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side:wki
カーテンから漏れ出る陽の光で目が覚めて、久しぶりにこんなに熟睡できたな、と思う。
体の怠さも綺麗さっぱり消えていて。「全回復」って言葉が相応しい体調だ。
リビングに行くと、昨夜のドタバタとしていたのが嘘のような静けさだった。もしかして熱が見せた都合の良い妄想?と思ったが、水を飲もうと冷蔵庫を開けると涼ちゃんが買ってきてくれたプリンなんかが冷やされていて、あの出来事が現実だったのだと確信を得る。ていうか幻覚見るほどの高熱じゃなかったしな。
昨日はなんか、すごかった。盆と正月がサンバ踊りながら一緒に来たみたいなボーナスタイムだった。
なんでか分からないけど、とにかく俺の看病がしたかったらしい涼ちゃんに、破茶滅茶に世話を焼かれた気がする。
惚れた弱みというか何というか。涼ちゃんの押しに弱い俺は、看病の暴走を断りきれなくて。
自分で食べれるから、と涼ちゃんの「あーん」を断ったときなんてヤバかった。一度はシュンとしたような顔してたから諦めてくれたのかな、なんて思っていたら、じぃっと上目遣いで見つめられて。
『お願い!』って心の声が聞こえてきたもん。あんなんされたら食べるしかないじゃん!ていうか、いい大人が「あーん」って。あれやる方も恥ずかしいんじゃないの?
・・・あと、なんだ「ベッド行こ!」って!!
勝手に脳内で「ベッド行こ♡」に変換されたわ!勘弁してくれよド天然最年長。
しかも寝かしつけてもらうのまでセットで、本当に意味が分からなかった。絶対に寝れるわけないと思ってたけど、元々の体調不良と涼ちゃんからの看病の過剰摂取で心身ともに疲れていたようで、意外にも直ぐに寝てしまった気がする。
まぁ、でも正直嬉しかったな。
色々と強引だったけど、好きな人に構われて嫌な人間なんていない。
今日会ったとき、ちゃんとお礼言わないとな、と思いながら、昨夜できなかった分の練習をと思いギターを手に取った。
午後からは新曲のMVの打ち合わせだった。今回の曲のコンセプトだったり衣装だったりの意見を監督やチームとすり合わせていく。
控え室に到着すると、元貴が先に着いていて既に寛いでいた。ていうかこいつが一番疲れてるはずだけど。いつもお疲れ様です。
「お、熱下がったの?」
「まぁお陰様で。ご心配をお掛けしました。」
「そりゃなにより。」
「涼ちゃんは?まだ来てないの?」
控え室を見回しても、彼の姿が見えなかったので、まだ来ていないのかとあたりをつけたが、元貴が涼ちゃんのバッグを指差して俺の疑問に応えた。
「涼ちゃんも来たとき若井と同じこと言ってたわ。『若井は?まだ来てないの?』って。」
「心配かけたね、悪いことしたな。」
「で、昨日はどうだった?涼ちゃんに凸された感想は。」
ポンポン、と彼が座るソファの横を叩いた元貴は、にこにことエクボを携えて聞いてきた。楽しんでるなコイツ、と思いつつソファに座る。
「・・・ありがたく看病?してもらったよ。」
「なんで疑問系なんだよ。」
「すごかったんだって圧が。看病の押し売りにあった気分だった。」
ガハハ!と大口を開けて笑った後「でも?でも?」も元貴が続きを促す。だから「まぁウレシカッタデス。」と正直に答えたのに、さらに爆笑された。やめて恥ずかしいから。
「そんで?」と更に俺に続き話すように促した後言葉切って、元貴がちょっと周りを確認するように見回した。控え室には俺と元貴2人だけで、「看病されて?嬉しくて?勢いに任せて告白したんだ?」と小声で俺をつつく。
「は?してないけど」
「もー若井さん照れなくていいって。涼ちゃんの態度見たらバレバレだよ。」
「良かったね〜、俺は嬉しいよ。」と続ける元貴には悪いけど、告白なんてもちろんしてないし、涼ちゃんの態度がどうと言われたってまだ彼に会っていない。「涼ちゃんは?」と元貴に聞くと、「お、どこにいるか気になるんだ」と更にニヤニヤしてる。だから違うって。
「涼ちゃんさっきね、若井がもう来てるか俺に聞いてきてさ。『まだだ』って答えたら、なんかすんごい挙動不審なわけ。チラチラ時計見たり、廊下の外で人の声聞こえたら固まったりさ。だから、ああ若井のこと待ってるんだな〜って思って『昨日は若井の看病どうだったの?』って聞いたのよ。めっちゃ気合い入れて看病行ったの知ってるしさ。そしたらさ、もう、ぼぼぼぼッ!って!!一瞬で顔真っ赤にしちゃって。フフッ、は〜可愛いね〜あの32歳児。そんで「なんかあったな」って気付いて、涼ちゃんに根掘り葉掘り聞こうとしたのに「ゔ〜」とか「あ”〜」とかしか喋んなくなっちゃって。」
そのあとトイレに逃げられちゃったわ、と話し終えた元貴は、また思い出して「やばい〜、面白い〜お腹痛い〜」と悶えている。
元貴に昨日は何もなかったって再度言おうとして、背中越しに控え室のドアがガチャリと開いた音が聞こえて2人で視線を向けた。ドアを開けたのは昨日ぶりの涼ちゃんで。
「おかえり」と声を掛けた元貴に視線を向けていたけど、横にいる俺へと目線を動かしてパチリ、と視線が絡んだ。次の瞬間にはみるみる真っ赤っかになった涼ちゃんに驚いていると、「ッオハヨウ若井!!!」と若干声を裏返しながら、ドデカボイスで挨拶をしてくれた。
元貴が言っていた通り、涼ちゃんはその日一日中挙動不審だった。流石に打ち合わせの最中は真剣な表情で、仕事に集中していたけど。
ちょっとした休憩時間に昨日のお礼を伝えようと近付いて行ったら、そのまま一定の距離を保つように逃げられて、おかしな追いかけっこみたいになった。周りのスタッフさんは「本当に仲が良いですねぇ」なんて笑っていたけど、俺は真顔で涼ちゃんとの距離を詰めようとしてたし、涼ちゃんは目を泳がせながら俺から後退りしているしで、めちゃめちゃカオスだった。
それから、涼ちゃんの近くにあるお茶を取ろうと席を立っただけで大袈裟なくらいぴゃッと飛び退いて行ったり。かと思えば、ぼーっとした顔で見つめられる視線を感じたり。
え、なんなのこれ。昨日何かしたか、俺?
いや、涼ちゃんのリクエストに応えて看病されただけだけど。・・・もしかして寝言で変なこと言ったとか?それはあり得る。
何はともあれ仕事を終えて、帰宅のために送迎車に乗り込んだ。今日は3人ともこれで仕事が上がりだから、一台に全員で乗り込む。今日の現場から自宅までの距離的に俺が一番に送ってもらうことになり、涼ちゃんがその次、元貴が最後だから「俺が一番後ろ乗るわ」って元貴が三列シートの一番後ろへ乗り込んだ。
必然的に二列目に俺と涼ちゃんが横並びで座る。やっと落ち着いて話せるかなって思って、彼の方に体を向き直したら、「ッあ!そういえばッ!!」と今ハマっているらしいゲームについて正面を向いたままマシンガントークをし始めた。なんだか俺に昨日の話を持ち出す隙を与えないようにしてないか?
でも、それが誰に話し掛けてる内容なのかイマイチ分からない話で、後ろをチラッと見たら元貴から“お前にだろ?”って目線だけで返される。
“いやいや、俺?元貴に話しかけてるんじゃない?”
“ちがう、ちがう”
“じゃああれだ、マネージャーに話してるんだ”
と元貴と一緒に運転中のマネージャーの方を見たら、俺たちと同じように“これは独り言か?”と困惑顔で運転していて、耐えきれず元貴が吹き出した。
「そんで今やってるステージが・・・え、なんで元貴笑ってるの?」
「いや、独り言がいつにも増してヒドイなって思って。」
「ひどい!独り言じゃないよ!みんなに話し掛けてたのに!!」
プンスカ怒った涼ちゃんにみんなして笑いながら謝って、「そうゆう話は若井に任せた。涼ちゃんゆっくり聞いてもらいな。ちょっと寝る。」って元貴が目を閉じた。
涼ちゃんがチラッと俺を見てきたから、「・・・続き聞こうか?」と促す。だけど「ううんッ!元貴寝るみたいだし、静かにしなきゃだから!大丈夫!」とブンブン手を振って拒否された。そんな全力で断らなくても。
涼ちゃんは宣言通り静かにしていたけど、行動自体は落ち着かなくて、横にいる俺を気にするようにソワソワし始めた。彼の鼻を触る癖が何度もでてる。かと思えばスマホを見たり、車窓を眺めたりと忙しない。
しばらくそんな涼ちゃんの様子を気にしつつ、車に揺られていた。もうすぐ俺の家だな、という辺りになって、涼ちゃんがえらく静かになったことに気付き横目で彼をチラッと見た。すると、スマホの画面を閉じて膝の辺りをギュッと握り、何かに耐えるように眉間に皺を寄せてる彼が目に入る。
「涼ちゃん・・・、もしかして酔った?」
車内であれだけ忙しなくスマホ見たりしてたからなぁ。
涼ちゃんは蚊の鳴くような声で「・・・キモチワルイ」と一言呟いて目をギュッと閉じた。あらら。
どうしよっかな、近くに停車してもらうか?
あ、でもここからなら、もういっそ。
「・・・マネさん、俺ん家で涼ちゃんも降ろして下さい。」
青白い顔でこっちをピャッと見てきた涼ちゃんと、不思議そうに「了解です」と返事をくれたマネージャーと、今まで寝ていたはずなのにキラキラした目でこちらを見つめる元貴と。
またもやカオスな状況に陥った空間が、自宅のマンションの前でゆっくり停車した。