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数日馬を走らせて、辿り着いたのは大きな街――アレイゴの街だ。
私達が着いた時には、既に通りには大勢の人が居た。
どうやらお祭りの真っ最中のようだ。
「これは、宿を取るのも大変そうだな。次の村までは少し遠いし、うぅむ……」
私は野宿でも平気と言っているのだけれど、グラディスさんは極力野宿はさせたくないと言う。
山越えなどでどうしても野宿が避けられない時が出てくるから、それ以外の時はちゃんとベッドで休ませたいとのこと。
そんなに気遣ってくれるのは嬉しいけれど、少し申し訳なくもなるよね。
グラディスさんと二人で野宿なんて、キャンプみたいで楽しそうって思うくらいなのに。
もし野宿をする場合、彼は私に見張りなんてさせてはくれないだろう。
となれば、自然とグラディスさんの負担ばかりが増す。
そう考えたなら、やはり野宿の機会は減らした方が良いのかもしれない。
グラディスさんの不安は的中した。
大きな街だけに宿屋はいくつも有るのだが、訪れた宿はどこも満室だった。
お祭りにあわせ、近隣の村々から人が集まっているらしい。
四日間続くお祭りで、今日が二日目。まだまだ盛り上がっている真っ最中だ。
陽が暮れる前に宿を確保しておきたいのに、どこの宿でも満室だと断られてしまう。
「お祭りって凄いんですね」
「ああ。本来なら、カレンにも祭りを楽しんで欲しいところだが」
グラディスさんがため息をついた。
「雰囲気だけでも楽しいよ」
「歩きっぱなしは疲れるだろう」
歩きっぱなしと言うけれど、私はほとんど歩いていない。
グラディスさんは片手で馬を引きながら、もう片方の手で私を抱っこして歩いている。
疲れる要素は無いと思うのだけれど、そんなに体力が無いと思われているのだろうか。
お祭りだけあって、通りの左右には屋台が並んでいる。
その分、道幅はとても狭い。
人が大勢居る上に通れる場所も狭いものだから、宿屋を探して街を歩くのも一苦労だ。
一番混み合ったエリアは避けてはいるものの、街のどこに居ても人で溢れている。物凄い活気だ。
娯楽が少ない世界だけに、ここぞとばかりに人が集まるのかもしれない。
「おっと、失礼」
軽い震動と、男の人が謝る声が聞こえてきた。
どうやら、狭い道でぶつかってしまったらしい。
私にほとんど衝撃が無かったのは、グラディスさんが庇ってくれたからだろう。
こんな状況でお互い故意でも無し、こちらも軽く頭を下げてそのまま歩いて行こうとする。
が、男の人がほうと呟き、私の顔をまじまじと覗き込んできた。
「うん、なかなか良い。良いねぇ。いやぁ、君はあと十年――いや、五年もすれば皆が振り返る女神になる。間違い無い、僕が保証しよう」
「は、はぁ……有難うございます?」
男性の勢いに、思わず首を傾げてしまう。
そんなことを保証されても嬉しくもなんとも無いのだけれど、一応は褒めてくれているらしい。
「惜しい。実に惜しい。僕達は出会うのが少し早すぎた」
話を続ける男性の横を、グラディスさんが無言で素通りしていく。
抱っこされたままの私も当然一緒に。
「お、おい!! ああ、あの光る原石の行く末を見守りたかった……」
背後から残念そうな声が聞こえてくる。
あの人、光源氏願望でも有るのだろうか。
確かに、小説の主人公だけあってヴァージニアは美少女だ。だからって、大の大人が八歳の女の子にちょっかいをかけるのはいただけない。
グラディスさんは、いつもより眉間に皺が寄っている。
ああいう人には、極力関わらないようにしよう……。
なんて思っていたはずなのに、再会はすぐに訪れた。
「ごめんねぇ、うちも満室なんだよね。大半のお客が、昨日一昨日からの宿泊だからさぁ。今日からってんだと、どこも空いてないんじゃないかなぁ」
「そうですか……」
これで断られたのは何件目だろう。
肉体的な疲労よりも、精神的な疲労が蓄積するのを感じる。
言葉には出さないけれど、グラディスさんもおそらく疲れを感じているのだろう。
街に着いた時よりも眉間の皺が深くなっていて、思わずじっと見つめてしまう。
「……どうした?」
「ううん。なんでも無い」
ゆるりと首を振る。
グラディスさんの方が大変なのに、ここで私が弱音を吐く訳にはいかない。
「次の宿に行こう。大丈夫だ、どこか一軒くらいは空いているだろう」
グラディスさんの言葉に頷き、宿から出ようとしたその時だった。
「主、すまないねぇ。かわいこちゃんに見初められてしまったよ」
勢いよく扉を開けて飛び込んできたのは、どこかで見たことのある気障ったらしい外見をした優男だ。
長い髪を後ろで結わえた、細面の男性。
グラディスさんとは正反対なタイプ。
「おや、君達は……こんなところで会えるなんて、奇遇だねぇ」
向こうもこちらに気付いたらしい。
そう、先ほどぶつかって話をした男性だ。
彼に再び遭遇して、グラディスさんの機嫌が氷点下にまで下がっている。でも、向こうはそんなこと全く気にしていない。上機嫌な様子で、グラディスさんの肩を叩く。
「そっちのかわいこちゃんも捨てがたいのだけれどね。今宵のお相手は他の女性に決まったんだ。いやぁ、残念。店主、部屋を引き払うから精算をしてくれ」
「えっっ」
男性の言葉に、思わずグラディスさんの顔を見上げた。
部屋を引き払うということは――…つまりは、彼が宿泊していた部屋が空くということだ。
「おや、どうしたんだい? やはり君も僕と一緒が良かっ……」
「店主、空いた部屋を使わせては貰えないか?」
男性の言葉を遮るように、グラディスさんが申し出る。
空いた部屋がすぐに埋まるとあって、店主は上機嫌で頷いた。
「ああ、構わないよ。軽く掃除をしてくるから、少し待っていてくれないか」
「はい!」
グラディスさんより先に、私が答えてしまった。
あまりに弾んだ声に、店主が声を殺して笑っている。ちょっと恥ずかしい。
「なんだ、部屋を探していたのか」
「そういうことだ」
カラカラと笑う男性から私を隠すように抱っこし直すグラディスさん。
男性は手続きを終えると、笑顔で手を振って去っていった。どうやらナンパした女性のところへと上がり込むらしい。
結果的に彼の優男っぷりに救われたと思えば、なんとも不思議な気分だ。
「階段を上がって三つ目の部屋だ。ああ、一人部屋なんで少し狭いかもしれないが……ま、親子連れなら別に構わんだろう。我慢してくれよ」
「わかった。俺の馬が前に繋いであるから、そいつも頼む」
「あいよ」
その時は何も気にしていなかったのだけれど、階段を上がっていざ部屋に入ってみて、ようやく店主の言っていた言葉の意味を理解した。
そう。部屋にあったベッドは一つ。
男の人が寝ても余裕があるくらいの大きめなベッドだったけれど、それでもここは一人部屋なのだ。
「…………」
「…………」
思わず二人とも無言になってしまった。
これはつまり、二人一緒のベッドに寝る……ということだよね。
意識しないようにしていても、顔が赤くなってくる気がする。
そんな私の頭を、グラディスさんの大きな掌が優しく撫でてくれた。
「せっかく宿が取れたんだ。少し、祭りを見てくるか」
「はい」
グラディスさんはいつも通りみたい。
気にしているのは、私だけなのかな。意識しすぎちゃって、ちょっと恥ずかしい。
私達は家族になったんだから、これくらいで照れていてはダメだよね。早く慣れないと。
部屋に荷物を置いて一階に降り、さぁお祭りに出かけようと思ったところで、店主から声がかかった。
「もうすぐ夜だがまだ人通りは多いから、子供とはぐれないように気をつけなよ。昨日も子供とはぐれたっていう母親が、一晩中子供を探してあちこちの店を尋ね歩いていたからねぇ」
グラディスさんは店主の言葉に頷き、前を歩いていた私を抱き上げた。
「ははっ、それなら手を繋いでいるより確実だな」
店主に見送られ、宿を出る。
少し歩けば、すぐに人混みに飲み込まれた。
手を繋いでいただけでは、人の波に揉まれるうちにすぐに手を離してしまいそうだ。
これだけ人が大勢居るなら、迷子の一人や二人出てしまうだろう。
「迷子の子、見付かったのかな……」
不安げに呟けば、グラディスさんが慰めるように優しく背を撫でてくれた。
#異世界転生
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#ハッピーエンド
千椛