side 五条
「おうおうおう!お前が五条悟か!!」
「あ゛?」
黒いサングラスで瞳を隠した白髪の男、五条悟は新学期早々喧嘩を売られ、メンチを切っていた。五条の目の前にいる亜麻色のロングヘアに、特徴的なツノが生えた男子生徒はそんな五条の様子を気にもせず、傲岸不遜に言い放つ。
「最強のお前を倒せば、つまりわしが最強ってことじゃ!いざ尋常に勝負じゃ勝負ぅ!!」
「いい度胸じゃねえか呪霊もどき。かかってこいや!」
威勢のいい一年坊に気を良くした五条は、禪院家の忌子だとか半分呪霊だとかのネガティブな前情報を後にする勢いで傷人を叩きのめし、ボロ雑巾のようになされてもなお悪態を吐く図太い根性に関心し、事あるごとに喧嘩を売りに来る血の気の多い一年を格別に気に入ったようだ。他の一年と親友はそんな2人の喧嘩を止めるために度々協力し、連帯意識を築いていくこととなるのであった。
side 七海
禪院家は野生児を育てることを育児と呼ぶのだろうか。箸はグーで持つし野菜入りの汁物は絶対にこぼす。服を洗濯しないどころか常に同じ服のままだと気づいた時は思わず悲鳴が出た。風呂に入らないため無理やり大浴場に連れて行くとシャンプーを連打し一回の入浴で一本丸々使う。そして何よりも許せないのが、トイレを流さないことだ。ありとあらゆるバージョンの「あり得ない」という台詞をこの1ヶ月で言い切った気がする。
七海建人は深く、長いため息を吐いた。灰原は「まあまあ」と七海の肩を叩く。
「俺はそんな悪いやつじゃないと思うよ。めっちゃ尊大だけど。すぐに五条先輩に飛び掛かるし」
「呪霊を見ると全部倒すといきりたって殴りかかるし、怪我も放置して走り出す。一体どこからあの自信が来るのかまるでわからない。私は高専で呪霊を倒しに来たのに、子どもを一から育てている気分になる」
「あはは!でも、傷人は禪院家?ってとこであんまいい扱いされてないらしいって五条先輩言ってたね」
「禪院家ぇ…!」
もし禪院家関係者に会ったらただじゃ置かない。
「まあ当主さん以外は全員ボコボコにしてからこっち来たらしいけど」
「禪院家ぇ…」
全然置かれてなかった。確かに、あの性格でやり返さないわけがなかった。
虐待同然の育児方針は平成において許されないが、手酷いしっぺ返しも受けているようである。因果応報と言うべきなのだが、普段間近で傷人の強さを見ていると、自分より弱い禪院家の連中を情け容赦無く叩きのめしている傷人の図が浮かんできて複雑な感情になる。
五条先輩が傷人にもっと過激な仕返しを教えているので、実家に戻ることがあれば阿鼻叫喚必至だろうな、と他人事のように思う。忌子だとかって差別してないで、常識やその他もろもろ、あとトイレを流すことぐらい教えておけ。未だかつて見たことがないほどの惨状になった便所を思い出し、怒りが振り返ってくる。
手がかかると思いながらも1週間に1度は部屋の掃除に行かざるを得ない自分の几帳面さにも呆れつつ、やっぱり禪院家に同情の余地は無いなと思い直す。
「食らえッ!!新技、床から出るでかい槍!!!」
「ワハハハハハハ!!当たらねえ!!!」
「元気だなあ〜2人とも」
遠くで仲良く戯れている友人と先輩の声が聞こえ、灰原がのんびりした口調で笑う。
「……そうだな」
つられて、私も笑っていた。
side 夏油
今日も今日とて最強の座を巡り五条に殴りかかっていた傷人は、ボロ雑巾になって地面に横になっていた。
「こんなとこで寝てたら汚れるよ」
「んあ?なんじゃ、五条悟の金魚のふ、グぼッ」
「はあ、その減らず口は直した方がいいね」
無礼に対しては拳で返す、礼儀作法は体で教え込むのが呪術高専式である。理不尽だが、傷人が口で言っても聞かない聞く気がない&暴力耐性がトップクラスだからこそ成り立つ体罰制度だ。ゲンコツ程度では瘤もできない術式由来の耐久力には目を見張るものがある。一度本気で殴った際には屁でもないというようにピンピンしていたので、以降は手加減をやめている。
「ほら、なんか飲みたいのあったら奢るよ」
「……あ?なんじゃ貴様わしに貢ぎもんか?」
殊勝な心がけじゃ〜、とやり返そうと振りかぶった腕を下ろす傷人。現金なやつと思いながら、敬意の欠片もないその尊大な態度が気になる。庵野がたびたび後輩としての態度について言及する気持ちが、頭ではなく心で理解できてしまう。
「…貴様じゃなくて、夏油傑。いい加減悟以外覚えなよ」
「は?覚えてるが?」
「君の同級生の名前は?」
ガシャン、という音でいちごオレが落ちる。味はなんでもいいので、とりあえず親友の好物を選ぶ。
「金髪と雑魚じゃ」
「はあ〜…」
「早くそれを寄越せ」
傷人はいちごオレを指し傍若無人に言い放つ。言い方がなってないな、とイラついたが、本来の目的のために一旦落ち着き、当初の予定である『餌で釣る作戦』を始める。
「あげるからちょっと私の実験に付き合ってよ」
「はあ〜?嫌じゃ」
「いちごオレあげるから」
「いちごオレは知らん」
────いちごオレは手に持ったこれなのだが。
いや待てよ、さすがに平仮名カタカナは読めると思いたい。思いたいが、希望的観測なのだろうか。
「いさご……し、寄こせ!」
小学生レベルの教育さえ行わないまま傷人を解き放った禪院家は滅んだ方がいい。脳内会議で全会一致の有罪判決を下しつつ、「これがいちごオレだよ」と言って目の前に突きつける。
「悟はコレが大好物だから、飲めば悟くらいに強くなれるかもね」
「なにィ!?」
簡単に釣れた。馬鹿なのは都合が良いのだが、西の方角にある禪院家に特級呪霊飛ばしたくなってきた。飛距離も手持ちにもないけど。
「これ飲む前に、先にこっちを呑んでみてくれる?」
差し出したのは真っ黒な玉。私がこよなく嫌悪するこの世で最も唾棄すべき吐き気を催す最悪の食べ物である。
「それ食いもんか?いいぞ」
「いいんだ……じゃなくて。悟が君の術式は私のに近いって言ってたから、試しにこれをと思って。小さいのをわざわざ申請して持ってきたんだ」
「大福か?パチってたやつとは色が違うな」
「特別製だよ」
笑顔で嘯く。傷人はまだ入学してから日が浅く、同じ任務にも着いたことがないから呪霊玉の存在も知らないのを良いことに、ものは試しと思いついた実験である。一応、上手くいけば後輩を鍛えることにも繋がる。それに、普段から尊敬の念がかけらもない上、未だに名前も覚える気がない後輩に灸を据える方が主目的だ。自分で言うのもアレだがなかなか性格が悪い。
「ほら、口を開けて」
「ぅぐえ。なんひゃ」
ギザ歯が生え揃った口に手をかけ、逃げられないように固定する。遠目でも整った容姿だが、間近で見るとますます可愛らしい。やや不安げに眉を顰めた上目遣いは、普段の快活に(下品に)笑いながら戦う姿との差異が激しく、少し怯む。
────急所を晒しているのに、妙に警戒心が無いのはなんなのだ。
モヤモヤと浮かんできた謎の感情に襲われ戸惑っていると、
「なんひゃ、かむろ」
焦れた傷人が身を捩りながら不快そうに睨んでいたので、慌てて呪霊玉を口に捩じ込み手のひらでふさぐ。同じ味を感じとれるなら、十中八九吐き出すからだ。手に感じる唾液と粘膜の感触に、何か別の場面を想起しそうになったが気のせいだ。間違いない。
「う゛ォぐ、ゥぶッ」
吐かないように顎を無理やりもう片方の手で閉じるが、腕を掴まれ抵抗される。
「ダメだよ、呑まなきゃ強くなれないよ」
敢えて伝えていなかったこの実験の主旨を理解したのか、目を見開き、涙を浮かべ唸る傷人。手を離すと、ヴー、ふー、と鼻で呼吸をしながら無理やり飲み下そうと自分で口を抑えた。
「良い子だね」
自分でやっておいて筋違いではあるのだが、呪霊玉レビュワー先駆者としての同情心が湧いてきて、頑張って飲み込もうとしている傷人の頭を思わず宥めるように撫でてしまう。小さいものでも味は常に☆-5級なのだ。やってから、全く違う場面を想起しかけたが、本当に気のせいだ。
えずいたような声を出す傷人にストローを刺したいちごオレを差し出し、背を撫ぜる。いや、撫でてどうする。傷人はギロリとこちらを睨みつけ、しかしいちごオレを勢いよく奪い取り吸い始めた。
苦しんでいる傷人に対して少し申し訳ないなあと罪悪感が湧いてくると同時に、何故か心に芽生えてはいけないタイプの仄暗い感情が背中を這ってきている気がしたが、そんなわけはないのである。
いちごオレで吐き気ごと飲み込んだ傷人が腹パンして去っていったが、流石にまあしょうがないかと受け入れた。
しかし、後日「ん゛なぁなぁみぃ゛〜〜〜〜!!夏油が気持ち悪いクソまずいやつ飲ませたあ゛〜〜〜!!!」と傷人が七海に泣きついて、事実とは全く異なる汚名を被ることとなる。
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