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「……別に、二人の交際を反対している訳ではないんです」
「……え?」
テーブルの向かい側に座った陸さんの口から出たのは、弦から聞いていた重苦しい雰囲気とはまるで違う、静かで優しいトーンだった。俺は思わず一瞬、言葉を失って戸惑ってしまう。
「……ただ、僕には男性同士の恋愛というものが、どうしてもピンと来なくて。……男同士の、将来の形が見えないものに、一体何を求めて恋人になるのか。それが純粋に不思議なんです」
陸さんの瞳に嫌悪のいろは微塵もなかった。ただ、本当に未知のものを目の前にした子供のように、不思議で仕方がないといった様子だった。
「……空は小さい頃から自由奔放で、見た目もあんなに可愛いですから、両親も、勿論僕も彼のやる事は全肯定で受け入れてきました。甘えん坊で、でも頭もよくて、なんでも器用にこなす弟が、僕の自慢であり、憧れでもあったんです」
それは、痛いほどよくわかる。俺だって洸くんに対して、ずっと同じような気持ちを抱いてきたから。勿論、弦には弦の不器用なりの良いところがあって、俺にとっては二人とも、命に代えてもいい自慢の弟たちだ。
「……受験に失敗して、部屋に引きこもる前は、高校でもすごく人気者で。学校一可愛いと噂される美少女と付き合ったりもして、本当に映画で見るような生き方をしてる子だったんですよ」
陸さんはふっと目を細めて、どこか遠くを見るような、少し寂しげな笑みを浮かべた。
その横顔を見て、俺の胸がちくりと痛む。陸さんの中で、空くんの時間はあの輝いていた高校生の頃で止まっているのかもしれない。
傷ついて、部屋に閉じこもって、でも、弦と一緒に必死に自分を再生させようとしていた空くんの戦いを、この人は見ていないのだ。
だからこそ、俺は一歩も引く気はなかった。椅子の上で拳を握りしめ、陸さんの綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「……今の空くんが、陸さんの思い出の中にある空くんとは、違う生き方をしているのは確かです。でも、弦と空くんにも、ちゃんと二人だけのストーリーがあって、結果としてお互いを想い合って、恋人同士になったんです。だから、僕には、二人を応援したいという考えしかないんです」
一言一言に力を込めて、二人が紡いできた時間を俺が証明するように告げた。男同士とか、そういう世間の枠組みなんて関係ない。暗闇にいた空くんの手を引っ張って、ここまで連れ戻したのは紛れもなく弦の真っ直ぐな光だった。
俺の言葉を、陸さんは遮ることなく静かに聴いていた。その表情は相変わらず穏やかで、何を考えているのか読めない。やがて、彼はゆっくりと息を吐き、納得したように小さく頷いた。
「……それは、僕も同じ気持ちです。僕の知らないこの長い期間に色んなことがあって、今、弟の心が救われて部屋の外に出ることができた。それは本当に凄いことです。でも、何故親友じゃダメなのか──秀太さんが僕に教えてくれませんか?」
「え?」
陸さんは少しだけ身を乗り出すと、その綺麗な目を真っ直ぐに俺に向けてきた。
「男性同士の恋愛の意味を。……僕が次の海外出張に向かうまでの一ヶ月間、僕と本気の恋愛をしてもらえませんか?」
「え……いや、ちょっと待ってください」
何を言われているのか、一瞬脳の理解が追いつかなかった。
挨拶くらいしかしたことがないお隣さんと、たった一ヶ月で本気の恋愛? 確かに陸さんは、世間の誰もが羨むようなスペックをすべて兼ね備えた男や。やけど、そんな薄っぺらい上辺だけの関係から、どうやって一ヶ月で本気になれって言うねん。
まだそれなら、もとちゃんの方が可能性はある。
脳裏に、あの酒屋の秘密基地で笑うあいつの顔が過った。俺はあいつのほぼ全てを知っている気がするし、何より、今のカットした状態のあいつの見た目は、俺のドンピシャのタイプや。
……いや、ちゃうわ! 違う、なんでこんな大真面目な修羅場で、ただの幼馴染のあいつを引き合いに出してんねん、俺は!
混乱する俺をよそに、陸さんはどこまでも冷静に、甘い罠のような条件を突きつけてきた。
「……本気の恋愛なので、勿論、今回の目的は全ての人に秘密にしてください。意味がわかった暁には、空と弦くんの交際を、心の底から応援すると約束します」
……こいつ、言うたな。吐いた唾、絶対に飲まんとけよ。
「……わかりました。可愛い弟の為なら、僕はなんだってします」
「僕だってそうです。弟の為なら、誰を敵に回しても構わない」
ぐぬぬ、こいつ……。悔しいけど、俺と全く同じ目をしてる。
これは、こじらせたブラコン同士の戦いや。こいつには弟が一人しかおらんけど、こっちには弦と洸くん、二人もおんねん。
弟二人分のブラコンパワー、舐めんなよ。一ヶ月で絶対にギャフンと言わしたるわ。
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