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「まあ」
両手に鎖を繋がれているとは思えないほど、カサンドラは優雅に笑った。
「ずいぶんと、物々しいこと」
その冷ややかな視線が、大広間に居並ぶ近衛騎士たちへ向けられる。
「第二王子が自軍を率いて王都を包囲し、今度は王妃であるわたくしを裁くのですか? 世間ではそれを『反逆』と呼ぶのではなくて?」
列席した貴族たちの間に、ざわめきと動揺が走る。
レオンが兵を動かして王都を包囲したのは事実だ。王妃たちを拘束し、暫定的に国政を掌握したことになる。その部分だけ切り取れば「不当なクーデター」と印象づけることができる――カサンドラはそう踏んだのだ。
だが、レオンの表情は一切揺るがない。
「そうだね。言葉だけを並べれば、僕が反逆者に見えるかもしれない」
その唇に、冷ややかな笑みが浮かぶ。
「だからこそ――証拠を見てもらおうか」
レオンがすっと片手を挙げると、老侍従が一つの魔石を運んできた。 親指ほどの大きさの、青白く濁った映像魔石。
「……老人のくせにしぶといわね、セドリック。そろそろ隠居したらどうかしら?」
カサンドラの毒のある呟きを無視し、レオンが告げる。
「これは、父上の寝室から命懸けで持ち出されたものだ」
魔石から光が放たれ、大広間の中央に鮮明な映像が浮かび上がった。 映し出されたのは、国王の寝室。
寝台の上には、生気を失った国王が横たわっている。 その傍らで、王妃付きの医師が薬湯の器へ危険な白い粉を投入し、さらに別の紙包みから黒ずんだ粉を容赦なく混ぜ合わせていく。
『睡眠草の濃縮粉に、魔力封じの薬まで……っ』 医師の手は小刻みに震えていた。『この量では、とても陛下のお身体が持ちません……!』
『……何か、勘違いなさっているようね?』
映像にその姿は映っていない。けれど、大広間にいる全員が、その声の主を知っていた。
『病人には、永遠に眠っていただきましょう。それとも……まだ何か?』
『い、いえ……っ!』
映像が大きく乱れ、一度暗転する。 次に映し出されたのは――顔に白い布をかけられた、物言わぬ国王の姿だった。
「……っ!」
大広間の至るところから、息を呑む音が漏れる。 映像の中では、先ほどの医師が震える手で革袋を受け取っていた。
――チャリッ。
重々しい金属音。革袋の表面には、黒百合をかたどったマレフィカ侯爵家の紋章が刻印されている。
『陛下の崩御は、当面の間は伏せておきなさい。医師は、陛下のお身体に保存処置を』
『は……はい』
『それから』
カサンドラが傍らに控える書記官へ視線を向ける。
『明朝の勅書朗読は、予定通りに執り行います』
『し、しかし……! 陛下のご署名がないままでは……!』
『心配はいりません』
扇が、ぱちりと音を立てて閉じられた。
『陛下もご病臥の間は、わたくしが政を預かることをお望みでしょう。王太子が成人するまで、この国には確かな導き手が必要ですもの』
そこで、映像はぷつりと途切れた。 広間に、重い沈黙が落ちる。
カサンドラだけが、嘲るような笑みを崩さなかった。
「……ふん。映像など、いくらでも細工できますわ」
「うん。そう言うと思ったよ」
レオンは動じない。
「エレナ」
呼ばれて、近衛騎士に付き添われた一人の侍女が前へ出た。
「先ほどの映像魔石を撮影したのは、私です」
「……!」
「王妃殿下と医師に気づかれぬよう、衣服の内側へ隠して記録いたしました」
エレナは、小さな薬包紙を二つ差し出した。
「こちらも、医師が立ち去った直後に陛下の寝室から回収したものです」
一方には白い粉。もう一方には黒ずんだ粒。 前へ進み出た大神官代行が、それらを検証する。
「白い粉は高濃度の睡眠草。そしてこちらは、体内の魔力の巡りを阻害する強烈な封魔薬です。長期にわたり投与されれば、意識障害と器官の衰弱を引き起こす……。先王陛下の御遺体を神殿で検分いたしましたところ、まったく同一の成分が検出されました」
再び、大きなどよめきが駆け巡る。カサンドラは即座に言葉を重ねた。
「わたくしは、そのような危険な薬だとは存じませんでしたわ。陛下は長年ご病気でしたから、信頼する医師へ治療を一任していただけです」
その白々しい言葉に、拘束されていた王妃付きの医師が、弾けたように叫んだ。
「……ち、違いますっ!」
大広間中の視線が集中する。 医師は顔面を蒼白にさせながら、必死に言葉を絞り出した。
「私は……王妃殿下に命じられたのです! 陛下を眠らせ続けろ、魔法を使えぬようにしろと……! 拒めば、家族を即座に処刑すると脅されたのです!」
「見苦しいわね。自らの失態を、わたくしへ押しつけるつもり?」
カサンドラが冷酷に切り捨てる。 すかさず、レオンが追撃した。
「では、勅書についても確認しようか?」
視線を向けられた書記官が、ガタガタと震えながら前へ出た。
「王妃殿下を摂政に任ずる勅書を作成したのは……私です。王妃殿下のご命令で、先王陛下が生前に書かれた文書を集め、その筆跡を模倣いたしました。署名も……私が書いた偽物です」
証拠として並べられる三つの文書。 先王本人の手紙、正式な王命書、そして偽造された勅書。 文字の払い方、筆圧の明らかな違いが並べられる。
「……でたらめよ。全員、レオンに買収されたのでしょう!」
カサンドラの声から、わずかに余裕が失われ始める。
「それなら、王妃の私印が押された命令書はどうかな?」
コメント
1件
わあ……第93話、一気に読ませていただきました!王妃カサンドラの優雅な笑みが崩れていく過程が、まさに圧巻でしたね。ひとつひとつの証拠が丁寧に積み上がっていく感じが、読んでいて手に汗を握りました。特にエレナの侍女が証言するシーン、映像魔石を仕掛けていたとか……!あの伏線の回収がゾクッとしました。王妃の「見苦しいわね」って台詞も、最後の余裕を感じさせてすごく良かったです。次が待ち遠しい……!