テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「呼ばれてるッスよ」
朝。
しぇるたーの玄関で、霧矢が何気なく言った。
靴を履いていた鈴木の手が止まる。
「……誰に」
「合六サン」
その一言で、空気が変わった。
居間の奥。
ブラックコーヒーを飲んでいた冬橋が、ゆっくり視線だけを上げる。
霧矢はスマホを軽く振った。
「直々ッスよ」
鈴木の喉が、小さく鳴る。
今まで名前だけは何度も聞いてきた。
組織の頂点。
霧矢を拾った男。
冬橋を裏社会へ引き込んだ男。
──合六。
冬橋が静かに口を開く。
「……なんで鈴木まで呼ぶ」
「興味持ったんじゃないッスか」
霧矢は肩をすくめる。
「ルージュ案件に深く関わってるし」
嫌な予感しかしない。
冬橋はしばらく黙り込んでいた。
それから低く言う。
「俺も行く」
「今回は鈴木クンだけって」
その瞬間だけ。
霧矢の声から笑いが消えた。
冬橋の眉間に皺が寄る。
鈴木は言った。
「……行かなきゃダメか」
霧矢は迷いなく頷いた。
「おすすめしないッス。断るのは」
その一言だけで十分だった。
⸻
夜。
車は街外れへ向かっていた。
工場地帯。
煙突から煙が高く上がっている。
赤い航空灯だけが、暗闇に点滅していた。
助手席の鈴木は、窓の外を見たまま黙っていた。
霧矢は鼻歌を歌っている。
「緊張してる?」
「うるせぇ」
「あは」
笑う。
いつも通り。
「でも合六サン、そんな怖くないッスよ」
「お前基準だろ」
「失礼なぁ」
車がゆっくり止まる。
鈴木は思わず見上げた。
巨大な灰色のビル。
飾り気がない。
窓も少ない。
夜の中に、巨大な箱が置かれているみたいだった。
「……ここか」
「そ」
霧矢は迷いなく歩き出す。
エントランスには黒服。
誰も喋らない。
ただ、霧矢の姿を見ると自然に道を開けた。
敬礼する者までいる。
鈴木は少しだけ息を呑む。
霧矢は、この組織で特別なんだ。
それが嫌でも伝わってきた。
⸻
最上階。
静かな廊下。
足音だけが響く。
霧矢が扉を三回叩く。
「霧矢ッス」
数秒。
『入れ』
低く、落ち着いた声。
扉が開く。
広い部屋だった。
大きな窓。
夜景。
柔らかな照明。
高そうな家具。
その中央。
一人の男がソファに座っていた。
黒いスーツ。
整えられた黒髪。
年齢が読めない。
笑っている。
それだけなのに。
部屋の空気全部が、この男のものだった。
「初めまして」
男は穏やかに笑う。
「合六です」
鈴木の背筋を、冷たいものが這った。
怒っているわけじゃない。
威圧しているわけでもない。
なのに。
この人には逆らえない。
本能が、そう告げていた。
霧矢は迷わず頭を下げる。
「お疲れ様ッス」
その姿を見て鈴木は気付く。
霧矢は従っているんじゃない。
心から、この男を信じている。
合六は優しく笑う。
「直斗、少し外してくれる?」
「了解ッス」
返事は一瞬。
霧矢は何の迷いもなく部屋を出た。
扉が閉まる。
合六は鈴木へ視線を向けた。
「座って」
命令なのに。
お願いされているみたいな声だった。
鈴木は警戒したまま腰を下ろす。
合六は紅茶をひと口飲む。
「直斗から聞いてるよ」
穏やかな声。
「安西口紅を追ってるんだってね」
鈴木は答えない。
合六は責めなかった。
ただ静かに頷く。
「いいと思う」
「……は?」
「復讐」
微笑む。
「とても人間らしい」
その言葉が、妙に胸へ刺さる。
「大事な人を奪われたら」
「誰でも壊したくなるものだ」
自然すぎた。
心地がいい諭すような声。
「でも」
合六の笑顔は変わらない。
「君はまだ苦しいはずだ」
鈴木が目を細める。
「人を殺したい」
「でも殺せない」
「復讐したい」
「でも自分まで壊れたくない」
一つ一つ。
鈴木の心を言い当てていく。
「中途半端なんだ」
その一言だけが、少しだけ鋭かった。
部屋が静まり返る。
「直斗も昔、同じ顔をしていたよ」
鈴木の眉が動く。
「……霧矢が?」
「そう」
合六は懐かしそうに笑う。
「あの子ね」
「自分が人間じゃないって顔をしていたんだよ」
優しい声。
「だから居場所を与えた」
鈴木は黙る。
合六は窓際へ歩く。
夜景を眺めながら、小さく呟く。
「人はね」
「否定され続けると、自分を嫌いになる」
「直斗も」
「冬橋も」
「ルージュも」
少し間を置く。
「君も」
振り返る。
その笑顔は、どこまでも穏やかだった。
「だから私は」
「壊れた子を放っておけない」
優しい。
本当に優しい。
なのに。
その優しさは、人を救うためのものじゃない。
壊れたまま抱え込むための優しさだった。
合六が鈴木の名前を呼ぶ。
「鈴木くん」
静かな声。
「うちへ来るかい」
空気が止まる。
「居場所、ないんだろう」
その言葉に。
島の景色が浮かぶ。
雨。
凛子。
ルージュ。
そして今。
しぇるたー。
冬橋。
霧矢。
自分は、どこにも属していない。
合六は微笑んだまま続ける。
「復讐も」
「生き方も」
「全部、私が用意してあげよう」
その声は甘かった。
あまりにも優しくて。
だからこそ。
──その誘いは、底なし沼よりも恐ろしく聞こえた。
コメント
2件
合六さんが優しく笑うのメロすぎ、
うわ、合六さん……やばい人だ。 「壊れた子を放っておけない」って言葉、一見優しいのに、その奥に「壊れたままにして飼い慣らす」って意図が透けて見えてぞっとした。 霧矢が心から信頼してるのも、逆に怖いな……。 鈴木がどう返すか、次が気になりすぎる。
#御本人様とは一切関係ありません
🫧想美🎐🍏
561
#だけなんだ
だけなんだ
653
だけなんだ
3,529