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うたは生後三ヶ月ほどのキジトラ猫だ。野良の母猫が生んだ子供だった。うたが斉唱(せいしょう)一家に迎えられたのは桜咲き誇る春だった。斉唱啓太(せいしょうけいた)、斉唱道乃(せいしょうみちの)、斉唱万陽(せいしょうまはる)、斉唱敬真(せいしょうけいま)、斉唱芳樹(せいしょうよしき)、斉唱十重(せいしょうとえ)の一家だ。率先して世話したのは小学二年生の娘、十重、中学二年生の敬真、小学五年生の芳樹だった。しかし、構いすぎてうたが逃げてしまうことがよくあった。そして一番うたに興味がなかったのは、長男、万陽だった。世話はもちろん、撫でてやることもしなかった。本当は家族で一番ほどの動物好きなのに。
理由は、反抗期だ。ちょうど真っ只中で、相棒はスマホただ一人。一緒に遊びたがる妹の十重を荒っぽく追い払う。そんな感じなのだ。ただ、この万陽こそ、うたが大好きな人だった。
誰にもしないお出迎えを万陽にだけはした。甘えたし、構って!と猛烈アピールをしていた。万陽も、うたが来て五ヶ月ぐらい経つと、ちょっとだけ触ったり、おやつを与えたりした。
うたが元気をなくしたのは、そんな時だった。急に食欲をなくし、じっとうずくまっていた。急いで病院へ行くと、FIP(猫伝染性腹膜炎)かもしれないと言われた。病院へ連れて行った啓太と道乃は眼の前が真っ白になる感覚を味わった。大手病院で見てもらうと、最初は膵炎と言われたが、さらなる診断をすると、最も恐れていたFIPだった。FIPは猫コロナウイルスというウイルスだ。元々多くの猫たちが持っているが、強毒ウイルスに突然変異してしまったときにFIPとなってしまうのだ。
子猫などはあっという間に死んでしまう恐ろしい病だ。肉芽腫などのできる「ドライタイプ」と腹水がたまる「ウェットタイプ」の二種類があり、うたはより難しく厳しい「ドライ・ウェット」の複合型だった。
色々あり、夫婦は「家で看取ろうと思います」と獣医師に告げた。
発病して一月。痙攣がいつもより長く、終わらなかった。子どもたちも悟ったのだろうか。反抗期で感情をあまり出さない万陽は乾いた目にぶわっと涙を湧き出した。敬真も、芳樹も。嗚咽をあげ始めている。一番下の幼い十重は、反応は遅れたものの、泣き出した。
万陽は自分の布団に横たわるうたに、手をゆっくりと近づけた。「触っちゃだめ。びっくりしちゃう。」道乃はそう言って万陽の肩に手を置いた。「だめ。後悔する」蚊がなくような声で万陽は言った。
そして手を、ゆっくりと近づけた。自分の口元に近づいてきた大好きな万陽の手を、うたは何もせず、拒まなかった。万陽の涙で濡れた手で触られても、嫌がらなかった。「うた‥」泣きながらそういう万陽の声に、うたの瞳孔がゆらりと動いた。「うた…うた‥!」何度も何度も泣きながら万陽は言った。ぽつん、ぽつんと万陽の涙が頬をつたってうたに落ちた。でも、うたはまだ生きていた。呼吸を荒くしながら万陽は言った。「うた、うた。まだ生きてよ。まだ半年しか生きてないよ?もっと生きよう。生きてよ。俺と一緒に暮らしてよ。うた‥うたは、うたに興味が無かった俺を愛してくれたろ?俺もうたを愛すよ。大好きだよ。だから、だから……うた‥」敬真も芳樹も十重もそぅっとうたに触れた。しんみりとした感触が伝わってきた。
「うたが動かなくなった」敬真がまるで魂を無くしたように呆然と呟いた。その時、万陽と道乃は確かに聞いたのだ。
うたがいつものようにゴロゴロと喉を鳴らすのを。短い猫生でゴロゴロを最後に使って事切れたのだ。
家族全員でうたの毛を綺麗にブラッシングし、歯を磨き、爪を切ってやった。道乃が、そっとうたのひげを2本抜いた。こうやって亡くなった猫のひげを取っておくのはよく見られることだ。
うたは最後の夜を家族と過ごした。
うたが亡くなったその瞬間から誰も話さなかった。
ある夜、道乃は夢を見た。道で手のひらサイズのずっとずっと小さなうたを見つけ、手に包んで連れて帰った。そうっと手を開けると、手の中はからっぽだった。ふと見るとうたがよく寝ていた万陽のベッドに黒色の犬とおしくら饅頭のようになって丸くなって寝ていた。そこで、道乃がハッとすると、目が覚めた。
翌日、「また猫を飼いたい」万陽と敬真が言った。驚いて理由を聞くと、はじめは言わなかったが、こんな事を言いだした。
「俺ら、夢を見たんだ。」「うん。道で小さなうたを見つけて連れ帰って。で、そしたらうたがいつのまにか兄ちゃんのベッドに寝てたんだ。」「万陽の?」「うん。そばに犬と猫がいた。」「で、俺らが、『うた』って呼んだら、パチって目を開けて。にゃ〜おってかわいいく鳴いたの。」「それで?」「それで目が覚めた。」
「ママはね、いいと思うよ。パパもね。」「お願い」敬真が言った。万陽はうつむいて黙ってしまった。そしてぽつんと、涙をこぼした。その涙には、誰も気づかなかった。「でも…うたに似ている子は嫌だ。」万陽はそれだけいうとどこかへ行ってしまった。
そこで道乃は夫、啓太とともに、お世話になっていた動物病院に、「新しい子猫を迎えたいんですけど、里親募集している子はいますか?」と聞きに行った。すると、「うたちゃんにそっくりな子たちがいます。」と奥の部屋に案内された。
ガチャ、と、ドアノブを開けるとそこにはほのぼのした世界が広がっていました。一匹の子猫が、キャットタワーから垂れたふわふわのピンクのじゃらしをぱちんっと叩いていました。そしてその側にもう一匹、子猫がいました。
「わぁ。そっくり。」一郎というキジトラの子猫を見たとき、道乃さんは直感でそう思いました。オスですが、本当にそっくりです。そして、その一郎にはとっても仲良しな兄弟がいました。
弟の翔平です。一郎はキジトラ一色ですが、翔平はお腹のあたりが白いキジ白でした。夫妻は、子どもたちには内緒で、この兄弟を家族に迎えることにしました。
家に帰るとしまっていた、うたが使っていたキャットタワーをせっせと組み立てている敬真と吉敷と十重は、一郎と翔平を見るなり、「え!二匹?!」と驚いた。そして泣きながら喜んだ。三人の心底嬉しそうな笑顔は、うたがいた時と同じだった。
翌日、二匹を迎えた動物病院から白い花束が届いた。その気持が嬉しくて道乃は思わず、涙をこぼしてしまった。
大きくなった二匹は、家族の肩に乗ることが大好きだ。はじめは羨ましそうに見ていただけの長男、万陽にもやんちゃに遊びに誘うので、相好を崩し万陽も遊び始めいた。
一郎と翔平。この子たちと一緒に、斉唱家は生きていくのです。
あとがき
こんにちは!最後まで見てくださってありがとうございました!この子達は救われた子たちですけど、救われず亡くなっていく動物たちもいます。犬猫殺処分は、うちが病んでリスカするより、何億倍も重大な問題です。
動く物とかいて動物といいますが、物ではありません。素晴らしく、かけがえのない命です。どうか大切にしてください。