助手として頑張ってみたが
やはり心の傷は痛い。患者の腹部にメスを入れるところを
見れば震え上がってしまう。頭なら尚更怖い。
「電気メス…OK?」
「OK」
電気メスを即座に渡した。
それでシコリを熱で切り取ると
「…メーヨー」
「はい…」
先生に言われてメーヨー剪刀を手に取り
渡した。先生は確かに受け取ると
組織を切り離して皿に入れる。
「術式完了。へガール持針器。」
「はい。」
傷口をギッギッと縫い
先生は溜めていた息を吐いた。
「縫合完了…」
終わると手袋を取って
片付けをした。俺は一安心と思いホッとしたが
先生はチラッとこちらを伺う。
「何を怖がる?」
「トラウマなんですよ。俺が殺したんだから。」
当然だと俺が口ずさめば
先生は手を洗いながら言った。
「俺なんて何人殺したか分かったもんじゃねぇ…。
ついには母も助けられなかった。」
「…罪を償いたいならその分助けろよ。」
“母”という言葉に耳を打たれた。
思わず振り返り先生を見たが、目は合わなかった。
だからこそ、器具を洗浄機にかけている間
俺は少し聞いてみることにした。
「何があったんです?」
「特に言うことはない。ただ憂鬱なだけだ。」
…この人はいつも秘密主義であった。
俺にでさえ何も言わない。
それに不整脈のように胸が傷んだ。
けど何も言えないから会話はそこで終わってしまった。
悲しくも仕方のないことだ。
患者も移動してから清掃を終えて
俺と先生はやっと寝所へ入った。
先生が隣で目を瞑っていたが
寝てはいない。時々目を開けるのだ。
俺こそ瞬きもせずに起きているが
先生は疲れているはずだ。
そんなときにハッとさっきの言葉を思い出した。
(母を助けられなかった…)
心で繰り返した。
すると、瞬間的に激痛が走った。
胸の奥が痛くなる感覚は忘れられない。
弟なんかに虐められて飯も与えられなかったから
こそ痛いほど共感できた。俺の母は特に優しかったから。
それが無くなれば生きる気力なんて消えるだろうに。
「?」
先生が俺の顔を覗き込んできた。
俺はすぐに布団を上から被り込んで誤魔化す。
それから目を瞑ると眠りに落ちた。
朝起きると先生は居なかった。
ただ全開に開けられた窓から
心地の良い風が入るばかりだ。
何をしているのだろうと気になり
寝室から出ると地下室の扉が開いていた。
生暖かい空気が流れてくる。
患者が居るのかと思い地下室に降りると予想とは違った。
階段を下れば先生が薬品を整理していたのだ。
「起きたか。」
こちらを振り返り先生がそう言った。
「はい。起きました。患者は?」
そう問えば先生はすぐに答えてくれた。
「奥の部屋だ。まだ眠っているから
起きても良いように準備してろよ。」
「あ、はい。分かりました。」
安心して患者の部屋へ行こうと
階段を登っていたとき
ふと振り向いてしまった。
先生は茶色の瓶を持っている。
おそらく薬品だが見たことのない薬だ。
(ワクチンか?だけどあれって…)
そんな恐ろしいことが頭をよぎった。
俺は背筋が凍って
心臓の音しか聞こえなくなってしまった。
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