「しばらく、旅に出ます。探さないでください。家出ではありません。自分探しです⋯⋯」
私はしばらく、旅に出ることにした。
王宮に書き置きを置いて最低限の荷物で旅に出る。
生まれながらの可愛い女は、いつだってトラブルの中心になってしまうのだ。
兄弟喧嘩を始めてしまった王子2人は、しばらく放置した方が良いだろう。
結婚相談所は一時お休みだ。
共同経営者の万能なルイ王子がなんとかするだろう。
突然旅に出るという行動は10歳の少女には出来ない。
39歳で勤続17年のCAだった珠子には恐れなく出来てしまうのだ。
同期とフライトが重なって一緒に観光に行ったり、食事に出かけたことなど最初の5年くらいだけだ。
結婚を決めると皆、勝ち誇ったように辞めていった。
辞める時のラストフライトに婚約者をのせたり、ウェディングハイになっているとしか思えない。
残された私はたった1人でふらふらすることが多かった。
1人焼肉も、1人観光も、カップルや家族連れが多い場所も居心地が悪いと感じる感覚はとうになくなっていた。
何かトラブルに遭ってもそれは旅の良い思い出だ。
声をかけられるような友人がいないのにイザベラの難題に応えようとした兄ルイスも、いつだって協力的なルイ王子もとりあえず放っておこう。
弄ばれ本命ではないことが多かった珠子時代、中身を磨こうとダンスを始めた私はダンサーにでもなるつもりだったのだろうか。
「イザベラ様、道中お供します」
見知らぬ騎士が護衛を申し出る。
私の行動を逐一チェックしていたのだろうか。
騎士は体が資本だから、彼はスポーツ選手に該当するだろう。
珠子時代、散々弄ばれてきたが、今なら見知らぬ彼とでも結婚までこぎつけることができそうだ。
10歳という若さと、生まれながら可愛い女の人生を歩みはじめて1ヶ月も経たぬ間に私は無敵感を感じはじめていた。
「まあ、大人が一緒にいた方が色々と良いでしょう。ついてきなさい、それから名はなんと言うのですか?」
推定年齢20歳の男と旅をするなど、普通の少女は危険なので決して真似をしてはいけない。
しかし、弄ばれたり、置き去りにされたり、散々スポーツ選手に雑に扱われてきた私には彼を連れていくリスクを一瞬で計算できた。
そして10歳の子が1人で出歩くリスクがそれを上回ることがわかったので、彼をお供として採用した。
「カルロスと申します」
爽やかで清潔感のあるカルロスは茶髪に色素の薄い茶色い瞳をしていた。
よく見れば、珠子時代最後に遭遇した元サッカー選手のクズ男に似ている。
爽やかで清潔感がある見た目など、なんの判断材料にもならないことを私はすでに知っていた。
彼女の仕事着を浮気相手に着せて、結婚直前の彼女の部屋で浮気するクズだとは私も珠子最後の日まで見抜けなかった。
「とりあえず、2年程、国外を旅してまわります」
私は大学時代、バックパッカーをしていた。
だから、本来なら1人でも世界を周れる自信があるが、子供だから大人を連れて行く。
発展途上国で井戸を掘ったことを就職試験でアピールしたが、あれは何をアピールしたかったのだろうか。
「おおせのままに。困ったことがあれば何でもおっしゃってください」
とても不思議な気持ちだった。
護衛騎士カルロスは普段の仕事を放り出して2年私についてきても良いのだろうか。
元サッカー選手と同じで、現職を放り出しては元騎士になってしまう。
しかし、大人がいないと補導されるかもしれないから元騎士カルロスは必要だ。
「なぜ2年か聞かないのですか? 義務教育であるアカデミーの入学には戻ってきた方が良いかと思っているからです」
彼は私の知るスポーツ系クズ男と違って無口なようだった。
沈黙に耐えられる男は好きだ、なかなか良い人材をお供に選んだようだ。
そして、私は義務と言われると、それを無視することができない。
奔放なようで無敵にはなりきれない39年の記憶がある私は、義務教育には戻ってくる選択をした。