「…」
新品のスーツと「H」と書かれた腕章を身につけた青年、エトワールがいた。 彼は自身の家族を養うため、L社───ロボトミー社に入社したのだ。“先輩職員が説明に来る”と“管理人”と名乗る者から聞いたが1時間以上経った今でも来ていない。というか人がそもそもいない。彼は長いこと切っていない、一括りにした金色の髪を揺らし不安げに廊下に立ち往生していた。
「はぁ~~~…いつになったら来るん───」
背後から「なぁ」と声を掛けられ、ひとり呟くはずだった言葉が絶たれる。恐る恐る振り返ってみると、黒い髪の一部を結んだ、つり上がった青年の緋色の瞳がエトワールと目が合った。
「うわぁあああ!?化け物!?!!誰!!!!」
青年と目が合うと共に、エトワールが叫び声を上げる(なぜ声をかけられて出なかった?)。緋色の瞳の青年がその声量に驚き、耳を塞ぎながら困ったように「いや、化け物じゃない」などなど落ち着かせるためエトワールに言い聞かせ、1分後、ようやく落ち着いたエトワールはしゃがみこみ、その青年に問いかけた。
「えーっと…もしかして先輩だったり…?」
青年も同じようにしゃがみこみ、エトワールの問いに答える。
「多分違うな。今日入社した。」
じゃあ同じなんだ、とエトワールは呟く。同じようにまた、黒髪の青年も肯定の意を持ち頷く。それにしても来ないな。どこで道草食ってるんだか…エトワールはそう感じると、「俺、ちょっと先輩探してくるから」と言い、立ち上がろうとした。
その時。ひとりの職員がエトワールの鼻先スレスレに駆け抜け、そのまま向こうの廊下に消えていった。そして驚いた青年が後退り、人工的な風で数本髪の毛がさらりと吹き上がる。黒髪の青年が大丈夫か、と声を上げようとするが、鉄の頭を持つ、人型のなにかを目にすることの方が数倍早かった。その人型のなにかが黒髪の青年に鉄の頭を振りあげようとした時、隣からの肉を打つ打撃音が耳に突き刺さる。
「いってぇ…っ!硬すぎでしょ!」
片手で警棒を持ち、肩に衝撃が来た青年が悶えていた。そうか、入社の際に護身用の武器を持たされていたんだ。その事を思い出した黒髪の青年も同じように人型のなにかに向かい、距離を取りつつ警棒を向ける。どうやら注目は自分に向いているようで、それは距離をじりじりと詰める。両手で掴み、向けた警棒の先がカタカタと震え始める。きっと恐怖を感じている。だがどんな恐怖に駆られたとしても、やられる前にやるしかない。裏路地でそう学んだのだから。子鹿のように震える脚と恐怖に駆られる腕を嘲笑し、それに駆け一気に距離を詰め、人で言うみぞおちの部分を強打する。少し怯んだようで、隙を作れたという希望が心を照らす。すかさず金髪の彼も衝撃を上手いことやり過ごし、それにまた攻撃が出来たようで安堵した。
それがまた体勢を持ち直す前に、黒髪の青年はエトワールに向かい「こっちに来い」とジェスチャーをする。また衝撃が走ったエトワールは肩を抑えながら、黒髪の青年の元へと駆け寄り、「早く逃げよう」と言うのを見て、動きを後退りながら見る黒髪の青年は、深く頷いた。
汗で前髪が張り付いた青年2人はヘラヘラと微笑むその人物をしっかり睨み付ける。
「今回の新入社員はやんちゃっぽいね。──あぁそう、君達の先輩のスカイさ。」
スカイと名乗る人物は2つの衣装と武具やらを抱え込み、両手が完全に塞がっていた。その周囲を丸い何かがふよふよとそこが海や青空であること言うかのように浮かんでいる。
「よくわからん鉄頭のバケモンが襲いかかってきて散々だったんですよ!?やんちゃもクソも警棒もないっすよ!!」
「警棒が無くなったのは君が逃げた際にあれに投げてうっかり踏み潰されたからだろう?エティ。ほら同僚のダルくんも呆れた顔で君を見ているよ。」
「うるせ~~~!!!!」
完全にプッチンしたキレ症の同僚のエトワールとヘラヘラした先輩職員、スカイを横目に黒髪の青年、眉間を抑えたダルの溜め息が静かに響いた。
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