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――朝。
「……おぉ」
私はベッドの中で、一人つぶやいた。
何と今朝は、大きな声を上げることなく起きることができたのだ。
寝汗はやっぱり掻いているし、頭は痛いし、悪夢を見ていた記憶はあるものの、起きる瞬間はずいぶんと楽になった。
昨日より少しは悪化しているものの、それはきっとメインデルトさんが診てくれていなかったからだろう。
……しかし、これくらいであれば問題ない。今までに比べれば天国のようだ。
引き続き嫌な夜を過ごすことにはなりそうだけど、これからは徐々に良くなっていく……と、信じておきたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ナタリーさん、ブレント、おはよー」
「メイベルさん、おはようございます!」
「おはようございます!」
施療院の食堂で、私たちは朝の挨拶を交わした。
私がメイベル、エミリアさんがナタリー、ルークがブレント。
……いまいち呼び慣れない名前だから、どうにもそわそわしてしまう。
「ブレント、身体の調子はどう?」
「はい。やはり少しダルいですが、それ以外は問題ありません」
「少しダルい……っていうのがどれくらいか分からないけど、本当に大丈夫?」
「もちろんです。メイベルさんと徒競走をしても、負けない自信はありますよ」
「そもそも私、走るのがそんなに速くないから、参考にならない……」
――とはいえ、ルークの明るい表情を見れば問題は無さそうに思える。
ここのところ辛そうなルークを見続けていただけに、その表情だけでも私の心は軽くなってしまうのだった。
……でも、早く平穏な日常を取り戻さなくては。
「ところでメイベルさん。今日はどうするんですか?」
「そうですね……。
昨日は何だかんだで出掛けられませんでしたから、今日はいろいろと買い物に行こうと思います!」
「おお、何を買うんですか!?」
私の返事を聞いて、エミリアさんの顔がぱーっと明るくなった。
「食糧とお料理と、あとは新しい馬車とかですかね」
「え、馬車も買うんですか? ……馬だけじゃなくて?」
「せっかくだし、買っちゃおうかなって。
ほら、前の馬車はいろいろと目撃されて、覚えられているかもしれませんし」
「……なるほど、それもそうですね。
では馬車も替えて、心機一転ということで!」
「はい!
ちなみにお二人は、何か欲しいものはありますか?」
私の問い掛けに、ルークが小さく手を上げた。
「剣が欲しいので、武器屋に寄っても良いですか?」
「え? 剣って……何で?」
ルークには神剣アゼルラディアがあるけど――
「私が今着てる服は、一般的な冒険者といった感じじゃないですか。
この服に、あの剣は似合わなくてですね……」
……そういえば、確かに。
神剣アゼルラディアは、普通の冒険者が持つには立派すぎる代物だ。
ルークはカムフラージュ用に、普通の武器が欲しい……と言っているのだろう。
「うん、分かった。
ちなみに私が前に作った剣は、失くしちゃったんだよね?」
「はい、暗闇の神殿に置いてきてしまいました……。申し訳ございません」
「大丈夫、あれくらいなら材料さえあれば作れるから――
……って、今は作れないけど」
私は笑いながら、こっそりと錬金術スキルを試してみた。しかし、残念ながら何も起こらない。
悪夢の方は少しマシにはなったけど、錬金術の方はまだまだのようだ。
……本当に、これっていつ治るのかなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フィノールの街を歩きまわり、買い物がようやく終わったのは夕方のことだった。
食糧やお料理、馬車も無事に買うことができた。ルークの剣も、それなりのものを見つけることができた。
ここからクレントスまでは、馬車で1週間ほど。
順調にいかないことを想定して、食糧についてはかなり多めに買っておいた。
あとは毛布や燃料など、野営に必要なものも大量に買い込んだ。
さらに、以前食用として食い潰してしまった薬草関係も買い直した。
今はダメだけど、いつ錬金術が復活するかは分からないからね。
……そんなこんなで一日中あちこちをまわっていたのだが、今日はこのひと月の間で、一番楽しかった時間になったと思う。
やはり街の中は楽しいものだ。
「――さて、買うものは買いましたし、出発は明日でも大丈夫ですか?」
久し振りの街。
もう少しのんびりとしていきたいところではあるが、やはり安心はしきれない。
それに、あと1週間も進めばクレントスに着くのだ。
光竜王様が何を言っていたのか、私たちに何を見せたかったのか……それを早く知りたい。
願わくば、それを以てハッピーエンドと洒落込みたいところだ。
「はい、わたしは明日でも大丈夫です!
えぇっと……ブレントさんはいかがですか?」
「はい、私も問題ありません」
私たちの予定は、あっさりと決まった。
それでは明日の朝、早々にこの街を出て……そして、クレントスを目指すことにしよう。
「……あ、そうだ。
メイベルさん、預けているお金を少々頂いても良いですか?」
施療院に向かいながら、エミリアさんがそんなことを言った。
「はい、大丈夫ですよ。何か買うんですか?」
「メインデルトさんに、お酒の差し入れをしようかと思うんです。
お話をしていたら、お酒が好きなようでしたので」
「え? それなら私が出しますよ?」
とてもお世話になったのだから、それくらいは――
「ああ、いえいえ! 実はちょっと魔法を教えてもらったので、そのお礼も兼ねているんです。
だからここは、わたしに出させてください!」
「いつの間に……。でも、分かりました!」
さりげなく、日々魔法を覚え続けるエミリアさん。
ルークの圧倒的な戦闘力に隠れがちだけど、エミリアさんも実は急成長をしているのだ。
「ふむ……。
それでは私は、良い感じのグラスでもお土産にしますか……。
メイベルさん、私にもお金を頂けますか?」
「えぇー? 二人とも何かあげるの?
それじゃ、私も何か準備しないと」
「いえ、さすがに三人からだと多くないですか……?
施療院のみなさんにもお世話になっているのですし、メイベルさんはそちらをお任せしても良いです?」
エミリアさんは少し考えてから、そんな提案をしてくれた。
確かに、メインデルトさんばかりにお礼をするのはちょっとね……。
「分かりました、それでは私はその方向で考えてみましょう。
……って、もう夕方なのに、時間が無さすぎるのでは!?」
「あはは♪ ほんの気持ちで良いと思いますよ!
それではメイベルさん! ブレントさん! あそこの酒屋さんに寄って行きましょう!」
エミリアさんは私とルークを置いて、先に酒屋さんに向かって走り始めてしまった。
ルークは私の様子をちらちらと見ながら、エミリアさんに付いていくかどうかを悩んでいる。
いやいや、酒屋さんには行くけどね? エミリアさんにお金をまだ渡していないし。
……うーん。それにしても、施療院の皆さんにお土産か……。
一体何を上げれば良いんだろう……? うーん、うーん……。