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──時刻は22時を回った。
ネグは襖の奥でスマホを手に取り、だぁに静かにLINEを送った。
『ちょっと知り合いの家に泊まってくる。』
返信はすぐには来なかったが、それで十分だった。
ふと耳を澄ませる。
さっきまで部屋中に響いていたすかーと夢魔の怒声が、今は遠くの方にしか聞こえない。ネグは、息を潜めながら襖をゆっくりと開けた。
──静かだ。
今なら、行ける。
服はすかーのもの。
上着は夢魔のもの。
下は自分のズボンを履いて、靴を履き、小さなリュックにスマホ、モバイルバッテリー、イヤホン、財布──必要最低限だけ詰め込んで、足音を立てずに自室へと戻った。
リュックの紐をしっかりと締め、また耳を澄ませる。
──すかーと夢魔の気配。
一瞬、部屋の近くを通る足音がして、ネグはすぐさま物陰に身を潜めた。
だが、それもまたすぐに遠ざかる。
「……今だ。」
ネグは、静かに足を動かし、階段の前までたどり着いた。
だが──
「──あァ!? ネグ!!!!」
「そこかよッ!!!」
鋭い声が背後から飛び込んできた。
すかーと夢魔。
その二人の視線が、階段前のネグに突き刺さった瞬間だった。
「ッッッ!!」
ネグはすぐさま階段を駆け下りる。
だが──
すかーと夢魔の怒りは、既に限界をとうに超えていた。
「何時間探させとんだよ、コラァアアアアア!!!」
「ふざけんなッ!!人の服まで持って逃げやがってッ!!」
夢魔はすかーと並びながら、全力で階段へと駆け出す。
二人の足音は重く速く、その勢いはまるで獣のようだった。
すかーの視界は赤く染まるような感覚だった。
「逃げんな!!今度こそ捕まえんぞッッッ!!!」
夢魔も同じく、怒りと焦りを押し殺す余裕すらなかった。
「マジで許さねぇぞネグ!!お前今日絶対タダじゃ済まねぇからな!!」
二人の足は異常なほど速かった。
ネグは階段を降りながら、後ろを振り返る。
すかーと夢魔の姿がすぐ後ろにあった。
──やば!!!
心の中でそう呟く暇もなく、ネグは全力でさらにスピードを上げた。
靴音が鳴り響き、外の扉を押し開ける。
外の空気が冷たく顔を打つ。
だが、すかーと夢魔の足音は止まらない。
ネグの脳裏を過るのはただ一つ。
──捕まる。
だが、ほんの一瞬、ネグは道路脇の低い壁を見上げた。
──いける。
ネグは壁を蹴り、手をかけ、パルクールのように一気にバルコニーの縁へと飛び移った。
「……ッ!!?」
すかーと夢魔の目が大きく見開かれる。
「はぁ!? 何してんだあいつ!!」
「マジかよ、あんなのありかッ!!!」
ネグはバルコニーをつたって上へ上へと昇り、そしてそのまま屋根の影へと姿を消す。
息を切らしながら、それでもネグは決して声を出さない。ただ、心の中で──
(……笑)
──クスクスと、声も漏らさずに、笑っていた。
すかーと夢魔はその場で激しく舌打ちし、拳を壁に叩きつけた。
「……クソッッ!!!」
「絶対次は逃がさねぇ……!!!」
その頃──
ネグは静かに裏道を抜け、知り合いの家の前へとたどり着いていた。
「……レイ。」
家の前に立っていたのは、レイ。
「お前、遅かったな。何やってたんや、まったく。」
その声は優しいが、少しだけ強い響きを持っていた。
ネグは何も言わず、ただ小さく笑みを浮かべ、声を出さずにレイの隣へと歩み寄った。