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早朝の冷たい空気が大分和らぎ、眩しさで目を覆いたくなるような日差しの中、長閑な畑の畦道を村長の家へと向かう。
挙動不審……とまではいかないが、なぜかソフィアはソワソワと落ち着かない様子で、心ここに有らずといった感じだった。
「何か落とし物でも探してます?」
「……いえ、そんなことないですよ? あはは……」
そう言うソフィアのわざとらしい笑顔はとても訝しく見えるが、別段気にすることもない。
やり残しの仕事があればそりゃ気になっても仕方がないが、そんなに気になるのなら無理に付いて来ずとも良かったのに、とも思うのだ。
村長の家は村の東門の近くに位置する。ギルドからだと徒歩で三十分程度の距離だ。
途中あるのは武器屋と防具屋、後は民家と畑だけ。
そこで作物の収穫をしていた熟年の女性が、俺達に気が付き手を振った。
「おや、ソフィアちゃんじゃないか。今日はどこかへおでかけかい?」
「ええ。ちょっと村長のお宅まで」
「へえ、そうかい。今日は午後から天気が崩れるみたいだよ」
「そうみたいですね。気を付けますね」
村人と交わす軽い挨拶なのだが、どことなく違和感がある。
畑仕事をしていた女性は午後から天気が崩れると言っていたが、そうとは思えないほどの快晴だ。
天気予報があるはずもなく、おばあちゃんの知恵袋的な、何か村独自の予測方法があるのだろうか?
「そうだ。私も村長に用事があるんだった。おばちゃんド忘れしちゃってたよ。ついでだしご一緒してもいいかい?」
「ええ。もちろんです」
ソフィアとおばちゃんが楽しく談笑しているのを、後ろからついて行く。
すると、対面から大きなカゴを背負った年配の男性が俺達に気づき、挨拶程度に軽く頭を下げた。
「こんにちはソフィアさんや。今日はギルドはお休みですか?」
「こんにちは。そうではないのですが、ちょっと用事で村長のお宅に行くんですよ」
ソフィアはかなりの人気者だ。村民で知らない人はいないだろう。
ギルドが村を守っていると言っても過言ではないし、そこの長を務めているのだ。
一介の冒険者である俺なんかと違って、声を掛けられる確率もかなりのもの。
そんなことを考えながら会話を聞いていると、一瞬だがその男性と目が合った。
しかし、それはすぐに反らされ、何事もなくソフィアとの会話を続ける。
「そうですかそうですか。ああ、そういえば今日は午後から天気が崩れるみたいだ」
「そうみたいですね。気を付けないといけませんね」
「……そういえば、ワシも村長に用事があるんじゃった。申し訳ないがご一緒してもよろしいですかな?」
「ええ、もちろんですよ」
そんなわけで俺、ソフィア、おばちゃん、おじいさんという四人で村長の家を目指すことに……。
どこの桃太郎だよ! ……とツッコミたいのを我慢する。言ったところでわかるはずもないが……。
と、ここまでなら笑い話で済んだだろうが、道中村長への用事を思い出す村人が続出したのである。
そして、ソフィアはそれを一人残らず快く迎え入れ、今や俺の後ろには十人ほどの村人がついて来ているといった状態だ。
全員が会話の中で天気の話をし、その後村長への用事を思い出す。
さすがの俺でも、何かがおかしいと気付く。
「……ソフィアさん。何か隠してませんか?」
俺の質問に若干青ざめるソフィアだったが、村長の家が見えてきたことで話題を変えた。
「あっ、見えてきましたよ! あれが村長の家です」
もちろん知っている。村長の家といっても普通の民家。木造平屋の一戸建て。
俺との会話を避けているのか、目を合わせることなく村長の家に小走りで駆けて行くソフィア。
そして家の扉をぶん殴った。それはノックなんて生易しいものではなく、まるで借金の取り立てに来たヤクザかと疑うレベルである。
突然の出来事に何事かと目を丸くするも、村人達はそれを見ても微動だにしない。
「村長さんいらっしゃいますか! 九条さんが来ましたよ!!」
響くソフィアの怒号。村長は高齢だ。耳が遠いのかもしれない。
遠慮なくドカンドカンと木製の扉を叩いているとゆっくりと扉が開き、そこに立っていたのは村長の奥様だろうご年配の女性。
「……どうぞ、こちらへ……」
申し訳なさそうな表情で俯きながら、弱々しい声で迎えられる。
案内されたのは六畳程度の大きさの部屋。ベッドと箪笥やテーブル、椅子などの調度品が数点の簡素な寝室といった感じだ。
そこに俺とソフィアを含め十二人。正直言って狭すぎる……。
「ようこそ、九条さん。病床の上からで申し訳ない。本日はどんなご用件ですかな?」
村長はベッドに横になっていた。病床と言ってはいるが、顔色はとても良さそうだ。
寝たきりになるほど体が弱いとも、起き上がれないほど足が悪いという話も聞いた事がない。
それというのも、スタッグから帰ってきた時、村長は村人達と共に俺を暖かく迎えてくれたのだ。
その時は元気そうに見えた。ほんの数週間でここまで衰弱するものだろうか?
「えっと……この中で話すんですか?」
周りの視線が気になって集中できそうにない。ソフィアはかまわないが、出来れば村長と二人で話がしたい。
それ以外は出て行ってほしいという気持ちをオブラートに包み表したつもりだったが、それは無駄に終わった。
「なにか聞かれてはマズイ話なのかの?」
「いえ……。そういうわけでは……」
「ならこのままでもええじゃろうて……」
「はぁ……」
こうなっては仕方がない。このまま話を聞いてもらうしかなさそうだ。
「村の門に出来た看板を撤去してほしいんですけど……」
「ウッ!? ゴホッ! ゴホッ!」
俺が話を始めると、途中で村長が大げさに咳き込んだ。
それを見た村人達は村長を取り囲むように駆け寄ると、背中をさすったり声を掛けたりと大慌て。
「大丈夫ですか! 村長!」
「あぁ村長! おいたわしい……」
そのうちの一人が俺に食って掛かる。
「九条さんが看板を撤去しろだなんて酷い事言うから、村長の病が悪化したではないですか!」
「えぇ……」
ドン引きである。そんなことで病気が悪化する訳がないだろ……。そもそも何の病気なんだ……。
村長は軽く咳をしつつ俺の顔をチラチラと見ては、出方を窺っているといった様子。
……なるほど。これは俺の人情に訴えかけ、なんとか看板の件の了解を得ようという作戦なのだろう。
ついて来た村人達も共謀者。ぶっちゃけ不自然極まりない。演技が下手くそすぎるのだ。
恐らく、俺が抗議に来る事を見越しての犯行……。
「村長はなんて病気なんですか?」
「えっ?」
一瞬の間。村長はしどろもどろになりながら村人やソフィアに助けを求める視線を送るも、皆冷や汗を垂らし目を逸らす始末。
嘘をつくなら、病名くらい考えておけ……。
「ろ、老衰? ……いや、不明。そう不明なんじゃ」
「症状は?」
「……な、なんとなく体が重くて、思うように動かせないというか……」
先程の咳はなんだったのか……。ちょっと無理があるが、百歩譲って良しとしよう。
「ソフィアさんに治してもらえばいいのでは?」
それに対する答えは用意していたようで、村長の顔がパァっと明るくなった。
そこで喜びを表情に出してしまうあたり、人を騙すには向いていない。
「お金があれば、すぐにでもそうしたいのじゃが……」
この世界では、魔法である程度の病気は治療できる。
故に病院のようなものは少なく、基本は町の教会に属する神聖術師に頼むかギルドを頼るのが一般的。
「村長と言えどギルドも商売ですので……。無料での治療は出来かねます……」
と、申し訳なさそうに答えるソフィアだが、なんとなくたどたどしくも見えるのは、無理矢理に付き合わされているからだろう。
「ちなみに村長の病気を治すには、どれくらいかかりそうですか?」
「最上位の治癒魔法ならば、金貨二十枚ですね」
「そうですか。じゃあそれは俺が支払うので、村長を治してやって下さい」
「「えっ!?」」
皆が顔を見合わせると言葉に詰まる。予想外の答えが返ってきたからだろう。
金貨二十枚とは成人男性一人の一ヵ月から二ヵ月の稼ぎに相当する。一般的に考えれば、そんな大金を他人の為に使う者などいないはず。
ここで俺が諦めるとでも思っていたのだろうが、そうはいかない。
俺がプラチナプレート冒険者として、ちょっと本気を出せば、金貨二十枚程度の捻出。そう難しくはないのだ。
仮病だと黙って治療を受ければ、俺に金貨二十枚という恩が出来る。そうなれば、俺に従い看板撤去の件を聞かざるを得ない。
逆にこれを断れば、お金の心配をせず治療できるのになぜ拒否するのかという話になるだろうが、それに対する言い訳は用意してはいないだろう。
無言の時間が続く中、誰も俺と目を合わせようとはしない。
俺がプラチナプレートを隠しているのには、理由がある。
「村のギルドのため」と言えば聞こえはいいが、正直なところ、それだけじゃない。
本音を言えば――プラチナに昇格したことで、スカウトをかけてくる連中から身を隠したいのだ。
王都では、そのせいで散々な目に遭った。あの時の騒ぎを思い出すだけでもうんざりする。
たとえここが王都ではなく田舎の村でも、同じことが起きないとは限らない。
そんな面倒ごとに巻き込まれるくらいなら、金貨二十枚なんて安いものだ。
皆の視線が村長に集まると、村長は観念したかのように溜息をついた。
「すまなかった九条さん。しかし村のため、仕方なかったんじゃ……」
「村長……」
「プラチナの冒険者がいると言い広めれば、住民も増えるだろうと思うての……」
村長の言いたいことはわかる。確かにこの村には若者が少ない。この状況が続けば、いずれは廃村となってしまうかもしれない。
しかし、それは俺にはなんの関係もないのだ。
冷たいと思われるかもしれないが、するにしても許可を取ってからにするべきではないだろうか?
やるなとは言っていない。ちゃんとした理由があればそれを説明し、理解を求めるのが順序というものだろう。
「理解はできます。しかし、俺に一言あってもよかったんじゃないですか?」
「いや、ソフィアさんが説得してくれると……」
全員の視線がソフィアに集中する。
「確かに説得するとは言いましたけど、理解を得られるまでは待って下さいとも言っておいたじゃないですか!」
「……しかし、一週間以内にともお願いしたはずなんじゃが……」
その視線に耐えきれなくなったソフィアは、ガバッと頭を下げた。
「すいません……。言おうと思ってはいたんですけど、断られたらと思うと言い出しにくくて……」
「はぁ……。そんな安請け合いなんてするから……」
「……断れる空気じゃなくて……」
村人達に囲まれ懇願されれば、断れなかったという気持ちもわかる。
俺も、ネストの屋敷で土下座するセバスと使用人達に囲まれたのだ。
その様子は圧巻で、まるでこちらが悪い事をしているような気分にさせられる。
もちろん意志が強ければいいだけの話なのだが、村とソフィアとの関係性を鑑みれば強くも言えず、俺と村との板挟み。
あちらを立てればこちらが立たずといった状況は、苦悩してしまっても不思議ではない。
申し訳なさそうに首を垂れ、上目遣いで許しを請うソフィア。
最初はもっと仕事の出来るキャリアウーマンのようなイメージだったのだが、今や俺の中では、優柔不断なおっちょこちょいなお姉さんといった感じだ。
「まあ、大体はわかりました。それでこの茶番を考えた人は誰なんですか?」
「カイルさんです」「カイルだ」「カイルだな」
「あいつか……」
満場一致。予想通りではあるが、奴の考えそうな事である。
村のためとはいえ、カイルには反省の色が見えないようなので、後でお灸を据えるとしよう。