僕は屋上の扉を前に立っていた。
階段を駆け上がったせいか、息が切れている。
扉の奥には京介が待っているだろう。
早く行こう。そう思ったのに、足が止まってしまった。
余計な考えが、頭の中をぐるぐると回る。
京介は僕の事が好きとか、本当かは分からない。それに、京介に謝ってしまえば、瀬尾くんとの約束を破る事になる。
京介は今、怒っているだろうか。謝れば、許してくれるのかな。
深く息を吸い、僕はそっとドアノブに手を伸ばした。でも、あとほんの少しという所で手が止まってしまった。
白く硬い扉が、鉄のボロい扉に変わった。狭い玄関。僕は裸足でそこに立っていた。
不安。この気持ちの正体はそれだろう。僕はあの日、すぐにドアを開ける事が出来なかった。不安な気持ちになると、いつもこの情景が浮かぶ。
僕は何で、ドアを開ける事を躊躇っているのだろう。
早く行けばいいじゃないか。ほら、早くしろよ。謝るって決めただろ。
伸ばした手が震えていた。
大丈夫だと、自分に言い聞かせる。余計な事を考えないよう瞼をぎゅっと閉じ手を伸ばした。
「何してんだお前」
「うあぁっ!?」
突然声を掛けられ、僕は飛び上がってしまった。
「…先生、」
「屋上に用でもあるのか?」
「えっと、、京介が…」
言ってしまい、ハッとして口を塞いだ。そんな僕の様子を見ていた木村は笑い、
「なるほどな」
と言ってドアを開いた。
「まっ」
僕の話を聞かず、木村は屋上に入って行った。
僕は呆然と立ち尽くしていた。
開いたままのドア。
僕は恐る恐るその奥へと進んだ。
「俺はゆきを呼んだんですが」
「まあそう言うな。及川もすぐ来る」
風が2人の髪を揺らす。
「何のつもりですか」
「お前も分かってるだろ。アイツはお前のものじゃない」
「……」
「先生、いくら先生だってこれ以上は」
「じゃあ高崎。及川がお前に助けてとでも言ったか?そして先生が嫌だとお前に言ったか?」
「…」
「話にならんな。お前はあいつの邪魔をしているだけだ」
「それはあんたがっ」
屋上から見える空は先程までは晴れていたのに曇り始めていた。
木村と京介が会話をしているようだった。こうやって見ると木村と京介の身長はほぼ変わらないな、なんて呑気な事を考えていた。
すると突然、京介が木村に掴みかかった。
「京介!」
名前を呼ぶと、京介はこちらを向いた。そして何か言いたげな顔をし、木村を掴んでいた手を離した。
「京介?」
「及川、行くぞ」
突然先生に手を掴まれ、そのまま出口へと引っ張っられた。
「まって!」
僕まだ京介と話をしてない。
僕は足を踏ん張り抵抗したが、先生の力には適わなかった。
「京介!!」
京介は木村に連れて行かれる僕を見ていた。
「たす…」
え、?
助けて、そう言おうとしたのに。
京介は僕からすっと目を逸らした。
ズキッ
京介、?
僕は抵抗をやめ、ただ呆然とした。
なんで、なんで、。
「きょう、すけ、」
声が震えた。
京介は、少しもこっちを見てくれなかった。
僕は先生に連れられ、気づいたらあの部屋の前に着いていた。
「先生、離して……」
「及川」
「なんで…」
「落ち着け。ちょっと無視されただけだろ」
「でもこんな事、1度も、」
なかった。今まで京介が僕に冷たくした事なんて。たったの1度も。
怖いんだ。もう元の関係には戻れないような、そんな気がして。
「大丈夫だ」
違う。僕に大丈夫だと言うのは京介だったのに。ここに居るべきなのは京介なはずなのに。
「及川…。泣くな」
違う、。
ボロボロと、涙が頬を伝った。
木村がハンカチで僕の涙を拭い始めた。前にそうしてくれたように、優しく。
木村は悪い人だ。
なのに、何で嫌いになれないんだろう。
ズキ、ズキ
京介は僕から目を逸らしただけだ。僕も、同じようにしてたのに。こんなに傷つくなんて知らなかったな。
ザー
雨の音。雨は僕の心を見透かすように降り注いでいた。
雨。僕はちゃんと京介を見ていただろうか。あの雨の日、京介は言ってくれたのに。僕は。
「先生、ごめんなさい」
「…そうか」
木村は何かを察したように軽く微笑んだ。止められると思ったのに木村は僕の背中を押した。
行かなくちゃ。僕の意思で。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!