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「白銀の流星と呼ばれた雅輝の走りを、友達として見てみたい」
「だけど……。俺がミスって、陽さんのインプに何かあったら」
「信頼してる」
無理やりキーを握らせた宮本の拳を、橋本の両手が上から包み込んだ。
「ミスったら、そのときはしょうがない。運転しろと強要した俺の連帯責任になるしな。だから腹をくくって、おまえのドライビングテクニックを堂々と見せてくれよ」
白い歯を見せて笑いかけた橋本の微笑みを見るなり、宮本は包まれていた拳を振り解いて顔を背け、開けっ放しになっているドアからバケットシートに腰を下ろした。躊躇することなく、慣れた手つきでシートベルトをしっかりと締めていく。
「陽さんはズルい……」
「何が?」
橋本から見える、宮本の横顔は明らかにふてくされた感じなのに、頬が少しだけ赤く染まっていた。
「そんな顔で頼まれたら、断れるわけがないですっ」
喚くように告げると、苛立ち任せにドアを閉めるなり、エンジンをかけてアクセルを吹かした。早く乗れと言わんばかりのそれに、橋本は慌てて助手席側に向かって、インプの車内に体を滑り込ませる。
「二本目のカーブまでは、車の状態を確認したいので、普通に運転します」
「わかった」
シートベルトを締める橋本に話しかけながら、人混みに向かってゆっくりと車を前進させた宮本は、いつも通りに見えた。
さっきから、態度が豹変する様子がらしくない感じだったからこそ、それが運転に表れるんじゃないかと、実はひやひやしていた。しかしハンドルを握ることで、ドライバーとしてのプロ意識に気持ちが変わったことに、心の底から安堵する。
「その前に、店長に公道を走ることを伝えますので、ちょっと待っててくださいね」
インプが人混みに近づくにつれて、向こうから大勢の人が勝手にやって来た。その中に見知った店長の顔があり、運転席にいる宮本に向かって手を振る。
パワーウインドウで窓を開け、手を振り返しながら顔を出した宮本を見て、橋本はそこにいる大勢のギャラリーの熱気を目の当たりにした。多くの人々が放つ、羨望の眼差しの先に宮本がいることが、今までのやり取りを考えると、不思議でならない。
「店長、ちょっと下ってきます」
「そうか、良かったな。仲直りができて」
宮本にかけた言葉を聞いて、橋本は店長が見えるように助手席から慌てて身を乗り出した。
「店長さん、この機会を作ってくださり、ありがとうございました」
頭を下げながら礼を言った橋本に、店長は満面の笑みを浮かべる。
「いいっていいって。それよりも橋本さん、宮本っちゃんの運転で、舌を噛まないように注意してくださいよ」
「あ、はい……」
「下にいる奴に他の車がいないか、トランシーバーでチェックしてもらってる最中なんです。ですので、もう少しだけお待ちくださいね」
店長は片手に持ったそれを見せてから、宮本に視線を移した。
「宮本っちゃん、憧れの文太インプに乗れたからって、はしゃいじゃ駄目だぞ。これは橋本さんの車なんだからな」
「そんなことわかってますよ。嬉しさを噛みしめながら運転します」
『白の180(ワンエイティ)が一台登れば、他の車はいませーん!』
会話を割り込むようになされた、トランシーバーからの連絡に、周りのギャラリーがざわついた。
インプを運転する宮本さんを間近で見てみたいや、徒歩で見えるところまで移動するかどうかを相談する会話なんかが、異様な熱気と一緒に伝わってくるせいで、運転手じゃない橋本が要らない緊張して手に汗を握った。
慌ただしく蠢くギャラリーに、店長は大きな声を張りあげる。
「これからの移動は危ないから禁止だぞ! ここの特等席で見たければ、早い者勝ちだからな。インプの後ろを追いかけて、走りを間近で見たい奴もいるだろうが、どうせブッチ切られるから諦めろ」
交通整理をするお巡りさんのように、身振り手振りを使って、大きな声をあげた店長の指示を聞き、蜘蛛の子を散らすようにインプからギャラリーが離れていった。
「180(ワンエイティ)が登りきったから、いつでも出発していいぞ。橋本さんは、しっかりとアシストグリップを握りしめてくださいね。宮本っちゃんの運転は動きが予測できないから、踏ん張りどころがわからないです」
(ただカーブを曲がるだけの動きが予測できないって、どういうことなんだろう?)
「わかりました。ありがとうございます」
嫌でもこれからそれを体感するので、あえて質問せずに礼を言った橋本と、抑えきれない嬉しさを雰囲気で醸し出している宮本を見送った店長がご愁傷様と呟いた言葉は、インプのエンジン音にかき消されて聞こえなかったのだった。