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窓の外の真っ白な雪を眺める。
後悔が、僕の胸を締め付けていた。
僕が、もっと早く知っていれば。
ポタポタと、白い布団に水滴の後が残り、泣いている事に気がついた。
苦しい。
胸を抑えた右手が、白い包帯に覆われていた。
白と対比するかのような赤色が脳裏をよぎる。
全部、覚えている。
蓮も、結月も僕の目の前で死んだ。
あの時、どうすれば良かったんだろう。
「…ゆき」
僕の名前を呼ぶ声。
目を合わせる事が、出来なかった。
「…本当に、良かった」
それでも母さんはそう言って僕を抱きしめた。暖かく、優しい香りに包まれると酷く胸が痛くなった。
「…ごめん、なさい」
また沢山心配をかけてしまった。
「今は、いいの」
泣いているんだろう、母さんの声は震えていた。
いつも、そうだった。
母さんは誰かの為に泣いてくれる人だ。
その優しさを、僕は何度裏切ったんだろう。
「…」
視線を感じ、顔を上げると父さんの姿が見えた。父さんが、冷たい目で僕を見ていたのは気の所為だろうか。優しい父さんのそんな表情を見たのは初めてだった。
「……」
先程の表情が無かったかのように、父さんは安堵の顔を浮かべ、僕と母さんをそのまま抱きしめた。叱られると、思っていた。
あの日、両親に何も告げず結月について家を出て行ったこと。事件に巻き込まれてしまったこと。
母さんは僕を責めたりせず、ただ泣くばかりで、僕も父さんも困った顔をしてしまった。
あれから、沢山の人にいろんなことを聞かれたが、僕は何も言うことができなかった。
誰かに話せる事なんてない。
ベットに、母さんが寄りかかって眠っていた。
疲れているんだろう。母さんの事だから心配してろくに眠ていなかったはずだ。長い黒髪に触れる。外見で、僕と母さんの似ているところはこの黒髪だけだと思う。
「ゆう、き」
母さんの、ボソリと呟いた声に、僕は時が止まったかのように動けなくなった。
「…置いて、いかないでよ」
か細い声。母さんの言葉は、僕の胸を突き刺したかのような衝撃を与えた。
…やっぱり。
知らない方がいいことだってある。
だから僕は目をそらす。
現実からに逃げて、知らないフリをする。
考えれば、考えるほど苦しくなる。
僕が今生きているのは、京介のおかげだ。
京介は僕を庇って死んだ。
僕に、生きてくれと言った。
こんな僕を好きだと、愛してると言った。
あれから何度も、京介の姿が脳裏に浮かぶ。
湧き上がってくるこの気持ちはなんなんだろう。
もし、京介が生きていたら、なんて考えてしまう。
今更、会いたいなんて思うのは遅すぎるだろうか。
口の中に血の味が広がり気がつく。無意識に噛んでいた唇から血が出ていた。
苦い。
ぼんやりと、窓の外へ目を向ける。
今日も雪が降っていて、窓の外は真っ白だった。
夜。
カラン
微かに聞こえた物音に、うっすらと瞼を開く。
こんな時間に誰だろう。
はっとし、とっさに僕は寝たフリをした。
結月?いや、結月はもういないはず。
それなら、看護師さんだろうか。だったらこの時間に居てもおかしくない。
「…こんな事になるんなら、もっと早く始末するべきだった」
その声に息を飲む。
「悪いな、ゆき」
穏やかな声。でもその声にはとても聞き覚えがあった。
右手を触れられる。チク、と刺されたような痛みを感じ、僕は勢いよく起き上がった。
「…おっと。起きてたか」
「父、さん…?」
目の前に居たのは紛れもなく父の姿で、手袋をした手には注射器が握られていた。直ぐに、注射器を背中に隠したようだが、僕はしっかりとそれを見てしまった。
「……」
ただならない雰囲気を纏っている。
「、何を」
「… 」
「父さん、なん、で………え」
ドクン。と、心臓が脈打った。その瞬間、視界がぐちゃぐちゃに歪み、その場に崩れ落ちる。酷い吐き気と共に、鋭い頭痛に覆われる。
揺れる視界の中で離れていく後ろ姿。
「っはぁ、っ、は、……ま、て」
そう言っても、姿は見えなくなった。
歪む世界に、必死に意識を保ち考える。(「もっと早く始末するべきだった」)その言葉が、何度も頭の中をループする。
もし、僕の病気が誰かの意図だったとしたら。
…だったらなんで。
知ったところで、もう何もできないのに。
「…嫌、だ」
誰かに救われた命だとしても、また誰かに奪われていく。
僕のやるべきことは、まだ終わってない。
生きなきゃ、いけないのに。
視界はぼやけて、もうほとんど何も見えなかった。
息が、できない。
段々と頭痛も感じなくなっていた。
言葉は出ずに、涙が溢れる。
…やっぱり最後も、1人なんだ。
全てが、遠のいていく。
もう何も聞こえない。
ただ少し、寒いと思った。
「……。」