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雨は何もかもを濡らすように振り続いている。
大雨の下、京介は屋上のフェンスの奥を見つめ、ポツンと立ち尽くしてした。
僕はピチャピチャと小さな水溜まりを踏み歩いた。その音に気がついたのか、京介が振り返える。
京介の瞳は複雑な色をしていた。でも、その色には見覚えがあった。
「…なんで来たんだ」
京介は静かにそう言った。
「さっきは話ができなかったから」
僕は強気で京介を見つめた。
「…」
でも京介は何も言わず、僕から目を逸らした。
「京介、ごめん」
謝って済む事じゃないのは分かってる。だが、この事については全部僕が悪い。
「いい。どうせ誰かに何か言われたんだろ」
京介は僕の言葉に何とも思っていないように淡々とそう言った。
「それは…」
「だからいいって言ってるだろ」
いい、と言っているが、もういいと、謝罪を受け入れる気がないと言っているようだった。
京介はまた、僕から目を逸らす。やっぱり怒っているのだろうか。胸の奥がズキ、と痛んだ気がした。
冷たい雨に寒さを覚え、雨の音がうるさく聞こえた。
「…ゆきは、俺の気持ちなんて知らないだろ」
京介が沈黙を破った。
「俺はずっと嫌だった。ゆきが俺以外の奴と話すのも、笑顔を見せるのも、触れるのも…。……俺はゆきが他人と仲良く出来ないようにずっとゆきの傍にいた。でも、ゆきは変わった。自分で俺から離れるようになって、俺に嘘ばっかつくようになった。俺はそれが嫌で堪らなかった。分かりやすいんだよ、。言わないって事は言いたくないんだろ。ゆきは俺に言いたくない事、沢山あるんだろ」
「……」
京介は、ずっとそんな事を思っていたのだろうか。だったら僕はどれだけ京介に嫌な思いをさせてしまったんだろう。…言いたくない事、それ言ってしまえば、全部が崩れてしまう。僕が死ぬと言ったら、京介はどんな顔をするのだろうか。
でも、少しだけホッとしてしまった。京介は僕の病気については何も知らないようだったから。
「…誰にも言うつもりはない」
それは本当だ。
「……。」
京介はまた僕を見た。
「…やっぱり、ゆきは変わったよ」
そう言う京介はなんだか少し悲しそうに見えた。
僕は変わったのだろうか。
「…6月から、ずっと」
ドクン、と心臓が跳ね上がった。6月は、病気が見つかった月だ。時々、思う事がある。京介は、気づいてるんじゃないかと。
「……」
また、沈黙が訪れた。僕は雨に何も感じなくなっていた。
「……何も言ってくれないんだな。いつか言うって言ってくれれば、それで良かったのに」
京介はそう言って下を向いた。
「あの時はもしかしたら、って思ったが、期待した俺が馬鹿だった、」
京介の声は震えていた。
「京介、違う」
僕は咄嗟にそう言い、京介の手を掴んだ。
「何も言えないくせに。もうこれ以上、耐えられないんだよ…」
そう言った京介は僕の手を振り払った。
「僕は…」
言おうとした言葉が、喉の奥に引っかかったように、出て来なかった。声が、出ない。
「……」
京介が、去っていく。まって、と言おうとしたのに僕は何も言えなかった。
手を振り払われた時、一瞬だけ京介の顔が見えた。京介は、泣きそうな顔をしていた。
空を見上げる。雨は痛いほど水滴を僕に叩きつけつける。僕はその場に経たり混んだ。
結局、言いたかった事何も言えなかったな、。あれ、僕って京介に何を言おうとしてたんだっけ。
(「ゆきは、俺の気持ちなんて知らないだろ」)
京介の言葉が蘇る。僕は京介の事を知らな過ぎた。
「馬鹿…」
結局僕は、自分の事しか考えていなかったのだ。そしてまた大事な人を傷つけてしまった。
僕は、どうすれば良かったんだろう。素直に病気の事を、余命を、告げていれば京介は納得してくれたのだろうか。……いや、これで良かったんだ。嫌いになってくれれば、僕が死んでも京介は悲しまなくて済む。
ハルが死んだあと、悲しいとか、辛いとか、そんな単純な気持ちじゃなく、僕は自分自身が憎くてたまらなくなった。自分を責め続けて、結局は壊れてしまった。
京介には、そんなふうになって欲しくない。それなら嫌われた方が良いだろう。僕の心なんてどうでもいい。皆が幸せなら、それで良いんだ…。でも、
どうしてこんなに胸が痛いんだろう。
「及川」
急に手を掴まれる。その手は暖かかった。
「風邪ひくぞ」
声がした方を見ると、木村がそこに居た。
「……先生…。」
気づくと僕は先生に抱えられていた。先生の腕の中は暖かかった。
木村は戻って来ない僕を心配して来てくれたんだろう。僕はふいにも、嬉しいと思ってしまった。