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#オリジナル
モノクロナツキ
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それにしても、たった一ヶ月で相手を本気にさせる方法って、一体なんなんやろう。自分の部屋への数歩の帰り道、俺の頭はそれだけで爆発しそうになっていた。やっぱり、まずは見た目が大事なんか? 陸さんの好きなタイプの服装とか……いや、でも相手は元々男が恋愛対象じゃない人や。男がいくらセクシーな服を着たところで、何の刺激にもならんやろうし、最悪の場合は逆効果もあり得る。それじゃあ、ボディタッチか? ……下手したら、それ以上の実力行使もやむを得ん状況になるんか?
ぐるぐると不穏な想像を巡らせながら、我が家の玄関のドアをそっと開ける。
「秀太……! どうやった?」
家の中へ入った直後。落ち着かない様子で玄関に潜んでいただろう弦が、すかさず声を潜めて話しかけてきた。
「大丈夫や。お前らは心配せんと、いつも通り仲良くしとけばええ。やけど、陸さんが一ヶ月後に向こうに戻るまでは、二人きりになるのはこっちの家だけにしとき。あと、しばらくは陸さんと鉢合わせる可能性がある時間は外でもベタベタせんこと。きちんと俺と陸さんの間で、納得できる話し合いができるまでの辛抱や」
「……わかった」
珍しくシュンとして元気のない弦の肩を、ぽんと叩く。
リビングへ入ると、空くんも少し顔を曇らせた様子で、洸くんとソファに向かい合って座っていた。
「秀太さん、おかえりなさい」
「秀太にぃ、おかえりぃ! 遅かったな? お疲れ様」
何も知らない洸くんが、いつも通りの愛おしい笑顔で俺に笑いかけてくれる。純粋で、ほんまに天使みたいな子や。この子が俺たちの抱えている問題を何も知らんまま、毎日笑顔でいてくれることを本気で願う。
「おぅ、ただいま。空くん、今日はこっち泊まっていくか?」
「え!? 空くん泊まんの!? じゃあ俺の部屋で一緒に寝ようよ!」
無邪気に声を弾ませる洸くんに、張り詰めていた俺の気持ちが思わず和む。しかし、空くんは困ったように眉を下げて立ち上がった。
「あ……いや、兄貴も帰ってきたし、家に戻ります。皆さんにご迷惑かけるし……」
「ん?空くんのお兄さん帰ってきてんの? 俺、挨拶したい!」
「いや、陸さんも長旅で疲れてはるやろし、また偶然会った時にでも挨拶したらええわ。な、洸くん」
俺が慌てて割って入ると、洸くんはつまらなそうな顔をして、「はぁい」と拗ねたように生返事をした。
ごめんな、洸くん。せっかくお隣の空くんと友達になれたのに、こっちの都合を押し付けてもうて。
でも、今、このギスギスした雰囲気を洸くんに味合わせるわけにはいかん。それに、洸くんは勘の鋭い子や。もし何かを察したら、きっと「自分も二人の助けになりたい」と無理して願うはずや。
もし、俺じゃなくて、陸さんの興味が、洸くんに移りでもしたら──。
そんなこと、考えただけでもゾッとする。
弟は俺が守る。弦と空くんの未来も、洸くんの平穏な日常も、全部俺がこの一ヶ月で守り抜いたる。
♢
「おはようございます、秀太さん」
「え、あ、おはようございます。……陸さん」
翌朝、いつものように玄関を出て早々、エントランスで待ち構えていたかのようなタイミングで陸さんと出くわした。
「あ! 空くんのお兄さん! おはようございます。空くんとは日頃仲良くさせてもらってます!」
ニコニコといつもの可愛い笑顔を浮かべた洸くんが、無邪気に陸さんの方へ駆け寄って挨拶をする。
……これはあかん。こんなピュアで可愛い子を見たら、陸さんの興味がこっちに動いてしまう。少しでも洸くんに興味を持たれたら終わりや。俺が盾になって守らな。
俺は咄嗟に動き、洸くんの前に割って入るようにして陸さんへ声をかけた。
「陸さんも、今からお仕事ですか?」
「いえ、今日は休みで。よかったら秀太さんのお店まで、車で送って行けたらと思いまして」
空くんにそっくりな、どこまでも爽やかな笑顔でそんなことを言われたら、面と向かって断りにくい。
「勿論、弟さん?……もご一緒にどうぞ」
陸さんは俺の後ろを少し覗き込むようにして、洸くんに優しく微笑みかけた。
そうか、初めて陸さんが家に挨拶にきてくれた時は、まだ洸くんは俺と一緒に住んでへんかったから、二人がちゃんと話すのはこれが初めてなんや。名前も知らん他人の状態のまま、この場をやり過ごす方が安全やな。そう思っていたのに。
「弟の洸です! さんずいに光と書いて洸です!」
俺の背中の後ろから、茶目っ気たっぷりに自ら自己紹介をしよった。
ほんま、あかんて洸くん! そんなに簡単に懐いたら、お兄ちゃんこっちの心配も増えてまうわ!
「……洸くん。可愛くてピッタリな名前ですね」
「ふふっ、そうでしょう?」
「陸さん! お心遣いありがとうございます。でも、店の前は車を停めるところもありませんし、毎朝、弟と2人でお店の会議をしながら電車に乗るのが日課になっているんです。なのでお気持ちだけで!」
洸くんに向けられる陸さんの視線を遮るように、俺はもう一度ぐっと前に出て、陸さんの興味を強引に自分へと引き戻す。
……あかん、これはしんどい。一ヶ月間、毎日こんな風に神経をすり減らさなあかんのか。
「……いいんですか? 本当に」
陸さんは一瞬だけ目を細め、何かを見透かしたような意味深な笑顔で俺に笑いかけてきた。
……あかんよな。ここで頑なに拒否して、逆に洸くんに興味を持たれたら元も子もない。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。駅までお願いできますか?」
「はい、勿論。喜んで」
あーもう、ズルいわ。笑ったら空くんと同じ顔なんやもん。こんなん、洸くんが警戒心なしですぐに懐いてしまう。
マンションの駐車場に停めてあったのは、ピカピカに磨かれた真っ黒な高級車だった。陸さんが持っているキーのボタンを押すと、ピッ、と静かな電子音が響いて鍵が開く。
「ずっと海外出張で置きっぱなしだったので、少し埃臭くてすみません。今朝、一応掃除したので大丈夫だと思うんですが」
さっきまでの完璧な余裕とは少し違う、こちらを気遣うような様子が垣間見えた。
掃除って、もしかして……俺を送り迎えしようと思ったから、わざわざ朝早くからやってくれたんか?
重厚なドアが開くと、半年以上ほったらかしにされていたとは思えないくらい、上品な香りが漂う綺麗な車内が広がった。
「うわ、車乗るの久しぶりかも!」
洸くんがワクワクした声を上げながら、当たり前のように先に後部座席へと乗り込んでいく。
そういえば、俺も車に乗るのなんて久々やな。うちの店は2軒とも駅前やから電車の方が便利やし、どうせ車があっても行くのはもとちゃんの家くらいで、なんやったらあいつがいつも送り迎えしてくれてたから、車なんてだいぶ前に手放してもうたんやった。
そんなことを思い出しながら、俺も洸くんの隣に乗り込もうとした──その瞬間、バタン、と目の前でドアを閉められる。
「……秀太さんは、僕の隣にどうぞ」
ニコッと完璧な笑顔を浮かべた陸さんによって、助手席側のドアを開けられた。
……いや、大丈夫や。陸さんの興味は、まだ洸くんには移ってへん。俺がこの特等席で、一ヶ月間こいつの目を釘付けにしてみせる。
覚悟を決めて助手席に滑り込み、シートベルトを引く。高級車特有の重厚なドアが閉まると、外の雑音が遮断され、一気に陸さんの空間に閉じ込められたような錯覚に陥った。
静かにエンジンが始動し、滑らかに車が動き出す。
「お二人は一緒に働いてられるんですか?」
バックミラーで後部座席の洸くんを優しく見つめながら、陸さんが何気ないトーンでハンドルを握る。
「はい。少し前にオープンした美容室で2人一緒に」
答えた瞬間、俺は「あ……」と心の中で舌打ちした。
なんや、こういう事はあんまり言わん方が良かったか?
いつも通り礼儀正しく、ただの世間話のフリをしてるだけなのに、どんどん個人情報がバレる方に誘導されてるみたいでちょっと怖い。
隣に座る陸さんの横顔を盗み見るけれど、相変わらず端正な顔立ちは穏やかで、企みなんて何も見えてこない。だからこそ、底が知れなくて余計に不気味や。
「へえ、兄弟で同じお店に。素敵ですね」
「あ、でも、僕だけが一号店に行ってる事も多くて。思ったより一緒にいれる時間もなくて……」
うわ、俺又やってもうたな。これじゃ、俺がおらん時間狙って洸くんの予約取られたらどうしようもないな。
乗り慣れない高級車の助手席で、陸さんの興味が少しでもこちらに向くように、そして洸くんに余計な質問が飛ばないように、俺はそこから駅に着くまでの間、くだらない話を必死で永遠にし続けた。