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「幼稚園の先生ともお話ししたいですし、お子さんに安心してもらうためにも、会う回数は多い方がいいと思うんです」
そう言って、しっかり者の後輩は自ら進んで同行を申し出てくれた。
新の時もそうだったけれど、俺はこいつに尽くされるほど何かしてやったかな。いくら考えても、心当たりが一つも出てこない。
「弦、洸! 迎えに来たで!」
蜷川には玄関で待ってもらい、教室まで迎えに行くと、中では新先生と二人が積み木で遊んでいた。
「あ、今日は間に合ったんですね」
にっこり笑った新先生に、「そうなんです、今日は迷惑かけなくてすみました」と笑い返すと、新先生の表情がほんの少しだけ陰った。
「……僕は、楽しみにしてたんですけど。今日のご飯、何作ろうかなって……」
綺麗な顔で、ひどく寂しそうに微笑まれて、俺は思わず動揺してしまう。
「あらたせんせい、おかえりのよういできたで!」
「あらたせんせ、かえろ!」
新先生の両手を塞いだ二人が、本当に嬉しそうに先生を見上げている。
……なぁ、俺は? 2人のお父さん、俺やねんけど。先に手ェ繋いでくれへんかったら、おとう寂しくて泣いてしまうで?
「ごめんね、洸くん、弦くん。今日はお迎えのお時間が間に合ったから、お父さんと3人で仲良く帰ってね」
「……え、あらたせんせ、おらんの……?」
ふぇっ、と泣きかけた洸を慌てて抱き上げ、新先生に「ごめん」と目配せする。
「あらた先生はおらへんけど、今日はおとうのお友達が来てるから。一緒にご飯食べよか」
玄関で待っていた蜷川が、二人を見つけると優しい顔をして2人と目線を合わせた。
「はじめまして。お父さんのお友達の、蜷川空(にながわ そら)と言います。『くうちゃん』って呼んでください」
にこっと笑って、ぺこりと頭を下げた蜷川。
俺の後ろで新先生と手を繋いでいた弦が、目を丸くして固まっている。
いや、弦だけじゃない。新先生も、抱っこされている洸も、一瞬で凍りついたみたいに動かなくなった。
夕暮れの玄関先に、奇妙な沈黙が流れる。
「……くうちゃん」
ボソッと弦の声がしたかと思ったら、新先生の手を離してさっさと靴を履き替えにいってしまった。
洸は俺の肩に顔を埋めたまま、名残惜しそうに新先生の方へ手を伸ばしている。新先生はその手をそっと握り返し、「また明日、いっぱい遊ぼうな」と、洸の髪を優しく撫でた。
「……くうちゃん」
「……え、嘘やん」
あの人見知りの激しい弦が、様子を伺っていた蜷川の手を自分から握った。
お尻じゃない。ちゃんと「手」を握っている。
「……あ、元宮さん、名前……」
「そっちがお兄ちゃんの弦。こっちが一個下の洸や」
「弦くん、な。くうちゃん、もうお名前覚えたで?弦くんも、洸くんとお揃いの抱っこする?」
蜷川が両手を広げると、少しもじもじしていた弦が、ぴたっとその体に自分を預けた。
マジか……。「赤ちゃんちゃうからいらん!」って頑なに抱っこを拒否してたあの弦が。
「くうちゃん、大きいやろ? 高いの怖くない?」
一つ一つの動作に、弦が怖がらんように声をかけてくれる。流石や。こういう嘘のない優しさに、子供は敏感なんやろな。
「あらたせんせ、バイバイ」
洸の声に合わせて、俺の肩にバイバイの振動が伝わる。新先生の方を見ると、
「洸くん、弦くん、さようなら」
いつもの優しい顔で笑って、手を振ってくれた。
俺も挨拶しようと目を合わせたのだが、返ってきたのは他人行儀な会釈だけだった。
なんかちょっと、寂しい気はする。でも、相手は幼稚園の先生や。深入りしすぎてもあかん。これがほんまの距離感なんやから。
「……ほな、行こか」
そう自分に言い聞かせて、逃げるように背を向けた。
弦を抱っこしたままの蜷川と、自宅へ帰る。
今日もストーカーの気配はなかった。……あれは、やっぱりたまたまやったんやろか。
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