が綺麗にハモった。
次の満月まで、一ヶ月近くある。
新一「冗談じゃない! 一ヶ月もこんな状態だっていうのか!?」
キッド「まあ、俺は一向に構わないが? この姿で、心置きなく名探偵を愛でられるのなら、むしろ好都合だ」
そう言って、キッドは再び新一の肩に手を置いた。
快斗「てめぇ! 新一に触るなっつってんだろ!」
快斗がキッドの手を乱暴に払い除ける。
新一「お前もだ! なんでそんなに俺にこだわるんだ!」
快斗「そ、それは…! 友達だろ! 友達が変なヤツに絡まれてたら助けるのは当然だ!」
キッド「ふぅん? 友達、ねぇ…。さっき『新一はオレのもんだ』と叫んでいたのは、どこの誰だったかな?」
快斗「うぐっ…!」
キッドの的確な指摘に、快斗は言葉に詰まる。
耳まで真っ赤になっているのが、新一からもよく見えた。
新一(こいつら、本当に同一人物か…?)
自分の欲望に忠実で、羞恥心などどこかに置いてきたような怪盗。
本音を隠そうとして、すぐに墓穴を掘る不器用な高校生。
あまりの違いに、新一は眩暈を覚える。
新一「…とにかく! 今日はもう遅い。元に戻る方法が分かるまで、お前たちは二人ともここにいろ」
キッド「泊めてくれるのか?嬉しいな。もちろん、名探偵と同じベッドだよね?」
快斗「ふざけんな! 新一の隣で寝るのは俺だ!」
新一「誰も隣で寝るなんて言ってねぇだろ!」
いつの間にか、寝床の権利争いに発展している。
新一はこめかみをピクピクさせながら、ソファを指差した。
新一「お前らは二人仲良くソファで寝ろ! いいな!」
キッド「えぇー、つれないなぁ」
快斗「ヤダ! 俺は新一の部屋の床でいいから!」
キッド「ずるいぞ、快斗! なら俺はベッドの下で!」
快斗「ベッドの下!? いや、それなら俺がクローゼットに!」
新一「お前ら虫か何かか? いいから二人でソファを使え」
ぎゃあぎゃあと騒ぐキッドと快斗。
新一はもう限界だった。
新一「あーもううるさい! 勝手にしろ!」
そう叫んで、新一は書斎から出て行ってしまった。
残されたのは、二人の『黒羽快斗』。
キッド「…行っちゃったな」
快斗「オメーのせいだろ!」
キッド「お前のせいでもあると思うが? ま、いいさ。夜はまだ長い。今夜、どちらが名探偵のハートを射止めるか…勝負と行こうじゃないか、もう一人の俺」
不敵に笑うキッドに、快斗は闘志を燃やす。
快斗「望むところだ! 絶対に、オメーなんかに新一は渡さねぇ!」
こうして、工藤邸を舞台にした、世にも奇妙な新一争奪戦の幕が切って落とされた。
一番の被害者である新一は、自室のベッドで大きな溜息をついていた。
新一(なんで俺の家が、あいつらの決闘場所になってんだよ…!)
静かな夜は、まだ当分訪れそうになかった。
2話おわりー
やっぱ取り合いっていいねー…︎︎︎︎❤︎
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