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③
その夜、私はまた森にいた。
昨日と同じ、夕方の光。落ち葉の匂い。
「……来たんだね」
振り向くと、きのこちゃんが立っていた。
赤い帽子が光を受けて、ふわっと揺れる。
「うん。また会えた」
「そっか」
きのこちゃんは、
少しだけ眉が動いた。
照れたときに先輩がよくする、あの小さな動き。
そのまま、きのこちゃんは立ち位置を整えるように
ほんの少しだけ後ろに重心をかけた。
リラックスしたときの先輩の立ち方と同じだった。
「今日は、歩けそう?」
「歩けるよ」
「じゃあ……」
きのこちゃんは、次の言葉を探すように
一瞬だけ目を上に向けた。
考えるときの、先輩の癖。
「行こっか」
その声は、昨日よりも少し柔らかかった。
④
きのこちゃんは、落ち葉の道をゆっくり歩き始めた。
私はその少し後ろをついていく。
森の奥へ進むほど、光が柔らかくなる。
風の音も、昨日より静かだった。
「今日はね、ちょっとだけ遠くまで行けるよ」
きのこちゃんがそう言ったとき、
眉がふわっと動いた。
言葉を選ぶときの、先輩のあの癖。
胸の奥がまたざわつく。
「遠くって……どこまで?」
「うーん……」
きのこちゃんは立ち止まり、
ほんの少しだけ後ろに重心をかけた。
その姿勢は、仕事中に先輩が休憩するときの立ち方と同じだった。
「行ってみないと分からないけど……たぶん、君が知りたいところ」
「知りたいところ……?」
きのこちゃんは答えず、
落ち葉を一枚拾って、指先で軽く払った。
その仕草が、
先輩が資料を整えるときの“無意識の手つき”にそっくりで、
私は思わず息をのんだ。
「ねえ、きのこちゃん」
「なに?」
「あなた……やっぱり、誰かに似てる」
きのこちゃんは、少しだけ笑った。
その笑い方は、
喉の奥で小さく息が混じる、先輩の照れ笑いにそっくりだった。
「そうかもね」
「……誰に似てるか、分かってる?」
「うん」
きのこちゃんは、落ち葉をそっと地面に戻した。
「でも、まだ言わないよ」
「どうして?」
「君が自分で気づく方が、きっと嬉しいから」
その言い方は、
先輩が仕事を教えるときの“急がせない優しさ”と同じだった。
胸がじんわり熱くなる。
「行こっか。もう少しだけ奥まで」
きのこちゃんは、
また少しだけ後ろに重心をかけてから歩き出した。
私はその背中を追いながら、
もうほとんど確信していた。
(……やっぱり、先輩だ)
でも、きのこちゃんは振り返らない。
名前も言わない。
ただ、静かに案内してくれる。
その距離が、
夢の中なのに、どうしようもなく愛しかった。
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