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数日後。
午前中、阿部は一人で家にいた。
目黒は最近、新しい映画の撮影が始まったばかりで忙しい。
朝早くに家を出て、帰ってくるのは夜遅くになる日が続いていた。
今日も帰宅時間は分からない。
それでも阿部は、冷蔵庫を開けながら少し考えてから材料を取り出した。
「……グラタンにしよ」
目黒が好きなもの。
最近は家でゆっくり食事をする時間も少ないから、帰ってきた時くらい好きなものを食べてほしかった。
ホワイトソースを作って、具材を炒めて、チーズをたっぷり乗せる。
焼き上がったグラタンを少し冷ましてから冷蔵庫へ入れた。
あとは目黒が帰ってきたら温めるだけ。
阿部は満足そうに冷蔵庫を閉める。
「喜ぶかな」
そう呟いた時だった。
テーブルの上に置いていた仕事用のスマートフォンが震えた。
阿部が何気なく画面を見る。
知らない番号。
「……」
手を伸ばしかけて、止まる。
仕事用だから、知らない番号から電話がかかってくること自体は珍しくない。
スタッフ。
事務所。
仕事関係者。
誰か分からないこともある。
いつもなら普通に出ていた。
でも今日は、なぜか指が動かなかった。
少し前から続いていることが頭をよぎる。
告白。
仕事とは関係のない話。
自分の好きな飲み物。
楽屋に置かれていたプレゼント。
胸の奥がざわつく。
着信音が鳴り続ける。
阿部は結局、スマートフォンを裏返した。
「……出なくていいよね」
用事があるなら、また連絡が来る。
仕事なら事務所を通してくるはず。
そう自分に言い聞かせる。
しばらくして着信は切れた。
留守番電話は残っていない。
メッセージも来ない。
それでも阿部は、しばらくスマートフォンを裏返したままにしていた。
午後。
阿部は番組の収録スタジオへ来ていた。
あのスタッフがいる番組。
予定表を見た時から分かっていた。
断れる仕事ではない。
自分一人の都合で現場を変えてもらうなんてできない。
それに。
まだ何かされたわけじゃない。
そう何度も考えた。
けれどスタジオへ向かう車の中でも、いつもより手に力が入っていた。
怖い。
認めてしまえば、はっきりそうだった。
「おはようございます」
「よろしくお願いします」
いつも通りに挨拶をして楽屋へ入る。
スタッフも大勢いる。
出演者もいる。
まきぴよ
2,242
#💛💜
みら

19,503
#⛄️
kaede🍁
25,833
マネージャーも近くにいる。
ここなら大丈夫。
阿部はそう思いながら、収録の準備をした。
最初の打ち合わせも問題なく終わる。
あの人とも会わない。
少しだけ安心し始めた頃だった。
廊下を一人で歩いている時。
「阿部さん」
背中から声がした。
身体が固まる。
振り向く。
やっぱり。
あのスタッフだった。
「……お疲れさまです」
阿部はいつも通りの表情を作る。
相手も笑っていた。
何事もなかったような顔。
「お疲れさまです」
それから。
ごく普通の会話でもするように聞いてきた。
「今日の午前中、どうして電話出てくれなかったんですか?」
阿部の表情が止まった。
心臓が大きく鳴る。
「……電話?」
「はい」
相手は笑ったまま頷く。
「かけたんですけど」
朝の。
知らない番号。
やっぱり。
この人だった。
阿部は無意識に一歩後ろへ下がった。
「どうして、俺の仕事用の番号を知ってるんですか?」
初めて。
少し強い口調になった。
相手は気にする様子もなく答える。
「仕事で必要になることもあるので」
「でも、個人的な連絡に使うものじゃないですよね」
「電話くらいならいいかなと思って」
「よくないです」
阿部はすぐに言った。
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
相手の笑顔が少しだけ薄くなる。
阿部はそれでも続ける。
「この前のことも、ちゃんとお断りしたつもりです」
「……はい」
「気持ちを伝えていただいたこと自体はありがたいです。でも、俺には大切な人がいます」
相手の目を見る。
「だから、気持ちには応えられません」
「それと」
少し迷った。
でも。
ここで言わなければいけないと思った。
「仕事以外で電話するのも、プレゼントを置くのもやめてください」
一瞬。
相手の表情が変わった。
「プレゼント、分かったんですね」
背筋が冷たくなる。
阿部は答えなかった。
相手は少しだけ笑う。
「好きなもの、ちゃんと覚えてたんです」
「……そういうことじゃないです」
「阿部さんのこと、もっと知りたくて」
「やめてください」
今度は迷わなかった。
「本当に」
「困ります」
廊下に短い沈黙が落ちる。
相手は阿部をじっと見ていた。
そして。
突然。
口元だけで笑った。
「このこと」
「誰かに言うんですか?」
阿部の指先が冷たくなる。
「……え?」
「目黒さんとか」
名前が出た瞬間。
阿部の身体が強張った。
相手はその反応を見ている。
「言ったら」
少し楽しそうに。
「また目黒さんに、お仕置きされちゃいますか?」
息が止まった。
「……何で」
声が出ない。
なんで。
そのことを知ってるの。
首につけられた跡。
目黒に抱かれて移動した日。
メンバーやスタッフの前で交わした会話。
どこまで。
この人は知っているんだろう。
「あれ、すごかったですよね」
相手は何でもないように続ける。
「ずっと抱っこされて」
「大事にされてるんですね」
阿部は何も言えなかった。
さっきまで。
きちんと断ろうと思っていた。
仕事相手だから。
角を立てないように。
冷静に。
でも今は。
ただ気味が悪かった。
逃げたい。
誰かのところへ行きたい。
そう思った時。
「あ、阿部さん!」
少し離れたところから声がした。
番組の司会者だった。
「次の打ち合わせ、そろそろお願いしてもいい?」
阿部は反射的に振り返る。
「あ……はい!」
普段より大きな声が出た。
「今行きます」
阿部は相手を見ることなく、司会者の方へ向かった。
「お願いします」
「こちらこそ。急に呼んじゃってごめんね」
「全然大丈夫です」
笑う。
いつものように。
ちゃんと笑えているかは分からなかった。
打ち合わせが始まっても、頭の片隅からさっきの言葉が消えなかった。
『どうして電話出てくれなかったんですか?』
『プレゼント、分かったんですね』
『また目黒さんに、お仕置きされちゃいますか?』
気持ち悪い。
怖い。
今までとは違う。
ようやく、はっきりそう思った。
最初に告白された時。
あの時に誰かへ話しておけばよかった。
プレゼントを置かれた時でもよかった。
目黒じゃなくても。
マネージャーでも。
佐久間でも。
誰でもよかった。
一人で大丈夫だと決めずに、相談すればよかった。
それなのに。
休憩に入る。
阿部は楽屋の椅子へ座った。
仕事用のスマートフォンを取り出す。
朝の着信履歴。
知らない番号。
今はもう。
誰なのか知っている。
その下には、目黒とのやり取りがあった。
朝。
家を出る前に届いたもの。
『今日帰るの遅くなるかも』
『先に寝ててね』
阿部はその文字を見つめる。
言おう。
今度こそ。
そう思った。
でも。
指が止まる。
目黒は今、映画の撮影中。
始まったばかりの大切な作品。
忙しくて。
朝も早くて。
夜も遅い。
そんな時に。
こんなことを言ったら。
絶対に心配する。
撮影中でも気にする。
迎えに来ようとするかもしれない。
スタッフへ何か言うかもしれない。
目黒だけじゃない。
マネージャーへ相談したら、番組にも話が行く。
収録に影響が出るかもしれない。
メンバーに知られたら。
みんなも心配する。
また。
自分のせいで。
周りに迷惑をかける。
「……」
阿部はスマートフォンを握りしめた。
でも。
もう一つの気持ちもあった。
怖い。
次に何をされるか分からない。
今日だって。
知らないはずのことまで知っていた。
自分がどこで何をしているのか。
誰といるのか。
どこまで知られているのか。
分からない。
それが。
一番怖かった。
スマートフォンを開く。
目黒の名前を押す。
メッセージ画面。
文字を打つ。
『めめ、ちょっと話したいことがある』
そこまで書いた。
でも。
送信できなかった。
しばらく見つめて。
全部消す。
「……どうしたらいいんだろ」
小さな声。
誰にも届かない。
阿部は両手でスマートフォンを握ったまま、俯いた。
早く誰かに言った方がいい。
分かっている。
でも。
誰かに言えば、大事になる。
目黒にも。
メンバーにも。
仕事にも。
迷惑をかけるかもしれない。
怖い。
でも。
迷惑をかけたくない。
その二つの間で。
阿部はまだ。
動けずにいた。
コメント
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今晩は⭐️ 一気に読みました。 怖いよ😱 💚目当て それとも🖤目当て… 早く相談して これ以上のことが起きる前に

どうなる、どうなる?続き気になる💦