テラーノベル
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3月初め、卒業式を間近に控えた午後。
みことはすちのアパートで、ソファに座りながら画面を覗き込んでいた。
「ここ、どうかな……ちょっと駅から遠いけど、間取りいい感じ」
すちは横からのぞき込むと、首をかしげた。
「築年数がちょっと……。みこちゃん、音とか気にするタイプでしょ?」
「う……それは、まあ……夜うるさいのは嫌かも」
「じゃあ、次」
すちがタブレットを操作しながら、別の物件を出す。
「駅から徒歩8分、1LDK。バストイレ別で、オートロック付き」
「……すち、そういうのチェックするの早すぎじゃない?」
「当然。みこちゃんと住む場所だよ。安全第一」
「……うれしいけど、ちょっと過保護だよ……」
みことが照れくさそうに笑うと、すちはそっぽを向いて「うるさい」と小さく呟いた。
そのあとも、家賃、間取り、駅までの距離、スーパーの位置、バス路線──
ふたりはじっくりと話し合った。
「一緒に暮らす」という言葉が、机上の夢ではなく、現実として形を帯びていく。
「……ねぇ、すち」
「ん?」
「一緒に暮らしたらさ。たぶん、うれしいことも、しんどいことも、これまでよりもっと増えると思うんよ」
「でも、それでも……一緒にいたいって思ってる。俺、絶対にすちとちゃんと暮らしたい」
すちは、何も言わずにみことの手を握った。
「俺もだよ。うまくやれる自信はないけど──一緒に悩んで、進んでいけたら、それでいいと思ってる」
みことは小さく頷いて、その肩に寄りかかった。
「じゃあさ……この春、“ふたりの家”に引っ越そうね」
「──そうだね、楽しみだよ」
ふたりはリビングに並んで横になりながら、物件情報をもう一度眺めた。
「……この部屋、見に行ってみようよ。来週」
「予約する」
「すち、動き早いな……」
「早く一緒に暮らしたいんだよ」
少し照れながらそう言ったすちの顔に、みことはそっとキスをした。
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週明けの晴れた午後。
不動産会社の案内で、ふたりは気になっていた1LDKのマンションを内見に訪れていた。
「じゃあ、お部屋はこちらになりますね〜」
案内人に導かれ、玄関を抜けた先には、シンプルなリビングダイニングが広がっていた。
「……思ってたより、広い」
「天井も高いね。日当たりも悪くない」
窓辺まで歩いて外を眺めたみことが、ふと笑顔を見せる。
「ここなら、朝の光でちゃんと起きれそう」
すちはリビングの隅を見ながら呟いた。
「ここにソファ置いて、テレビはこっちか。キッチンとも近いし動線もいいな」
「すち、完全に暮らす気で動いてるじゃん」
「そりゃそうだよ。ここ、みこちゃんと住む家だよ」
さらっと言われて、みことの耳が赤くなる。
「じゃあ、寝室見てみよ」
ふたりは隣の部屋──約6畳の洋室に移動する。
「……ベッド、どこに置く?」
「こっち側かな。窓から少し離した方がいいよ。カーテン閉めても明るいかもしれないし」
「そっか……じゃあ、俺はこのへんに机置いてもいい?」
「もちろん。みこちゃんのスペースはちゃんと作ろう」
「でも寝る時は……一緒のベッド、だよね?」
そう言って、みことがちらりとすちを見る。
「……みこちゃんが嫌じゃないなら」
「嫌なわけないじゃん……俺、すちと寝たいもん」
そんなみことの一言に、すちは少しだけ目をそらして小さく笑った。
「……なんか、最近甘えるの上手くなったね」
キッチンに移ると、みことはシンクの高さを確認しながら、
「これなら料理しやすそう。作業スペースも広い」
「冷蔵庫はあのへんだな。炊飯器と電子レンジ、棚をどう置くかも考えないと……」
「新しいフライパン買おっか。あと、二人分の食器も」
「みこちゃんのやつ、今使ってるの欠けてたしね」
「うぅ……言わないで。じゃあ、かわいいの探す」
ふたりの言葉が、まだ何もない部屋にふわりと響く。
家具も家電もまだなくても、「ここでふたりが暮らす」実感だけは確かにあった。
見学を終え、マンションの外に出たとき。
すちはふと立ち止まって、みことの手を握る。
「……この部屋、いいと思う。どうする?」
みことはまっすぐ、すちを見た。
「ここがいい。すちと住むなら、ここがいい」
「──じゃあ、ここにしよう」
「うん」
繋いだ手に、ふたりの覚悟が重なる。
春の匂いが漂う風の中、彼らはそっと未来に歩き出した。
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