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宿に向かう道中に、リオが店の主人に挨拶をしたいと言うと、ギデオンに拒否された。
「挨拶は明日でいい」
「でもっ、いきなりいなくなったら悪い…」
「大丈夫だ。先ほどの騒動を見ていた客がいる。それに俺の部下が店に行き説明している」
「え…そうなの?ありがとう」
「賃金も預かってくるよう言ってあるから、リオはもう店に顔を出さなくてもいいんだ」
隣を歩く背の高い男の端正な横顔を見上げて、リオが「でも」と口を開く。
端正な顔を傾けるようにして、ギデオンがリオを見た。
「でも、なんだ」
「世話になったから、きちんと挨拶したい。だから明日、店に行くよ」
「わかった。俺もついて行く」
「ええっ?いいよ!ギデオンは忙しいだろ?」
「忙しいが、おまえは目を離すとどこかに行ってしまうだろう?」
「え?そりゃあ、旅をしてるわけだし…」
「そのことだが、旅をやめてほしい」
「なんで?」
「…後で話す」
「うん?」
ギデオンが前を向き、足を早めた。そして宿に入るまで、ひと言も喋らなかった。
逆にリオは、どうして旅をやめてほしいのか、ギデオンは主にどんな仕事をしているのか、家はどこなのかと、聞きたいことが山ほどあり喋りたくて仕方がない。しかし名前を呼んでも、ちらりとこちらを見るだけで喋らないギデオンを見て、早くもこの場から逃げ出したくなった。だけど助けてもらった手前、二度も逃げるのは気が引ける。それにもらっていない代価も欲しい。
リオはため息をつくと、鞄の中で眠っているアンの頭を撫でた。
ギデオンに「ここだ」と言われて宿を見上げたリオは驚いた。国に数軒しかないと言われている高級宿だからだ。
騎士の中には、庶民出身と貴族出身がいる。ギデオンの佇まいを見てわかっていたが、貴族出身なのだろう。だから高価な色つきの金を持っていたり高い宿に平気で泊まる。ということは、騎士の中でもかなり上の位なのか…。
「どうした?入るぞ」
「…あ、うんっ」
ぽかんと宿を見上げて考えごとをしていたリオは、ギデオンに肩を押されて足を前に出した。
門を潜り広い前庭を通り抜け、正面入口につく。出迎えた宿の使用人が扉を開け、ギデオンが持つ鞄を受け取る。
「おかえりなさいませ。すぐにお食事の用意ができますが、どうされますか?」
「先に風呂に入る。食事はその後に」
「かしこまりました。お風呂はすぐに入っていただけます。後ろの方のお部屋も、すぐにご用意いたします」
使用人の男が、リオを見て優しく微笑みながら言う。
こんな高級宿に泊まったことが一度もないリオが、少し緊張しながら「お願いします」と言った言葉を、ギデオンが遮った。
「この者の部屋はいらない。俺と同室でいい」
「左様でございますか。では、少し小さめになりますが、ギデオン様のお部屋のベッドをお使いください」
「ああ。それでいいな、リオ」
「……はい」
リオはすこぶる嫌そうな顔で、しぶしぶ頷いた。
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