テラーノベル
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葬式の日は、朝から雨だった。
灰色の空。
線香の匂い。
静かな読経。
零司はほとんど何も覚えていない。
全部、
水の中みたいにぼやけていた。
ただ。
葵生の顔だけは、
嫌になるほど鮮明だった。
眠っているみたいだった。
今にも、
『零くん、そんな顔しないでよ』
って笑いそうで。
なのに。
もう二度と、
目を開けない。
⸻
何もかも終わった後。
零司は一人座っていた。
どれだけ時間が経ったのか分からない。
そこへ、
葵生の母が静かに歩いてくる。
「……零司くん」
零司は顔を上げる。
母親の目は、
泣き腫らして赤くなっていた。
でも、
もう涙は出ないみたいだった。
「今日は来てくれてありがとう」
「……当然です」
掠れた声。
母親は零司の隣へ座る。
しばらく、
何も言わなかった。
雨音だけが響く。
やがて。
「最後まで、あの子のそばにいてくれてありがとう」
零司は俯いたまま、
小さく首を振る。
「守れなかったです」
その言葉に、
母親の肩が少し揺れた。
「俺がちゃんと見てれば」
「零司くん」
「目ぇ離さなきゃ……」
「違うの」
母親は静かに遮る。
「あなたのせいじゃないし、ずっと守ってたじゃない」
何も言わない。
納得できるわけがなかった。
「本当にありがとう…」
その言葉は今の僕には重すぎた。
⸻
僕の部屋は、
時間が止まったみたいだった。
ソファに置かれたクッション。
読みかけの雑誌。
冷蔵庫には、
葵生が好きだったプリンがまだ残っている。
僕は玄関でしばらく動けなかった。
帰ってくる気がした。
『ただいま〜』
って。
いつもみたいに。
もしかしたら本当に帰ってくるのかもしれない。
でも……
静かなままの部屋が、
現実を突きつけてくる。
零司はゆっくり息を吐いて、
片付けを始めた。
服を畳む。
薬を捨てる。
書類を分ける。
淡々と作業していたはずなのに、
途中から何も分からなくなった。
葵生の匂いが残っている。
それだけで苦しかった。
「……」
目を閉じたけど 泣けなかった。
まだ、
実感できていないのかもしれない。
⸻
夕方頃。
テレビ台の下を整理していた時だった。
「あ……?」
奥に、
見覚えのないケースが落ちている。
白いDVDケース。
マジックで、
丸っこい字が書かれていた。
『零くんへ!』
見た瞬間、 呼吸が止まる。
嫌な予感がした。
でも、
目を逸らせなかった。
震える手でケースを開く。
中には一枚のディスク。
静まり返った部屋。
時計の音だけが響いている。
ゆっくり立ち上がり、
プレイヤーへディスクを入れた。
画面が暗く点滅する。
ノイズ。
数秒後。
『あ、あ〜。ちゃんと撮れてるのかな?』
聞き慣れた声が、
部屋いっぱいに響いた。
コメント
1件
トマチンさん、第9話拝読しました……。 雨の日の葬儀から始まる静かな重さに、最初から最後まで息が詰まりました。特に「葵生の匂いが残っている。それだけで苦しかった」という一文が胸に刺さります。まだ実感できず、泣けない零司の心の状態がひしひしと伝わってきました。そして最後のDVD──あの「零くんへ!」の文字を見た瞬間の嫌な予感、本当にうまいです。続きが気になって仕方ありません……!