テラーノベル
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## 第39話:『希望に潜む変化』
錆びついた鉄板の隙間から覗く、その金属の塊。ゼロ・ドラートのヴァルチャーとしての直感が、ドクンドクンと胸の内で警鐘を鳴らしていた。
それは、周囲に転がる旧連邦の量産機の残骸とは、明らかに一線を画す異質なオーラを放っていた。表面に施された特殊な耐熱コーティングは、激しい戦闘の痕跡か、それとも超高熱のエネルギーに晒されたためか、黒く焼け焦げて煤けている。だが、その下に隠されたフレームの堅牢さと、流線型の美しいカウルは、旧大戦期のプロトタイプ、それもエース専用機か実験機にしか用いられない最高級の代物であることを物語っていた。
「……ジェネレーターじゃない。これ、大型の……高出力スラスターの残骸か?」
ゼロは這いつくばるようにして奥へと潜り込み、持参したライトでそのパーツを照らし出した。
内部の構造を覗き込んだ瞬間、ゼロは思わず息を呑んだ。
「おいおい、冗談だろ……。このノズル形状、普通の推進剤を使う奴じゃねえ。機体内部のエネルギーを直接、爆発的な推進力に変換するための……『エネルギー・ラジエーター』の機能も兼ねてやがるのか?」
サテライトシステムを失った今のプロト・ウイングエックスは、背中のリフレクターを機能させることができない。それは単に強力なキャノンを撃てないというだけでなく、機体の姿勢制御や、エネルギー循環のバランスが完全に崩れてしまっていることを意味していた。
リンが「今の状態じゃ、ただのデクの坊」と頭を抱えていたのはそのためだ。ウイングエックスは、あまりに膨大なエネルギーを機体内で循環させる構造になっているため、それを逃がす、あるいは別の形で推力に変換する強烈な「逃げ場」が必要だった。
そして今、目の前にあるこの大破したプロトタイプ・スラスターは、まさにその問題をクリアするための大いなるヒント、いや、パーツそのものになる可能性を秘めていた。
「これがあれば……ガドルフのじいさんの所に行くまでもなく、リンの姉ちゃんにこれを見せれば、あいつの新しい『形』が見えてくるはずだ」
ゼロはすぐさまレンチを構え、その異質なパーツの解体に取り掛かった。
しかし、流石は実験機の残骸と言うべきか、ボルトの一本一本が特殊なロック機構で固定されており、一筋縄ではいかない。
「クソッ、硬てぇな! ヴァルチャーを舐めんじゃねえよ!」
生意気な口調で自分を鼓舞しながら、ゼロは全体重をレンチに預けて力を込めた。金属が軋む嫌な音が谷間に響く。何度も手が滑り、拳を鋭利な鉄屑で擦りむいて血が滲んだが、ゼロの目が曇ることはなかった。
ガンダムを大破させ、ノアという圧倒的な強敵にねじ伏せられ、ただ戦艦の中でレンチを握ることしかできなかったこの数日間。口では強気を崩さなかったが、ゼロの心は焦げ付くような焦燥感に焼かれていた。
ミラが側にいてくれる。カイルたちが背中を守ってくれる。だからこそ、自分が最強の『ウイングエックス』と共に、彼女たちの先頭を走っていなければならないのだ。
「……っしゃあ! 抜けた!!」
ゴトッ、と鈍い音を立てて、核となる大型スラスターのブロックが外れた。ゼロはそれを抱きかかえるようにして引きずり出し、先ほど回収した旧連邦の右腕パーツが載った簡易キャリアーへと強引に積み込んだ。
「これで……右腕の骨格と、背中のバランスを取るためのコア・パーツは揃った。待ってろよ、ウイングエックス。すぐにまともなツラにしてやるからな」
重量の増したキャリアーのワイヤーを肩に食い込ませ、ゼロは廃棄谷を後にした。
同じ頃、陸上戦艦ゼストの格納庫。
薄暗い照明の中、大破したノワールレイスの足元で、ノアは体育座りをしたまま、じっと自分の手のひらを見つめていた。そのすぐ隣には、小皿に載った不格好なサンドイッチを差し出すミラの姿がある。
「……ノア。少しでもいいから、食べて」
「……いらないって言ってるでしょ。しつこいわね」
ノアはツンとした毒のある口調で言い放ち、ぷいと顔を背けた。だが、彼女の視線は、サンドイッチのパンの端から微かに覗く、ジャガイモのサラダへと向けられていた。お腹の虫が小さく鳴りそうになるのを、彼女は必死に耐えている。
「これね、食堂のおばさんが『いっぱい食べなさい』って作ってくれたの。ノアの分もあるよって」
「……馬鹿じゃないの。私はアンタたちを殺そうとした敵よ? この艦の連中だって、通路で私とすれ違うたびに、まるで疫病神でも見るみたいな目でコソコソ隠れてるじゃない。……それが普通よ。なのに、何よその食べ物。毒でも入ってるの?」
ノアの言葉には、刺々しい拒絶と同時に、裏切られることを極端に恐れるような、脆い怯えが混ざり合っていた。ずっと暗い研究室のカプセルの中で、戦う道具としてだけ扱われてきた彼女にとって、向けられる「無償の善意」ほど、どう対処していいか分からない恐ろしいものはなかった。
「毒なんて入ってないわ。……みんな、最初はびっくりしただけ。だって、私とノアの顔が、本当にそっくりだから。……でもね、カイルさんも、ジュードさんも、セレスさんも、もう怒ってないよ。みんな、ノアがここにいることを、ちゃんと認めてくれてる」
ミラは優しく微笑み、サンドイッチをノアの膝の上にそっと置いた。
「……勝手なこと言わないで。私は、アンタの影……」
「影じゃないわ。ノアは、ノアよ」
ミラの真っ直ぐな蒼い瞳に見つめられ、ノアはそれ以上、毒を吐く言葉を見つけられなかった。震える手でサンドイッチを一つ摘み、小さく口に運ぶ。
「……。……別に、美味しくないわよ。ジャガイモの潰し方が雑だし、味も薄いし」
「ふふ、それはね、ゼロが前に手伝った時の残りのジャガイモだからかも」
「あいつが……? フン、やっぱりね。あの生意気なヴァルチャーに料理の手伝いなんて、100年早いわ」
ほんの少しだけ、ノアの表情から強張りが消えた。その様子を、格納庫の入り口からジュードとセレスが静かに見守っていた。
「……ま、お姫様が二人になったと思えば、賑やかでいいんじゃない?」
ジュードが肩をすくめる。
「ジュード、不謹慎よ。……でも、少しずつでいい。あのコが自分の意思で笑えるようになれば、この艦に連れてきた意味もあるわね」
セレスはヴィヴァーチェのハッチを見上げながら、かつて自分がルカス軍にいた頃の、張り詰めた空気を思い出していた。あの地獄から、自分たちは今、こうして抜け出しつつあるのだと。
ガタガタと音を立てて、ゼストのタラップをキャリアーを引いたゼロが登ってきた。全身オイルと煤まみれ、顔には赤黒い血の跡まである。
「おいおい、新入り! 泥棒にでも追っ掛けられたみたいなザマだな!」
ジュードが笑いながら駆け寄ってくる。
「うるせえ! 最高の獲物を仕留めてきたんだよ! リンの姉ちゃんはどこだ!?」
ゼロの怒鳴り声を聞きつけて、格納庫の奥からリンと、そして艦長がゆっくりと歩み出てきた。
ゼロは自信満々にキャリアーのシートを剥ぎ取り、掘り起こしたパーツを披露した。
「ほら見ろ! 旧連邦の重モビルスーツの右腕フレームだ! 強度はバッチリ、これならウイングエックスの関節にも耐えられる! ……それと、これだ」
ゼロが、黒く焦げた異質な大型スラスターのブロックを指差した。
それを見た瞬間、リンの目の色が変わった。タブレットを放り出すようにしてパーツに駆け寄り、狂ったようにセンサーで数値を計測し始める。
「……嘘、これ……『光子推進(フォトン・スラスター)』の試作型!? 旧大戦の末期に、ほんの一部の実験機にだけ搭載されて、データごと消滅したはずの……!」
「へっ、やっぱりただのゴミじゃなかったか。これを使えば、サテライトシステムが死んで狂ったウイングエックスのエネルギーバランスを、無理やり推力に変えて安定させられるんじゃねえか?」
ゼロが生意気に胸を張る。艦長はその残骸を見つめ、静かに、しかし深く頷いた。
「よくやった、ゼロ・ドラート。これで、ガドルフの元へ向かうための『足』は揃った。リン、直ちに右腕の換装と、このスラスターの暫定的な組み込みを開始しろ」
「了解、艦長! 急いで適合OSを書き換えるわ! ゼロ、あんたも手伝いなさい!」
「おうよ! 徹夜でもなんでも付き合ってやるぜ!」
ボロボロの白いガンダムの下へ、工具を持った乗組員たちが集まっていく。
サテライトシステムの光を失ったウイングエックスが、ジャンクの街の技術と、ゼロの執念によって、今、新たなる『ディバイダー』へと変貌を遂げるための、激しい鼓動を打ち始めようとしていた。
**次回予告**
ゼロが持ち帰った謎の試作スラスター。
その解析が進む中、フォート・セバーンの外周部に、ルカス軍の不気味な偵察部隊が再び接近する。
カイル、ジュード、セレスの3機が応戦すべく出撃。
ゼロのいない戦場で、残されたガンダムたちが真の連携を見せる。
次回、『フォート・セバーン防衛戦』
**「新入り、お前の機体が直るまで、この街は俺たちが死守してやるよ!」**
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