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受け取った言葉
今日は、
お店が忙しかった。
ようやく取れた休憩時間。
気づけば、
夕方を越えて夜になっている。
今日は夜までの勤務。
夫には伝えてある。
子供のことも、
任せてきた。
バックヤードの椅子に腰を下ろし、
スマートフォンを開く。
画面が光った瞬間、
胸が、
少しだけ早く動いた。
名前を見る。
――大和。
指が、
一瞬止まる。
私の休憩のタイミングで。
なんて、
出来すぎたタイミングだろう。
心が、
小さく跳ねる。
深く一度、息を吸い、
それから、
ゆっくりと画面を開いた。
文章は、
丁寧だった。
続けて返事をくれたことへの礼。
仕事の説明。
そして、
返事が遅くなったことへの詫び。
自動車部品工場。
製造業。
工場作業員。
一瞬、
頭の中で描いていた姿が、
静かに崩れる。
オフィス。
パソコン。
整ったデスク。
そうじゃなかった。
油の匂い。
機械の音。
傷のついた手。
想像は、
勝手に別の場所へ流れていく。
それなのに。
がっかりは、
しなかった。
むしろ、
少しだけ、
近くなった気がした。
知らなかった部分を、
知れたから。
言葉は、
やっぱり綺麗だった。
飾りすぎず、
馴れ馴れしくもない。
丁寧で、
距離を測っている。
それが、
逆に気になる。
私に、
あまり興味がないのだろうか。
そう思った瞬間、
胸の奥が、
小さくざわつく。
画面の下に、
入力欄。
「私は美容部員です」と、
書いてしまっていいのか。
仕事の話を広げるのは、
踏み込みすぎだろうか。
さっき自分が送った、
二通のメッセージを思い出す。
距離感。
それが、
頭から離れない。
少し考えて、
別の話題を選ぶ。
当たり障りのない、
でも、
確かに相手に触れる話。
――お仕事、お疲れ様です。
お子さま、いらっしゃるんですね。
送信。
画面が切り替わる。
その瞬間、
胸の奥が、
ふっと緩んだ。
会話になっている。
ちゃんと、
言葉が行き来している。
それだけのことなのに、
思った以上に、
嬉しかった。
誰かと、
続いている。
その感覚。
「自分の為に生きてみる」
アプリに書いてあった、
あの言葉が、
少しだけ形を持つ。
自由になりたいわけじゃない。
壊したいわけでもない。
ただ、
誰かに向けて、
心から笑いたい。
誰かに、
ちゃんと見られていたい。
愛されたい。
それだけだった。
スマートフォンを伏せる。
まだ、
何も始まっていない。
でも、
もう独りじゃない気がした。
続いたキャッチボールの音が、
胸の奥で、
小さく、
心地よく響いていた。