テラーノベル
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家に上がったあたしは彼のおばあちゃんに出迎えられ、茶の間へと通された。
彼はというと「実桜さんはここで待ってて」と言い残し、庭へ出て行ってしまった。
一人残されたあたしはすることも無く座ったまま軽く辺りを見回した。
すると、目に入ったのは仏壇に置かれた写真。
「それはねぇ、陸の両親と妹なんだよ」
お茶を持って来たおばあちゃんがあたしに説明をしてくれる。
「2年前にね、事故でね」
「え…」
それを聞いたあたしは言葉を失った。
だって、さっきまでの彼はそんな事を感じさせないくらい明るかったから。
「そう…だったんですね…」
あたしはそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。
そんな時、
「実桜さん、ちょっと外出てきて」
庭へ出て行った彼の声が聞こえてくる。
「あ、ちょっと失礼します」
呼ばれたあたしはおばあちゃんに軽く会釈をして玄関から庭へと向かうのだった。
「あれ?」
庭に出てみるも、彼の姿は無い。
「陸……くん?」
名前を呼び、彼の姿を探し辺りをキョロキョロと見回していたその時、
「… え…雨…?」
突然パラパラと雨……が降ってきた。
(こんなに晴れてるのに……)
そう思っていたら、
「どお?雨みたいでしょ?」
彼が後ろから姿を現した。
「………」
その手にはホースが握られている。
(…そっか、あたしの願いって雨の事か)
ホースの先端に取り付けられたシャワーヘッドから放たれる水が雨みたいに降り注いでくる。
こんな事を思いつくなんて、凄いなぁと感心していると、
「これで、思いっきり泣けるでしょ?」
「え?」
彼の言葉に思わず目を見開いて驚くあたし。
「涙を隠したくて、雨が降ったらいいなって思ったんでしょ?」
「そ、それは…」
「無理しない方がいいんじゃない?泣きたい時は泣けばいいと思う。それに…そんな辛そうな顔、実桜さんには似合わないよ」
「………」
彼の言葉に、あたしは黙り込んでしまう。
(どうして、分かるのかな…あたしが今一番欲しい言葉が…)
やっぱり、彼には全てお見通しだった様だ。
そしてそんな彼は、更に思いがけない事を口にした。
「……俺さ、見てたんだ。実桜さんが男をおもいっきり殴ってるところ」
「え?」
これには本当にびっくりした。
だってまさか、あの現場を見られていたなんて。
「無理もないよね。浮気されてたんでしょ?」
「……」
「最初は、知ってる人が居るなぁと思って、好奇心から眺めてた。どうするのかと思ったら、殴るんだもん。正直びっくりしたよ」
「だ、だって……あの時は……」
「分かるよ。そりゃムカつくよね」
「う、うん……」
「あの後、実桜さんが公園から走り去って行くのを見て俺、何だか、放っておけなくて無意識に実桜さんを追い掛けてた」
「え……」
「実桜さん、自分では気付いて無かったのかもしれないけど、あの時、凄く泣きそうな顔してたんだよ」
「……」
「その時、本当は泣きたいのを必死に我慢してるんだろうなって思った。そんな実桜さんが健気で可愛く思えた」
「やだ……何言って……」
「俺なら、実桜さんにあんな表情(かお)させない」
「!」
ストレートな彼の言葉に、胸の奥が熱くなる。
降り注ぐ雨……。
彼の自信あり気な表情と、ドキッとする、その言葉。
気が付けば、あたしの頬を雨に混じった涙が伝っていく。
「……付き合ってって言いたいけど、別れてすぐにそんな事考えられないと思う。だからさ、友達からでいいから……俺の事、真剣に考えてくれない?」
(………本当、強引だなぁ……)
でも、悪い気はしない。
ただ、彼は高校生で、あたしは社会人。
互いのこともよく知らないのに、『付き合って』なんて言われても即決なんて出来る程あたしは若くない。
(けど……友達から……なら)
あたしの為に、こんなに一生懸命な彼。
そんな彼を、もっと知りたいと思った。
あたしの視界は涙でどんどんぼやけていく。
「……っ」
そして、気が付いたらあたしは彼の腕の中にいた。
何故なら、彼――陸くんが、あたしを自分の胸に引き寄せて抱きしめてくれていたから。
陸くんはただ黙って、優しく頭を撫でてくれていた。
抱き締められているからどんな表情をしているのかな分からないけど、きっと優しく微笑んでくれている、そんな気がした。
ふと、陸くんの手から離れて地面に落ちたホースが目に入る。
するとそこには、綺麗な虹が出来ていた。
日曜日のよく晴れた昼下がり、
失恋をしたあたしの心を癒してくれたのは、綺麗な虹と、優しい彼の言葉と行動。
あたしの新たな恋は、既に始まっているのかもしれない…………。
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ありがとう