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――そうだ。
メリーがエルの正体を知っているということは、メリーが私がいなくなったことを誰かに話したということで。
それは当然、リューの耳にも入るはずで。
(ど、どうしよう。なんて説明しよう。エルと都を散策してましたなんて言ったらやっぱマズイよね? あ、それより、まずは大嫌いって言ってしまったことを謝らないと……)
でも、こちらをじっと見下ろすその瞳が、先ほど間近で見たあの竜の眼と重なって思わず後退りをしてしまった。
それに気付いたのだろう、メリーが私の腕から抜け出て彼に向かって強く言い放った。
「コハルさまに近づいてみろ! この妖精メリーが必殺キックをお見舞いしてやるからな!」
「……」
「メリー!」
慌てて止めようとして、でもリューはそのまま何も言わずバサリと大きく翼を動かし飛んでいってしまった。
「えっ!?」
バルコニーから身を乗り出すと、城の一番高い塔の方へと飛んでいく彼の姿が見えて。
「こ、コハルさまーー!」
「え?」
「見ましたか!? あいつ、このメリーに恐れをなして逃げていったのですよー!」
「そ、そうだね」
大興奮のメリーに苦笑して、私はもう一度彼を目で追ったけれどもうその姿は見つからなかった。
(リュー……?)
「コハル様!?」
その驚いた声に振り向くと、部屋の中にセレストさんの姿があった。
瞬間、先ほど彼に気まずいところを見られたことを思い出す。でも頭から振り払って私はバルコニーから部屋へと上がった。
「すみません、勝手にお城から出てしまって」
まずそう謝罪する。リューが知っているということは彼も知っているはずだ。
するとセレストさんはほっとした様子で首を振った。
「いえ、ご無事で何よりです。……エルフェイツィー様は?」
「先ほど帰られました」
「え?」
「その、自分がいると皆に気を遣わせてしまいそうだからと」
「そうでしたか……」
それにも安堵した様子のセレストさんに私は訊く。
「あ、あの、リューは」
「陛下はコハル様を探しに行かれて」
それを聞いてやっぱりと思った。
翼を有した姿でバルコニーに現れたリュー。彼は私を探してくれていたのだ。
でも……。
「私もお止めしたのですが、やはり行き違いになってしまわれたようですね」
「それが、今ちょっと前にバルコニーに現れて」
「!? それで、陛下は」
「でも、何も言わずに塔の方へ飛んで行ってしまったんです」
「塔へ!?」
セレストさんは大きな声を上げ、それから重い溜息を吐きながら眉間の辺りを強く押さえた。
「そうでしたか……」
「塔に、何かあるんですか?」
その意味深な反応が気になって訊くと、彼はゆっくりと顔を上げ言いにくそうに口を開いた。
「……陛下の、瞑想部屋がございまして」
「瞑想部屋?」
「というのは表向きで、つまりは陛下がお一人になりたいときに籠られるお部屋です」
(一人になりたいときに籠る……?)
私が目を瞬いているとセレストさんはもう一度短く息を吐き、くいと中指で眼鏡の位置を直してから続けた。
「おそらく、コハル様に拒まれた上にエルフェイツィー様と共に逃げてしまわれたことが相当に堪えたのだと思います」
「……!」
思わず顔に熱が集中する。
「え、えっと、逃げたわけでは……その、ちょっと外の空気を吸いたくなったといいますか」
しどろもどろに弁解するとセレストさんが大真面目な顔で言った。
「コハル様が戻られなければ、『妖精の国』と戦になるところでした」
「戦……!?」
流石に大袈裟ではと思ったけれど、言える雰囲気ではなかった。
……ひょっとして、彼は怒っているのだろうか。
「ちなみに前回籠られたときは10日間塔から出てきてくださいませんでした」
「10日も!?」
思っていたより長くてびっくりする。
「そ、そのときは、何が……」
「前竜帝……陛下のお父上様が崩御されたときです」
私は大きく目を見開いた。
「ですので、もし陛下が塔に入られたのでしたら5年ぶりとなります」
ぎゅっと強く拳を握って、私はセレストさんに訊ねる。
「……その部屋へは、お城の中からでも行けますか?」
「勿論です」
「そこへ連れていってください」
するとセレストさんは「かしこまりました」と頭を下げた。
立ち入ったことのない暗い廊下を進み、辿り着いたのは古そうな扉の前だった。
「こちらが塔の入口になります」
セレストさんは腰に掛けられた鍵束からひとつの鍵を選び、扉に取り付けられていた錠前に差し入れた。
錠前が小さな音を立てて開き、セレストさんが閂を外していく。
そして、ギィっと耳障りな音を立てて扉が開いた。
中は円形の部屋で螺旋階段が上に向かって伸びていた。照明は付けられておらず、日が暮れたこともあり真っ暗だった。
「私がご案内できるのはここまでです。こちらを」
セレストさんから火のついた燭台を受け取り、ごくりと喉を鳴らして中に足を踏み入れる。
メリーはもう眠たそうでおいてきてしまったけれど、一緒に来てもらえば良かったかなとちょっと後悔する。と。
「コハル様」
「え?」
振り返ると、セレストさんが胸に手を当て私に深く頭を垂れていて。
「陛下を、よろしくお願いします」
「! ……はい」
私はしっかりと返事をして、その真っ暗な螺旋階段を上り始めた。