自由に生きたい
「やりたいことリスト」を作ってから数日。
俺とまろ――いや、死神のいふ――は、少しずつ項目を潰していった。放課後にコンビニスイーツを全部買いしたり、ゲーセンで景品が取れるまで粘ったり。どれもくだらないけど、妙に楽しかった。
そんなある日のこと。
俺は教室の窓際に座りながら、ため息をついた。
「……なあ、まろ」
隣に腰かけていたコート姿の死神が、ちらりと俺を見やる。
こいつは人間には見えないから、授業中だろうが休み時間だろうが、平気で現れるのだ。
「なんや」
「俺さ……自由に生きたい」
言葉が勝手に口からこぼれた。
周りに聞こえてないのは分かってるけど、胸の奥に隠してきたものを吐き出すのは、妙に怖かった。
「自由に?」
「そう。俺、ずっと“いい子”でいなきゃって思ってた。親からも先生からも、何も言われないように。勝手なことしたら怒られるんじゃないかって……。でも、あと二十何日しかないなら、好き勝手に生きたいんだ」
まろは一瞬黙り込み、それから小さく笑った。
「ええやん。うちもその方がおもろい思うで」
「……ほんとに?」
「おう。死神やから言えることやけどな、人間は縛られすぎや。自由に生きて、自由に死んだらええ」
その言葉に、胸が軽くなる。
俺は思い切って机から立ち上がった。
「よし、じゃあ今からサボる」
チャイムが鳴りそうなタイミングだった。教室に残る数人のクラスメイトが怪訝そうにこっちを見たけど、もうどうでもよかった。俺は鞄を肩に掛けて、教室を飛び出した。
校門を抜けると、まろは肩を揺らして笑っていた。
「お前、ほんまにやるとはな」
「俺の残り時間は貴重なんだ。授業なんかに縛られてられない」
「かっこつけんなや。まあ、うちも付き合ったるわ」
二人で駅前に出て、映画館へ入った。
ポップコーンとコーラを抱えて座席に腰を下ろす。けど、スクリーンに映るヒーローの活躍より、隣でポップコーンを無限に食うまろの方がよっぽど気になった。
「なあ、それ俺のだろ」
「死神割り増しで半分はうちのもんや」
「そんな割引聞いたことない!」
くだらないやり取りをしながら映画を半分見て、俺たちは途中で劇場を出た。
「最後まで見なくていいのか?」
「ええんや。途中で抜けるのも自由やろ?」
「まあ……そうだな」
夕暮れの街に出ると、冷たい風が頬をかすめた。
人混みの中を歩きながら、俺は知らない景色を見つける。コンビニの明かり、屋台の焼き鳥の匂い、道端で歌う学生バンド。どれも昨日まで見えなかったもののように、鮮やかだった。
夜になっても帰る気にはならず、俺とまろは河川敷に座り込んだ。
街灯に照らされる川面がきらきら揺れている。
「……なんかさ、自由って、思ったより簡単なんだな」
「せやろ。せやけど、みんな勇気がない。せやから死ぬ間際になって後悔するんや」
「まろは……後悔、あるのか?」
問いかけると、まろは少し視線を逸らした。
風が彼の髪を揺らす。
「……あるで。いっぱいな」
その声は、いつもの軽さじゃなかった。
俺はそれ以上聞けなかった。死神だって、昔は人間だった。何を悔やんでるのか――それを問い詰める勇気は出なかった。
家に戻ったのは夜遅く。
玄関を開けた瞬間、リビングの明かりが目に飛び込んできた。普段は暗いはずの場所に、誰かがいた。
ソファに座っていたのは――俺の親だった。
いつも仕事ばかりで家にいなくて、俺のことなんてほとんど放っておいた人間。俺が学校をサボっても、夜遅く帰っても、何も言わなかった。いや、言わないんじゃない。関心がなかったんだ。
けれど今、その人は確かに俺を見ていた。
「……ないこ」
低い声。久しぶりに聞く呼び方。
胸の奥に冷たいものが落ちる。
「な、なんだよ……」
親はゆっくり立ち上がり、俺に近づいてきた。
その目は、今までと違う。まるで俺の中の何かを見透かしているような――。
「お前のことを、やっと話さなきゃならん時が来たみたいだな」
「……え?」
言葉の意味を理解する前に、親はそれ以上何も言わず、背を向けた。
リビングの明かりが消え、暗闇が落ちる。
残された俺とまろは、顔を見合わせた。
「なあ、今の……どういうことだ?」
「……さあな」
まろの声は低かった。
川の冷たい風よりも重く、胸にまとわりつく。
親が何を知っているのか。
どうしてこのタイミングで現れたのか。
答えは分からない。
けれど、俺の三十日間は、ただの“自由な遊び”だけじゃ済まない予感がした。
コメント
2件
おぉ...?なんかすごい気になる...