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夜、ルークの病室に三人でいると、メインデルトさんが様子を見にきてくれた。
ルークを丁寧に診察したあと、ひとまずのところは問題が無さそうだということだった。
しばらく話をしたあと、頃合いを見計らって、エミリアさんがメインデルトさんに贈り物の話を切り出した。
「メインデルトさん、これを受け取って頂けますか?」
「うん? これは……おお! 酒じゃないか!
これを儂に?」
エミリアさんが酒瓶を差し出すと、メインデルトさんは嬉しそうな表情を浮かべた。
「はい! 魔法を教わったお礼と、ブレントさんを助けてもらったお礼です!」
「ふむぅ。……お礼なんぞは要らんのだが、酒は別じゃよな?
ありがたく頂いておこう」
「私からはグラスを贈らせてください。
一緒に使って頂けると嬉しいです」
「ほう! これは良いのう。
これもありがたくもらっておこうかの♪」
色の付いた綺麗なグラスをルークから受け取ると、メインデルトさんは笑顔を一際輝かせた。
――で、その流れのままメインデルトさんの視線が私に向けられる。
そりゃそうだよね。
「えー……えぇっと、私も何か贈ろうとしたんですけど――
私はむしろ、施療院の皆さんに何か贈れと言われてしまって……」
「ほっほっほ。それも然り、じゃな。
儂だけの力で治したわけでは無いから、儂だけがもらっていては他の者から文句を言われてしまうわい」
「あはは……」
「それで、一体何を贈るんじゃな?」
「話が出たのが夕方になってからでしたので、結局酒屋にしか行けなくて……。
皆さんには果実酒を買ってきたのですが、あとは施療院に少し寄付をしようかなと思っています」
「ほう! この施療院は貧しい者も受け入れておるからの。
金銭的なものであれば、とても助かると思うぞ?」
実際に施療院の中を歩いてみると、裕福そうでない人たちの姿をよく見かけていた。
だからこそ、苦肉の策で思い付いたんだけど……経緯はどうあれ、誰かが助かるならそれは良いことだよね、うん。
「ところで、ブレントの調子も今のところ問題ないということでしたので、明日の朝にこの街を発とうと思うんです」
「……おお、もう行ってしまうのか。
確かにブレント君は、しばらくは大丈夫じゃろう。ナタリーちゃんにも魔法を覚えてもらったし」
「え? そういえば魔法って、何を教わったんですか?」
思わずエミリアさんに聞いてみる。
「メインデルトさんが使っていた解呪の魔法を教えてもらったんです!
前提の魔法は覚えていたので、案外あっさりと使えるようになったんですよ!」
「……それなら、呪いが多少悪化しても対応できそう?」
「生命を食らって力を増す呪いのようじゃが、ナタリーちゃんがいれば大丈夫じゃろう。
それにしても飲み込みが早くて、教えていて楽しかったわい。儂の助手に欲しいくらいじゃよ」
「渡しませんよ!」
「ほっほっほ、分かっておるわい。
運命を共にする仲間を引き裂こうなんざ、儂は思いもしやせんよ」
そう言うと、メインデルトさんは静かな目で私たちを見つめた。
メインデルトさんは私たちの正体を知っている。だからこそ、私たちのこれからを憂いでくれたのだろう。
「……いつか私たちが落ち着くことができたら、改めてお礼に伺いますね」
「そうじゃな……。またどこかで会えると良いのう。
儂も、そこらをふらふら渡り歩いておるからな」
どこに行くかは分からない。だから、会いに行くことは難しいかもしれない。
しかし逆に考えれば、偶然どこかで出くわすこともあるだろう。……それはそれで、面白そうだ。
その後、寄付をするなら一番偉そうな先生に……と教えてもらった。
どうやらその先生がこの施療院の責任者だったらしい。
まさかそこまで偉い人だとは思っていなかったけど、これから寄付を申し出に行こうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メインデルトさんに教えてもらった部屋を訪ねると、一番偉そうな先生が部屋の中に案内してくれた。
狭すぎず広すぎず、しかし来客も一応できるようになっている……そんな感じの部屋だ。
ソファーに座ると、テーブルの上に置かれたパンに気が付いた。
「……お食事中だったんですか?」
「あ、これは失礼しました。
忙しくてつい、こんな時間になってしまって」
そう言いながら先生は、私を気にする様子もなくパンをかじり始めた。
偉そうだとは言え――いや、この施療院の中では実際に偉いんだろうけど、彼のことは他の場所でもよく見掛けていた。
施療院の運営に、患者の診療に……本当に忙しいのだろう。
「それよりも皆さん、調子が良さそうで何よりです。
メイベルさんもここを訪れたときより、ずっと顔色が良いですしね」
「え? そうですか?」
「そうですよ。あのときは……ブレントさんのこともあったでしょうが、本当にお辛そうで」
「あはは……。お恥ずかしい限りです……」
「いえいえ、本当に仲間のことを思っているのが伝わってきました。
私たちもどうにかお助けしたいと……。
……ただ、今回は老師に救われましたね」
先生はそう言ったあと、軽く息を吐いた。
メインデルトさんがいなければどうなっていたことか……そんなことを考えてしまったのだろう。
「でも、私はこの施療院の皆さんにたくさん助けてもらったと思っています。
だから、治療費の他にもお礼をさせて頂きたいんです」
「お礼? ……と言いますと?」
「急いで用意したので、こんなものになってしまうのですが……」
そう言いながら、私はアイテムボックスから果実酒の瓶をひとまず1本出した。
「ほう、これは美味しそうですね。
それにしても、メイベルさんはアイテムボックス持ちでしたか」
「はい。30本ほど持ってきましたので、あとで全部お渡ししますね」
「え、そんなにですか?
……それだけあれば、職員全員に渡すことができますね。ありがとうございます!」
先生はそこで、顔を和らげた。
数が少なければ配分するのも難しいが、数が多ければ簡単に配分できる。余計な心配をしないで済んだことに安心したのだろう。
「それと……、この施療院があって本当に助かったんです。
だから、施療院に金銭的な寄付をしたいと思うのですが……」
「え……? ここまでして頂いたのに、さらに……ですか?」
「はい。
ただ、ご覧の通りの冒険者なので、そこまでは多額では無いのですが」
「いえいえ! いくらであろうと、とても助かります!
正直なところ、職員の給金もままならない状態でして……」
「え、そうなんですか? てっきり王国や貴族から援助を受けているものかと……」
「援助は受けているのですが、ここ数年は減らされてしまいましてね……。
ずっと掛け合っているのですが、なしのつぶてで……」
……うぅーん。
今まで何回か王族や貴族には会ったことはあるけど、懐事情が厳しいように見えたことは一度も無かったんだよね。
上から下りてくるお金が、単純に減ったということなのだろうか。
現場の苦労は、会議室の人間には分からない。
そんな中、施療院の皆さんは一生懸命頑張っているのだろう。
……さて、それならどれくらい寄付をしようかな。
あまり多額すぎても『お前何者だよ!』ってことになっちゃうし、少額すぎても微妙そうだ。
職員の給金がままならない状態らしいから、それのひと月分くらいが良いかな?
1人あたり月25万円――金貨5枚だとして、職員が30人だとすると……金貨150枚か。
さすがに少し出し過ぎかな? それにキリも何となく悪いから――
「それでは、金貨100枚ほど寄付させて頂きますね」
「……ッ!?
そ、そんなに……?」
想像されていたよりは高額で、まずは一安心。
「以前の冒険で、たくさん報酬をもらったんです。
だから気にしないでください」
「いや、しかし――」
「ブレントの呪いは、冒険の中で掛けられてしまったんです。
冒険の結果で皆さんに迷惑を掛けてしまったのだから、以前の冒険の結果でお礼をしたいなと」
「はぁ……、そういう考え方もあるのですね。
それではありがたく、寄付をお受けいたします。本当にありがとうございます。
メイベルさんの名前は、しっかり残させて頂きますね!」
「あ、それは結構です」
「えっ!?」
私たちの旅の記録は出来るだけ残したくないし、そもそもその名前は偽名なのだ。
偽名なら良いかな……とは少し思ったけど、残すメリットは特に見当たらなかったので固辞することにした。
「……何と欲の無い……」
先生はそんな言葉を零したけど、そういうことでは無いので安心してください。