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冷たい朝の光が倉庫の薄いカーテンを通して差し込み、床に淡い線を描き、微かに埃が舞う中で静かな空気が倉庫全体を包み込んでいた。アマリリスは目を覚まし、まぶたの裏に残る昨夜の戦闘の残像を払いながら、ゆっくりと伸びをし、重く鈍い筋肉の感覚を確かめるように手足を動かした。
床に置かれたリュックや装備、昨夜使った武器はすでに整理され、整然とした位置に収まっており、彼はその横を通りながら昨日の戦いでの感覚を反芻する。呼吸を整え、ゆっくりと起き上がった彼は、倉庫内に残る静寂に耳を澄ませた。
微かに軋む床板の音、風で揺れる窓枠の振動、遠くの街のざわめきが遠くに聞こえるが、今はそのすべてが彼の意識の奥で静かに吸収される。
倉庫の片隅に置かれた古びたテレビに自然と視線が向かう。普段は何気なく流れているニュース番組や情報番組だが、今朝は違った。画面に映し出されたのは、昨日起きたロビー前での惨状、逃げ惑う民衆、点在する血痕、倒れた者たちの姿、そして並行のチーターによる暴虐の現場の映像だった。
映像は冷静で無機質に、しかし明瞭に惨状を映し出しており、アマリリスは画面に釘付けになった。心臓の奥で鼓動が速くなる。胸の奥で冷たい感覚が広がり、昨夜の戦いの光景がフラッシュバックする。自分が民衆を守ろうと動いたこと、チーターを追い詰めたこと、そして避けきれなかった犠牲者の数々が次々に頭の中に浮かぶ。
画面のナレーションが淡々と状況を説明する。
「昨日午前十時頃、バンカラ街ロビー前において、多数のチーターが不明の存在により殺害される事件が発生しました。現場には多数の銃痕や刃痕が残されており、住民たちは混乱の中で避難しました。」
アマリリスは視線を画面からそらせず、無意識に指先を軽く握りしめ、胸の奥で何かが締め付けられる感覚を覚える。自分が戦ったこと、命を救おうとしたこと、だがそれでも多くの命が失われた事実が、現実としてここにある。
画面に映る民衆の表情は恐怖に染まり、逃げ惑う足音や叫び声が音声として流れなくとも、映像から痛烈に伝わってくる。アマリリスは椅子に腰掛け、手を組み、指の関節を押しながら静かに目を閉じ、胸の奥で感情の波を整理する。淡々と、しかし確実に昨日の戦いの意味と、自分が行った行動の結果を噛みしめる。
その間にも倉庫内では、エルクスがすでに目を覚まし、テレビに目を向けていた。彼は映像を分析するかのようにじっと画面を見つめ、眉間に微かに皺を寄せる。
「確かにあれは並行のチーターだった。民衆への被害は最小限に抑えたつもりだが、やはり数が多すぎた。」
言葉の奥に責任感と冷静な分析が込められていた。キヨミは台所の方で簡単な朝食の準備をしながら、画面を横目で確認する。ミアはまだ半分眠りながらもパンを手に取り、画面の情報に目を向けている。
倉庫内の静寂と朝の光のコントラストが、昨夜の戦いの残像と現実の情報を強く結びつける。
テレビのナレーションが続く。
「事件に関して、目撃者からは未確認の狩人によるチーター駆除の可能性も示唆されています。現場周辺の住民は、犯人の正体について一切知らされておらず、また、チーターがどのようにしてこの地域から姿を消したのかについても不明です。」
アマリリスは目を細め、拳を軽く握りしめ、指先の微かな震えを感じながら、昨夜の戦闘を思い返す。逃げ惑う民衆を庇いながらチーターを追い詰めたこと、倒す際に全力を尽くしたこと、しかしそれでも避けきれなかった犠牲者のこと。胸の奥で絶望と怒りが渦巻く。彼は声を小さく絞り出すように呟く。
「チーターなんてものがいるから…!!」
その声は倉庫の静寂に吸い込まれ、誰の耳にも届かない。ただ自分自身の心に深く刺さるだけだった。エルクスは淡々と画面を見つめ、必要な情報を整理するかのように分析を続ける。
「映像を見ると、被害の全貌がよくわかる。俺たちの手で駆除したとはいえ、民衆の安全が完全に保証されるわけじゃない。今回の事件は、俺たちの力だけではどうにもならなかった部分がある。」
アマリリスは軽く息を吐き、深く頷く。胸に去来する罪悪感と絶望を押さえつけ、次にやるべきことに意識を向ける必要があると自覚する。
テレビ画面は現場で避難していた人々や被害の様子を映し続ける。アマリリスはその映像を見つめながら、昨夜の戦闘での自分の動き、民衆を守ろうとした自分の判断、チーターの排除に費やした力の全てを思い返す。胸に痛みが走り、目の奥が熱くなるが、それを押さえつけて次の行動に思考を切り替える。
倉庫内の仲間たちはそれぞれに状況を把握し、エルクスは冷静に次の戦略を頭の中で描き、キヨミは情報と感覚を整理し、ミアはまだ半分眠りながらも、次の指示を待つ。
アマリリスは立ち上がり、昨日の戦闘装備を肩にかける。視線を倉庫内の仲間たちと交わし、無言のまま次の行動を決める。テレビの画面には次のニュースが映る。
「今後、被害の全貌と犯人の正体について、さらに調査が進められる見込みです。」
アマリリスは一度深呼吸をし、心を落ち着け、昨日の戦闘の余韻と民衆の被害の現実を受け止める。そして倉庫の仲間たちに向かって静かに言う。
「…行くぞ。今日も仕事がある。」
光と影が交差する倉庫内で、彼らの朝は始まった。画面の情報が彼らの行動の指針となり、同時に昨夜の戦闘の現実を再確認させる。
エルクスはいつもの軽口を抑えて真剣な顔をしており、キヨミはノートにびっしりと書き込みを続け、ミアは不安そうに手を擦り合わせながらも耳をそばだてている。アマリリスはコートのフードを下ろし、短く落ち着いた声で話を始めた。
「今までの状況を整理する。これまでに確認できている直近のチーターは、刃、灼熱、歪曲、ラグ、透明、幻覚、毒霧、血、並行、鎖の10体だ。誰がどの個体を仕留めたか不明な点もあるが、我々の得られる確実な事実は『発生地点』『発生時間』『痕跡の形』と、現場に残る神秘の結晶だけだ。」
エルクスはじっと3匹の顔を見渡す。
「つまり、断片が多い。だがまとまった大事件は今のところない。それが逆に怖い。大きく動く前の静けさかもしれん。民衆の動きは不安定、掲示板とメディアが一気に喚起してるからパニックの芽は十分にある。」
キヨミがページをめくりながら補足する。
「被害の形態はバラバラ。射撃痕、切創、毒の痕跡、幻覚被害の報告。共通してるのは現場に神秘が残ること。あの粉が何を意味するかを今回の最重要課題に据えるべきだと思う。」
ミアは小さな声で言った。
「でもさ、私達は刃も銃も持ってる。でもいつも皆が言うように『やり方次第で被害が増える』んだよね。並行みたいなやつがまた大通りで暴れたら民間に被害が出る。どうすれば市民の安全を最優先にできるかな。」
アマリリスは肩をすくめながら言葉を続ける。
「まず第一に、我々の行動で一般人が被害に遭わないこと。これが最低限の条件だ。だから作戦は常に『情報の精度』『速やかな隔離』『最短での致命化』の順序で組む。情報の精度が低いまま突入すれば、幻覚やラグに惑わされ、周囲のイカタコを巻き込む危険が高まる。逆に情報があれば狩りは効率が上がる。」
エルクスが地図に赤いピンを指し示す。
「最近の出現ポイントを時系列で並べると、廃工場→倉庫街→旧駅跡→港湾区。このサイクルが短くなってきている。広域での移動が可能な個体が出てきているってことだ。並行の騒ぎのあと、民衆の士気は落ちてるが一方で好奇心と被害報告で情報が集まりやすい。つまり監視と迅速な避難誘導が鍵になる。」
キヨミが手を挙げて追加した。
「我々倉庫に備蓄しているものは確認済みだよね?小瓶に詰めた、特殊弾、煙弾、夜戦用の照準、そして医療用キット。物資の配分を決める。リスクの高い現場には必ず医療係を同伴させる。止血とショック対策ができる者を一人は確保しておく。」
ミアは勢いよくうなずく。
「私は突入役の補助をやる。突っ込みがちだけどその分連携を鍛える。エルクスは中遠距離の制圧、キヨミは機動と制圧弾、アマリリスは接近からの暗殺役ってところで。」
アマリリスは口を開く。
「役割はそれでいい。だが忘れないでくれ、武器は手段であって目的ではない。狩る対象はどんなイカタコだろうと排除する。悪だからな。そして神秘の検体は必ず回収する。」
キヨミが少しハッとし、エルクスに耳打ちする。
「神秘の事、いつの間に話したの?」
「昨日夜中にいじってる所見られたから教えただけ。別にすぐ教えるつもりだったけどな。」
アマリリスはエルクス達の会話を遮らない様に、エルクス達が話し終わった後にアマリリスが続ける。
「情報の入手方法だが、今回は掲示板や目撃者の映像が役に立つ。だが真偽の見極めが必要だから我々の独自の方法を加える。例えば目撃者から受け取った座標で小規模な探査を行い、神秘の残留量を測る。残留が濃ければその個体は近くにいる可能性が高い。あとは音響センサーや風向きを利用した匂い探査だ。幻覚や視覚攪乱系には視覚以外の手がかりが効く。」
キヨミがページをめくり続ける。
「現場隔離は具体的にどうする?警察は当てにならないってのが前提だから、我々の手で安全圏を作る。まずは見張りを立て、民間を安全なルートへ誘導する。可能なら近隣の店や建物に知らせて避難場所を確保する。混乱でパニックが起きればチーターの能力がより効果を発揮する。」
ミアが言葉を継いだ。
「私が近くで人を引き連れて避難誘導するよ。見た目で怖がられるかもしれないけど、笑ってれば気持ちが和らぐこともあるから。」
エルクスが苦笑いで言った。
「ミアの笑顔は武器だ。だが本気で頼む。避難策は何重にもしておく。バリケードを作る、使える車両があれば迂回路を確保する、倉庫側の灯りをつけて誘導する——我々の拠点を一時的な避難所にするのは選択肢だが、それは最終手段だ。倉庫が知られれば危険も増す。」
アマリリスの口がわずかに動いた。
「次に戦術面。並行のような『選択的に時間軸を呼ぶ』能力や幻覚、ラグ、透明といった変則的能力に対しては、単純な力比べは無意味だ。幻覚系には煙や音響で自己の感覚を補強する。ラグやワープ系には弾道と地形を利用して通路を制限する。透明には風の揺れと微粒子を利用する。並行には運動の同期と分岐の記録が必要だ。並行に限らず、俺達は一瞬の差で勝負を決める。」
エルクスが指を鳴らす。
「そこで通信とタイミングだ。一人で動くのは危険。二人一組で行動し、互いの視界と音声を常時共有する。エルクスはスナイパーとして遠隔支援、キヨミは特殊弾で能力無効化を試みる、ミアは暗騒音で幻覚の誘導を乱しアマリリスは最後の刺客役。状況で配置は変えるが基本はこれだ。」
キヨミが眉を寄せて問う。
「能力封じの装備はどれが効果的か。現状で検証できているのは煙弾、閃光、特殊弾の一部、あと神秘の粉が関係してる可能性だ。神秘が能力にどう影響するかはまだ断定できないが、チーターは神秘を多量に保持している。理性と異常成分のバランスにかかわるらしい。」
アマリリスは小さく頷いた。
「だから検体回収は最優先。あれは単なる残滓じゃない。形質や発現に関与している可能性が高い。研究に回せば我々が相手の行動様式を予測できる。神秘が何処から来たか、どうすれば量を減らせるか、それが分かれば被害の根本を小さくできる。」
ミアが不安そうに訊ねる。
「でもさ、もし次に並行みたいなのが出たら、私達で対処できるかな……?」
アマリリスは静かに笑みを浮かべず答えた。
「簡単にはいかないだろう。だが連携で補える部分がある。四人での連携、神秘データ、避難と隔離。これで被害を最小化する。最悪でも市民の命を優先する。狩りはその後だ。」
エルクスが大きく息を吐いて言った。
「次にやることを決める。短期目標と中期目標を分ける。短期は現場での市民保護と神秘回収、中期は神秘の分析と予防ネットワークの構築。具体的には明日の昼から夜にかけて、我々は二班に分かれて動く。一班は情報収集班で掲示板の精査、目撃者の聞き取り、現場の微粒子サンプリング。もう一班は即応班で、通報が入ったら最短で現場に向かう。だが即応班は必ず事前に簡易セーフティラインを敷く。」
キヨミが時計を見て小さな声で言う。
「装備チェックをしておく。特殊弾の残弾、煙弾、応急キット、神秘回収容器、通信機器の予備バッテリー。全部再チェック。夜戦の照明は低反射で。民間に気づかれずに誘導するために、暗視用の合図は秘密にしておく。」
ミアが元気よく拳を握る。
「よし、私が物資の確認やる!食料も余分に積んでおいて!あとオムライス作るから夜は楽しみにしてて!」
エルクスが呆れたように笑うが、その表情は緊張を隠せない。
「ミアのオムライスは兵站だ。食わせて士気を保つ。だが甘いものは戦闘前はダメだぞ。」
アマリリスは皆を見回し、一つだけ冷静に付け加えた。
「最後に重要なこと。誰かが我々を偶像化してはいけない。民衆は我々を『救世主』とも呼ぶかもしれないが、我々はイカタコであり、間違いを犯す。だから決断は常に多数で、感情的な単独行動を禁ずる。特にアピールや目立つ行為は避ける。必要な行為は淡々とやる。」
エルクスは拳を机に置き、低く言った。
「では行動の輪郭だ。明日は情報班を午前に立て、午後から夜にかけて即応班をスタンバイ。神秘のサンプルは最低三箇所で採取して分析用に回す。民衆の避難場所は三箇所候補を用意、我々の倉庫は最終避難先だが可能な限り使わない。応急のためのトリアージラインを用意する。」
キヨミは記録を閉じながら付け加えた。
「連絡網は既に一つ作った。掲示板の目撃者には匿名で連絡を取り、会話のログも保存する。虚偽の情報をふるいにかけるためだ。もし並行や幻覚のような異形が出るなら、目撃情報の精度が命を分ける。」
話し合いはかなりの時間続いた。四人はそれぞれの役割を確認し、必需品のリストを再度チェックした。疲労はあるが、誰も諦めの色は見せない。扉を締める前、エルクスが小さく笑って言った。
「今日の結論はひとつだ。大きな事件は今のところ起きてない。ただしそれは我々がそれをできるだけそうしているからだ。油断は禁物。だが希望も捨てない。準備を整えて、明日も動く。皆、寝る前に自分の装備を二度確認してくれよ。」
四人はそれぞれの場所へ戻り、倉庫の明かりが戻るにつれ火は一つずつ消えていった。陽光に照らされた静寂は静かに倉庫を包み込む。だが彼らの心には来るべき夜に向けた覚悟が残っていた。
地下の回廊をさらに進ませると、空気はますます重く鉛のようにのしかかってきた。壁に刻まれた古い配線が青白い光をちらつかせ、湿気を帯びた石のにおいと金属の匂いが混じり合う。
回廊の終わりで扉が二つに分かれ、ひとつは錆びた格子で閉ざされ、もう一つは闇に溶けるように開いていた。そこを抜けると視界が急に広がり、円形の広間に出る。床は磨かれた石で、天井からは細い鎖が何本もぶら下がっている。
鎖の先には小さな器具や試験管が垂れ、器具の中で神秘が青白く揺れている。円卓の周囲には古びた書物や図面、まだ乾いていないインクの印が散らばり、あちこちに置かれた小瓶には例の青白い粉がストックされているのが見えた。
部屋の中心、椅子に腰掛ける一匹の男が闇に浮かんでいる。細く長い指で鉄扇の柄をゆっくり回しながら、薄く笑いを含んだ声で空間を支配していた。
「来たか。」
その声は部屋の隅々にまで届き、石の冷たさを震わせるかのようだ。そのチーターは気負いも見せずに立っていたが、身体の周りには微かに発光する静電気の輪が周り、ゲソが風に晒されたように逆立っていた。
その男の視線が彼に向けられると、その笑みは少しだけ深みを増した。
「お前、とりあえずお前とでも呼んでおこう。」
男は言葉を落としてからゆっくりと続けた。
「名を持つのにはまだ早い。だが力は確かにある。だからこそ、磨かねばならん。」
チーターは腕を組み直し、少年のような生意気な口ぶりで返す。
「磨くだと?俺は十分に強い。稲妻で敵を薙ぎ払う、これ以上に何が要る?」
その言葉に男は小さく鼻で笑い、椅子からゆっくりと立ち上がる。影が長く伸び、彼の顔の輪郭が鋭く浮かび上がると同時に、周囲に置かれた小瓶の中の粉がいっせいに淡い光を放った。
「強さは単なる衝動だ。制御だ。出力を制御できぬ者は、むしろ害悪だ。稲妻は暴れ馬のごとく自在に扱えば道を拓くが、扱いを誤れば自らを焼く。」
男は扇を一振りして短く命じた。チーターの左右にボーイ2匹が付く。男の扇の先端が空気を裂くと、部屋の奥の一角に重厚な鉄扉が音を立てて開き、内部からはコンコンと冷たい振動とともに低い放電の音が漏れ出した。
扉の縁に置かれた装置は幾重にも重ねられたコイルと導線で構成され、中央には大きな結晶柱が縦に据えられていた。結晶柱の表面を神秘の粉がうっすらと薄い榛色の光をまとわせながら流れていく。男はその装置を指差し、淡々と説明する。
「そこが増幅室だ。お前の中に眠る神秘を極限まで奪う。理性を保てるギリギリまでな。痛みと熱、感覚の断絶、それを耐え抜いた者だけが、新たな位階の力を手に入れられる。お前はそれを耐えられるか?」
チーターの肩が微かに揺れる。期待に胸を震わせる様子が見てとれるが、その目には生気だけでなく疑念も混ざっている。
「俺は壊れたりはしない。俺の雷は俺のものだ。だが…なら試してみせる。」
鬼龍は細く笑い、扇をゆるやかに掲げる。
「いいだろう。扉を開け、任務の前に試練を与える。生き残れば名を与えよう。死ねば誰も惜しまん。」
チーターは扉の縁に近づき、中の空気を一瞬だけ吸い込んだ。電燈のような臭いが鼻を刺す。彼はふと背後を振り返り、男の顔を見据えた。男の瞳は冷たく、まるで試金石のように彼を測る。
「名なんていらねぇよ。」
チーターは短く吐き捨てるように返したが、その言葉には内側から湧き上がる何かがあった。男はその小さな反発を楽しげに見下ろし、次の指示を与える。
「さて、街の方はどうなっている?」
小さな扉の隙間から、外部に配置された監視網の映像が映し出される。画面には雑多な市街地、広場、そしてこぢんまりした路地の様子が並んでいる。男は視線を滑らせながら弾丸のチーター、バレルを指名する。
「バレル、午後に出る。街へ行き、標的を狙い、混乱を撒け。お前の役割は混乱の増幅だ。雷は破壊、弾は恐怖。両方揃えば奴らの反応は読みやすい。」
バレルは丁寧に膝を折り、礼儀正しい口調で答える。「承知致しました。私、バレルは的確に任務を遂行いたします。街の誰よりも冷静に、狙いを外しません。」
その沈着さの裏に何か鋭いものが潜んでいるのを鬼龍は嗅ぎ取り、ほんの少しだけ満足げに頷いた。
「いい返事だ。あとは稲妻のガキを鍛え上げるだけだ。用意は整った。誰があの街で騒ぐか、誰を震わせるか。お前らの仕事は単純だ。混乱を生み、我らが次の一手を観察する。強化し、派遣し、試し、また強化する。循環だ。」
彼の言葉には計算があり、冷淡な期待が含まれていた。雷撃のチーターは増幅室の扉に一歩足を踏み入れた。扉が閉まるその瞬間、バレルは深く息を吸い、床の上に置かれた小さな荷物を手に取ると、低い声で告げる。
「行って参ります。街を震わせ、必ずしや貴方様のご期待に沿って見せます。」
バレルは気味の悪い笑みをしその場を後にした。男は椅子に戻り後ろにある刀を抜き、刀身を見つめながら影のように淡い笑いを零した。
「出てこい、伝説の剣士さんよぉ。お前が出てくるまで俺は街を破壊し尽くすだけだぞ?」
その台詞は呪文のように部屋の空気にしみ込み、地下の暗闇に長い余韻を残した。扉の向こうからは低く蠢くような電流の音が鳴り、誰かが叫ぶ気配が一瞬だけ漏れた。
それを聞くと男の瞳は細まり、笑みが浮かぶ。部屋の灯りが一つ二つと落ち、青白い粉の光だけが揺らめき、地下の空間は再び深い静寂に包まれていった。