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あの頃、俺は先生に救われた。
弟の虐待から逃げることができて
晴れやかな気持ちでいたことを今でも忘れていない。
そんな恩人である先生は俺に医学を教えてくれた。
人工心肺装置の使い方から
手術の術式まで。
きちんと知識が備わった俺は手術をした。
助手ではなく”執刀医”としてだ。
けど、俺だとバレないように
ペストマスク(鳥の面)を被り
黒衣を羽織っていた。爪には手袋を着けて
革靴を履くという豪華な服装であるが
これ全て先生譲りのものである。
そんな先生は人工心肺装置や麻酔器の管理をしている。
先生なら一人でこなしてしまうが
俺のことを考えたのか先生は執刀をしない。
あえて助手として優秀であった。
手術をしながらでもアドバイスしてくれて
支えてくれていた。
そんな平和なときにアイツが来た。
…そう。忘れもしない師走の真夜中。
俺は脳の手術をしていた。
そのときに細胞が出血を起こしたので
鉗子で止血。一息つくと鈴の音が鳴った。
麒麟が目の前にいる。
弟…あの弟だ。俺は震えた。
震える中、真横で先生が口を開く。
「…帰りたまえ。マスクもしないのか。」
「麒麟にマスクなんて要らねぇだろ。」
「馬鹿いえ。細菌まみれだろう。貴様の体は。」
「…誰に向かって言ってんだ?
オラァ破壊神の息子だぜ?
せっかく邪魔しに来てやったのによぉ…」
弟は一歩、また一歩と近寄ると
俺の手を掴んだ。
そして、その掴んだ手で患者の大脳を刺した。
血がブシュッと音を立てて上向きに吹き上げる。
ペアン鉗子で止血しようとしたが
あまりにも酷くて不可能である。
心底絶望した。
(俺が殺したんだ…)
そんな思いが心から溢れて崩れ落ちた。
なんならアイツは先生を一発殴りやがったんだ。
先生は短気でもないから
速やかに手術室から追い出して
「二度と顔を見せるな。
お前はクルルの身内でもない。」
なんて言った。それに俺も続けた。
「目の前から消えてくれ!ウンザリだ。
お前と血が繋がってることさえ
…俺からしたら不快なのだ。」
泣きたい気持ちを抑えて言うと
弟はケッと出て行った。
弟が出て行ってから
俺は先生にすがるように泣いた。
そして自分を責めた。
けど、意外にも先生は当然のことのようにしていた。
「邪魔されたんだ。仕方がなかろう。」
「…けど、俺が殺したんです。
……もう執刀なんて出来やしない。
怖くて手が震えるんです。柔らかいような
ゴムのようなものを貫通した感覚が忘れられないのです。」
「吹き出す血液が目に焼きつけられています。」
俺は手を顔に当てて泣いた。
血だらけの手袋が顔に当たって
顔は茶色よりの赤色になった。
涙と混じって血の涙。とにかく全てが嫌になった。
何も見えなく虚無となってしまった。
「執刀もできない俺は不要ですよね…」
俺はポツリと言った。
すると先生は悲しそうに言う。
「……仕方ない。助手、してくれないか?」
「いいんですか?」
「あぁ。」
先生は俺を助手として取り入れてくれた。
内心申し訳ないと思ったが
先生に謝れるような空気じゃなかった。
なにかの圧が俺の体を渦巻いていたのだ。